051 たった一人で、特級魔族と互角以上の戦いが出来る、トルメンタ・デ・エスパダを食らって、無傷で済む人族なんて、いる訳が……
だが、これまでの敵であれば、あっという間に切り刻む事が出来た、この剣の嵐ですら、果敢にまともなダメージを与える事は出来ない。
殆どの剣は回避されてしまうし、逃げ損なった剣は、片っ端から叩き切られてしまうので。
トルメンタ・デ・エスパダにより、果敢を倒すのは、明らかに不可能なのを、チキータは既に察していた。
いや、最初から倒せないのを、読んでいたというべきだろう。
チキータは果敢を、回避と防御に専念させつつ、一定の範囲から逃さないようにする為、トルメンタ・デ・エスパダを使っていたのだ。
実は、剣の大群は果敢を常に取り囲みながら、一定の範囲の外に逃げられないように、その動きを封じる事には、成功していたのである。
そして、果敢が剣の嵐に対処している間に、更に膨大な魔力を練り上げ、果敢を仕留める為の攻撃魔術の準備を、チキータは進めていた。
フラウエン島の岸辺に降り立ったチキータは、膨大な魔力を両掌に集めつつ、クリケを唱えて魔術を発動。
魔力を青白い光を放つ粒子、ルクス・マギア粒子へと変換。
両掌の先に特殊なフィールドを作り出し、その中で膨大なルクス・マギア粒子を圧縮する。
光り輝く魔光粒子……ルクス・マギア粒子が、大量に圧縮されたので、直径五十センチ程の球形の特殊なフィールドは、眩いばかりに光り輝いている。
チキータは光り輝く球体を、両掌で抱き抱えるかのように掴むと、空中の果敢がいる方向……三十度程上に向ける。
膨大な魔力を投じた、高度な魔術を制御しているので、苦し気な険しい表情を浮かべ、チキータは再び、クリケを唱える。
複数の超高度な魔術を組み合わせた攻撃なので、複数のクリケを、段階に応じて唱える必要があるのだ。
仕上げといえる魔術のクリケを、チキータが唱えると、特殊なフィールドの果敢を向いている側に、小さな穴が開く。
結果、超高密度に圧縮された、膨大なルクス・マギア粒子が、耳を劈くような轟音を響かせながら、フィールドの中から噴出する。
凄まじい勢いで噴出したルクス・マギア粒子は、青白い光の奔流となり、三百メートル程離れた辺りを飛び回る果敢に向かって、噴き上がって行く。
光の奔流はサーチライトのように拡散しながら、超高速で突き進む。
膨大な量のルクス・マギア粒子を、超高速で放出し、敵を滅多打ちにして、跡形も無く消し飛ばしてしまう、この魔術の名はトレンテ・デ・ラ・ムーテ。
チキータの出身地の古い言葉で、「死の奔流」という意味の魔術名である。
SFなどに出て来る、荷電粒子砲などのビーム砲と、似たタイプの攻撃方法だが、ビーム砲程には収束しておらす、ある程度は拡散するので、広範囲を攻撃する事が可能。
普段の果敢であれば、余裕で回避出来るのだが、剣の嵐のせいで、空中での動きが制限され、回避し切れない。
青白い光の奔流は、周囲を飛び回る剣の嵐ごと、焦りの表情を浮かべる果敢を、飲み込んでしまう。
果敢を飲み込んだまま、青白い光の奔流は空に昇って行き、空の彼方で花火のように光の粒子群を飛び散らせ、拡散し切って消滅する。
ルー・モータのように、当てれば確実に死ぬという、特殊な攻撃ではない。
それでも、トレンテ・デ・ラ・ムーテで敵を討ち漏らした経験は、チキータには無かった。
「これで、倒せた筈だ……」
チキータは呟くが、その表情に確信は無い。
プリソン・デ・イエロで拘束し、ルー・モータで仕留める、必殺の連続攻撃を破られた後なので、チキータは警戒しているのだ。
トルメンタ・デ・エスパダで、相手の行動範囲を制限し、トレンテ・デ・ラ・ムーテで仕留めるというのも、チキータの必殺の連続攻撃である。
しかも、今回はルー・モータとは違い、トレンテ・デ・ラ・ムーテを当てる事が出来ていたのだが、それでもチキータは、果敢を倒したという確信を持てず、不安感を覚えていた。
そして、その不安感が正しかった事を、チキータは知る。
青白い光の奔流が飛び去った方向から、高速で飛来する、身体を白く光らせた、果敢の姿を目にして。
果敢には、ダメージらしいダメージは無かった。
空中を飛び回りながらも、チキータの攻撃に気付いた果敢は、膨大なアウラを練り上げつつ、アウラ・ブレードとエアリアルを解除。
全てのアウラを、アウラ・アーマーに回して、全力の防御を固めたのだ。
それ故、青白い光の奔流に吹き飛ばされはしたが、果敢の身体は、殆どダメージを負わずに済んだのである。
ちなみに、ディアンドルやリュック……仮面などは、ルクス・マギア粒子に滅多打ちにされ、消滅してしまった。
果敢は全裸になりながら、吹き飛ばされてしまい、空中で恥ずかしい思いをしたのだが、すぐに着衣と装備は完全復活し、事無きを得た。
そして、着衣が復活した後、果敢はエアリアルを再発動し、空の彼方から戻って来たのだ。
チキータを仕留める為に。
魔力を必死で練り上げつつ、迫りくる果敢を見上げながら、チキータは茫然とした表情で呟く。
「たった一人で、特級魔族と互角以上の戦いが出来る、トルメンタ・デ・エスパダを食らって、無傷で済む人族なんて、いる訳が……」
チキータの頭に、そんな人族の存在が、浮かび上がる。
一人だけ、そんな人族が存在し得る事に、チキータは気付いた。
「アスタロトすら倒したという、異世界から来たという英雄なら……いや、でもあれは……男の筈だ!」
この世界における、アスタロト・ファミリーが引き起こした戦争について、チキータは調べていた。
いずれは「堕ちた元英雄カカン」と、戦う可能性も、想定してはいたのだ。
もしも、果敢が女装していなければ、プリソン・デ・イエロを破られた時点で、チキータは気付けていただろう。
自分が相手にしてしまった人族が、仲間の力を借りての上とはいえ、最強の魔族である魔神アスタロトすら、倒した相手だという事に。
その場合、あらゆる手を尽くして戦いを避け、チキータは逃げようとしたに違いない。
そして、本調子を取り戻す前の果敢からなら、チキータは逃げ切れたのかもしれない。
だが、既に手遅れだった。
アスタロト亡き今、この世界では、間違いなく最強の存在となった果敢は、本調子を取り戻してしまったので。




