048 お前達じゃ殺されるだけだ! さっさと逃げろ!
「お前達じゃ殺されるだけだ! さっさと逃げろ!」
後衛の部下達に、鋭い声を発しながら、チキータは果敢に向かって、突進する。
その手には、魔術で作り出された長剣が握られている。
果敢はチキータの突撃を回避出来ず、振り下ろされた長剣を、アウラ・ブレードで受け止める。
(速い!)
魔族は人界では禁術となっている、様々な身体強化魔術により、異常な身体能力を持っている。
特級魔族ともなれば、アウラ・アクセルを使わずとも、超高速での戦闘行動が可能なのだ。
チキータの攻撃は重く、果敢ですら一瞬、動きを止められる程であった。
その果敢の腹部に、チキータは強烈な蹴りを放つ。
サッカーボールのように蹴り飛ばされた果敢は、壁に大穴を開けて、ゲストハウスの外まで吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされながらも、果敢は右掌を大広間の方に向け、アウラを放つ。
果敢が放った、白く煌めくアウラの突風が、大広間の中を吹き荒れる。
だが、アウラの突風は、大広間の中にいる者達の着衣や髪を、揺らしはするが、攻撃としての威力は無い。
チキータは訝し気に、自問する。
「不発か?」
ボスであるチキータの攻撃が、見事に決まったのを見て、後衛の部下達は歓声を上げる。
「喜んでいる場合か! あの程度で倒せる相手じゃない!」
鋭い口調で、チキータは部下達に命じる。
「今の内に、逃げるんだ! あいつは……あたしが何とかする!」
特級魔族という、魔神を除けば、魔族でも頂点といえるレベルまで、上り詰めたチキータは、魔界で数多くの戦いを積んできた、強力な戦士だ。
それ故、果敢の強さが桁外れである事を、既に察していた。
人族が単独で、自分を倒せる訳はないとは思っていたが、部下達では勝ち目が無いし、激戦となるだろう戦いに、巻き込む訳にもいかないので、自分だけで対処する事にしたのである。
これ以上部下達の犠牲を、チキータは出したくなかったのだ。
窓から空に向かって、飛立とうとする部下達に、チキータは言い放つ。
「地下道を使え! 空を飛ぶと、狙い撃ちされる! 警備に回ってる連中にも、声をかけろよ!」
二つの島からは、キール湖の外の陸地まで繋がる、脱出用の地下道が伸びているのだ。
「お、俺は……どうすれば?」
情けなく狼狽えるゴッドフリートを見て、チキータは部下達に言い放つ。
「今……こいつに死なれたら、色々と厄介だ! こいつも連れて逃げな!」
召喚時の契約を果し終える前に、召喚した人族が死ぬと、魔族は魔界に強制的に帰還させられた上、かなり手酷いペナルティを受ける。
それ故、契約を果すまで、魔族は召喚者を、見捨てる訳にはいかないのである。
チキータの命令を受け、部下達はゴッドフリートを連れて、大広間から逃げ出し始める。
部下達とゴッドフリートは、地下道に繋がる階段に向ったのだ。
部下達が逃げ始めたのを確認すると、チキータは壁に開いた大穴から、外に向かって飛び出して行く。
ゲストハウスの外に出たチキータは、湖の上に立っている、果敢の姿を目にする。
果敢はキール湖の浅瀬の辺りまで、吹っ飛ばされてしまったのだが、アクア・ストリーダーを使って、湖に身体が沈むのを避けた。
湖の上を転がりながら、何とか体勢を立て直したのだ。
「やはり、出て来たか」
ゲストハウスの穴から出て来た、チキータの姿を視認し、果敢は呟く。
チキータが自分と戦う為、ゲストハウスの外に出て来るだろう事は、果敢には読めていた。
プライドが高い特級魔族が、人族を相手に退く訳がないし、部下を逃がしたいのなら、追撃を妨害する為にも、自分と戦う為、外に出て来るだろうと、果敢は推測していたのだ。
推測していたので、果敢は当然のように、既に準備を整えている。
この場合の準備とは、チキータへの攻撃の準備ではない。
リュックに入れて持って来た、レギーナに貰った使い捨ての魔術道具を使い、ヘレン島とローゼンシュタットの町の方に、エイセーラス・スクリーンという防御魔術を展開したのだ。
エイセーラス・スクリーンとは、大気中に溶け込んでいる気……エイセーラスを搔き集め、広範囲を覆う防御結界を作り出す、混合魔術である。
混合魔術というのは、魔術と聖魔術を組み合わせたもので、魔術道具や儀式魔術などで、使われる場合が多い。
百年程前から、エイセーラス・スクリーンは存在するのだが、以前は儀式魔術として、複数の魔術師と聖魔術師により、発動されるものであった。
それを、アスタロト・ファミリーとの戦争時、レギーナが魔術道具化に成功。
ある程度以上の、魔術や聖魔術のスキルがある者であれば、単独でもエイセーラス・スクリーンが、使用出来るようになったのである。
ただし、魔術師と聖魔術師が発動する、本来のエイセーラス・スクリーンよりも、持続時間が短く、長くても十分程度しかもたないのだが。
エイセーラス・スクリーンを作り出す魔術道具は、万年筆に似せて作ってある、アロー・ペンと呼ばれるタイプが多い。
果敢がレギーナから貰ったのも、アロー・ペンであった。
何故、「アロー」なのかといえば、ターゲットとする方向に向け、使用者がクリケを唱えた上で、保護対象をイメージすれば、アロー……弓矢のように飛んで行って、保護対象の近くで発動、エイセーラス・スクリーンを作り出すから。
ちなみに、魔術名も作り出される防御結界名も、エイセーラス・スクリーンと、同じになっている。
ヘレン島は、既に仄かな白い光の薄膜に覆われている。
この薄膜こそが、エイセーラス・スクリーンである。
ローゼンシュタットの町の方は、まだアロー・ペンが起爆したばかりなので、薄膜に覆われている最中であった。
チキータが外に出て来たのは、ちょうど起爆する直前だった。
果敢はチキータとの戦いに、付近にいる人々が巻き込まれないように、エイセーラス・スクリーンで保護したのだ。
短時間であれば、相当に激しい戦いとなっても、その流れ弾などから、防いでくれる筈なので。




