041 今度は変態全裸ランナーじゃなくて、変態全裸スイマーか?
空を映した鏡のような、キール湖の水面を前に、二つの島に建つローゼンハイン城を眺め、果敢は思案する。
(湖にも、魔術が大量に仕掛けてあるだろうし、アクア・ストリーダーは使えないよな)
アクア・ストリーダーとは、身体を水に沈まないようにする、アウラ・アーツであり、水上を陸上であるかのように、移動する事が出来る。
アウラを弱めたアウラ・リダクション中では、当然のように使えない。
(空にも色々、仕掛けてあるみたいだから、エアリアルで飛んで行くのも無理だ)
空を見てから、果敢は湖面に目線を下ろす。
(泳いで行くしかないんだが、日中だと目立つし……潜らないと拙いな。湖の中にも、当然魔術は仕掛けてあるだろうから、アウラ・リダクションは使わないと駄目だろう)
通常であれば、果敢は日中には潜入しようとはしない。
目立たない夜間の方が、潜入し易いので、夜間に潜入するのが常である。
だが、今回は可能な限り、早目に問題を解決しなければならない。
解決するのが遅れたら、それだけ魔族の襲撃による被害を、拡大してしまう羽目になるので。
(リュックの中身は外側と違って、そのままの筈だから、防水袋が入っている筈だ)
今回は潜入活動が前提なので、アウラ・リダクション中の水中活動も、有り得るケースとして、果敢は備えている。
装備一式を収納出来る防水袋も、リュックに入れて持って来ていた。
果敢はリュックを開け、中から黒い合成樹脂製の袋を取り出す。
素早く……ではなく、果敢は不慣れな手付きで、ディアンドルを脱ぐと、靴や下着も脱ぐ。
濡れた着衣を乾かすレベルの魔術すら、警備用魔術だらけの、この辺りでは使えない。
アウラだけでなく、魔力や魔術の使用を探知する、警備用魔術も、仕掛けられている筈なので。
故に、果敢は下着を含め、なるべく着衣は、濡らしたく無かったのだ。
(下着まで、女性用になってんのがね……)
女装趣味は無いので、脱いだ女性用下着を手にしたまま、果敢は少しの間、げんなりとした表情を浮かべる。
そして、果敢の頭に、アスタロト人形の言葉が浮かんで来る。
「なお、その二十四時間の元英雄の姿は、全て幽霊界からは丸見え! 俺達はお前の無様な姿を、幽霊界で楽しませてもらうよ!」
女性用の下着をつけていた姿も、今……裸を晒している姿も、アスタロト達に見られてしまっている。
その事を果敢は自覚し、激しい羞恥心を覚える。
こういった場面では、水着に着替えると、無駄に時間を食ってしまうし、濡れた水着の扱いにも困る。
アウラや魔力が使えない状況下で、湖や川……海や堀などを、潜入の為に移動する場合、裸で泳ぐのは、果敢にとっては普通の事だ。
そう言った状況では、他者に裸を見られたりはしないので、そんなに恥ずかしさは感じないのが普通。
でも、今は幽霊界で、魔族達どころか人族達の幽霊に、見物されている状況下なのである。
(幽霊界で大笑いしてんだろうな、あいつら……)
羞恥心と苛立ちを覚えるが、湖を渡った後の行動を考えると、ここは着衣の全てが濡れないように、全裸になった方が良いのは明らか。
既に死んでいる連中に対する、羞恥心や苛立ちよりも、生きている人間の被害者を減らす為の行動を、より上手く成し遂げる方を、果敢は優先する。
故に、羞恥心と苛立ちを堪え、果敢はディアンドルや下着を、小さく折りたたむと、パンプスやリュックと共に、防水袋に収納する。
「今度は変態全裸ランナーじゃなくて、変態全裸スイマーか?」
いきなり現れた、光る円の中から、姿を現したアスタロト人形が、嘲り笑いを浮かべつつ、果敢に問いかける。
「ゴダイヴァ・ランニングのせいで、全裸露出の楽しみに、目覚めちゃったのかな? 女装に露出……元英雄も、今じゃ立派な変態さんですなぁ!」
果敢は思わず、声を上げて言い返しそうになる。
だが、人の声に反応する警備用の魔術が、仕掛けられている可能性もあるので、何とかそれを堪える。
ちなみに、警備用魔術に、アスタロト人形が引っ掛かる事に関しては、果敢は警戒していない。
呪術により姿を現している、アスタロト人形の存在は、警備用の魔術には、一切反応しない事を、果敢は過去の経験から知っているので。
(幽霊界で大笑いどころか、こっちにまで笑いに来たか)
アスタロト人形の存在を無視し、防水袋を抱えると、果敢は湖に歩み寄る。
「無視かよ!」
アスタロト人形は肩を竦めつつ、つまらなそうに言葉を続ける。
「ま、こういう時に言い返して来るような、迂闊な奴なら、俺達が負けてないか……」
そして、アスタロト人形は光る円の中に入ると、光る円と共に、姿を消してしまう。
辺りは何事も無かったかのように、静かになる。
アスタロト人形が、すぐに去った事に安堵しつつ、果敢は全裸のまま、灰色の砂浜を歩き、湖に足を踏み入れる。
(冷てッ!)
果敢は湖水の冷たさに、身を震わせる。
普段ならアウラを使い、冷たさや寒さ、熱さや暑さを、果敢は完全では無いにしろ、防ぐ事が出来るのだが、アウラ・リダクションの使用中は、それが出来ない。
まだ泳ぐには早過ぎる季節の、湖水の冷たさを、果敢は感じる羽目になる。
その冷たい水の中に、果敢は全身を沈め、潜水で泳ぎ始める。
アウラ・リダクションの使用中、果敢の身体能力は、かなり落ちてしまう。
もっとも、かなり落ちるとは言っても、あくまで普段の果敢より落ちるだけであり、普通の人間を遥かに上回るレベルではあるのだが。
普段の果敢であれば、二キロ程度の距離など、途中で息継ぎをせずに、潜水したまま泳ぎ切ってしまえる。
でも、アウラ・リダクションの使用中は、数十メートルの潜水を続けたら、息継ぎが必要な程度に、身体能力が落ちるのだ。
数十メートル泳ぐ度に、果敢は水面に近付いて、目立たぬように顔だけを出し、息継ぎをする。
新鮮な酸素を補給すると、また水中に潜って泳ぎ続ける……という事を、果敢は数十回程繰り返す。
そして、警備用の魔術に引っ掛かる事無く、誰にも見付かる事も無く、果敢は西側にある方の島……ヘレン島の浅瀬に辿り着く。
ローゼンハイン城のキープがある方の島だ。




