042 女装するにせよ、もう少し動き易い服にして欲しかったぜ
果敢は水中から顔を出し、島の岸辺に人がいないのを確認。
警備用の魔術に信頼を置いているせいで、城壁の類は無い。
灰色の砂に覆われた浜辺の先には、防風林の木々が立ち並んでいる。
果敢はヘレン島に上陸すると、砂浜を通り過ぎて、防風林に近付いて行く。
防風林の木々に身を隠し、果敢は防風林の内側……城のキープがある方向の様子を探る。
(薔薇園か……そういえば、薔薇の名産地だったな)
防風林の内側には、多数の薔薇の木々が植えられていた。
赤白黄色……様々な色の薔薇が、薔薇園のように咲き乱れた、庭園になっているのだ。
緑色の戦闘服に身を包んだ警備員達が、庭園のあちこちに立っているが、庭園の広さに比べると、明らかに数が少ない。
警備員が少ないのは、警備用の魔術に信頼を置いているせいだろうと、果敢は思う。
(魔術を信用し過ぎだよ……。まぁ、こっちからすれば、都合が良いんだけど)
防風林の内側の様子を探りながらも、果敢は濡れた身体と髪を、大雑把にタオルで拭く。
そして、素早く身支度を整えようとするのだが、着慣れぬディアンドルのせいで、素早く……という訳には行かない。
(ここ、どうやって留めるんだ? 着難い服だな……動き難いし)
心の中で文句を言いつつ、果敢は何とか、身支度を整え終える。
警備員達に見付からぬように、果敢は防風林から出て、庭園の中に入ると、城の中に侵入すべく、庭園の中の移動を開始。
警備用の魔術が、大量に仕掛けられている筈なので、アウラ・リダクションを解除する訳にはいかない。
果敢は警備員達の位置と動きを、常に把握した上で、その視界などを計算に入れ、発見されないように気を付けながら、庭園の中を移動する。
息を殺し身を潜め、足音すら立てないように、果敢は移動しようとする。
だが、スカートは動き難い上、他の欠点があった。
(ヤバい! また引っ掛かった!)
果敢は心の中で、焦りの声を上げる。
普段の戦闘服なら、薔薇の棘など引っ掛からなかっただろうが、ディアンドルはスカートの裾が、棘に引っ掛かり易いのだ。
棘に引っ掛かっては外しという事を、繰り返す羽目になり、果敢は普段通りの、機敏な行動が出来ない。
(女装するにせよ、もう少し動き易い服にして欲しかったぜ。どんな女物の服が、動き易いのかは、知らないけどさ)
心の中で愚痴を吐きながらも、何とか警備員達に見付からず、城のローゼンハイン城のキープに、果敢は辿り着く事が出来た。
果敢は白い壁を見上げ、壁や窓の様子を確認する。
美しい白壁は、一見すると切り出した石に見えるが、モルタルやコンクリート製だ。
窓の数は多く、その半分程は開いている。
城に限らず、大きな屋敷の窓は、天気が悪い時や、戦闘中でもない限り、全てが閉まっている事は、余り無い。
中の空気を入れ替える為、大抵は朝に、メイドや執事などの使用人達が開き、夕方に閉じるのだ。
今は天気が良く、戦闘中という訳でも無い。
城の中の空気を入れ替える為、半分程の窓は開かれていた。
一見すると滑らかな壁なのだが、装飾の為や雨水を流す為の溝があり、つかまったり足場にしたり出来そうな部分は、少なくは無い。
アウラ・リダクションを使用中の果敢であっても、余裕でよじ上れる壁だ。
果敢は警備員達が、自分がいる方向を向いていないのを確認した上で、壁にある溝や装飾、破損による穴などを利用しながら、壁をよじ上り始める。
ディアンドル姿でフリークライミングの選手のように、素早く壁を上って行く果敢の姿は、かなり滑稽にして奇異である。
余り長い間、壁に貼り付いている訳にはいかない。
果敢は上がる前に目を付けていた、四階の開け放たれた窓の枠にしがみ付くと、懸垂をするかのように、窓の中を覗き込む。
中は無人の廊下だったので、果敢は窓枠を乗り越え、城の中に侵入する。
気配を消して聞き耳を立て、人の気配を探るが、人の気配は無い。
歴史のあるホテルを思わせる、瀟洒な内装の通路を、果敢は足音を立てずに移動し始める。
城主であるゴッドフリートが今現在、この城にいるという情報を、ローゼンシュタットの町中での調査により、果敢は得ていた。
城にいるゴッドフリートを捕えた上で、尋問用の魔術を使い、魔族を召喚したかどうかを、果敢は確認するつもりなのである。
非人道的な魔術なので、一般人相手には、果敢は尋問用の魔術は使わない。
しかし、ゴッドフリートは虚偽の噂を垂れ流し、果敢討伐を煽った者達の一人であり、とっくの昔に敵側の人間である。
ゴッドフリート相手に、尋問用の魔術の使用を控える必要性を、果敢は感じてはいないのだ。
果敢は城の中を、ゴッドフリートを探し回るのだが、見つけ出す事が出来ない。
城の中にいるのは、数十人の使用人達だけであった。
ゴッドフリートには、同居している家族はいない。
両親は亡くなり、兄弟姉妹も妻子もいないので、城にいるのはゴッドフリートと使用人だけだという話を、果敢はローゼンシュタットの住民から聞いていた。
(城にいる筈なんだが、どういう事だ?)
城の通路を移動しながら、思案していた果敢は、女性達の声を聞き取る。
声が聞えて来た方向に近付いて行くと、そこには小さなホールがあった。
ローブを纏った魔導士の銅像や、様々な古びた魔術道具が飾られているホールを、緑色のメイド服に身を包んだ若い女性達が、掃除中だったのである。
メイド達は掃除をしながら、会話を楽しんでいたのだ。
「シュルツ君……彼女いるんだ。狙ってたのに、残念だな」
「彼女がいない訳ないでしょ、地味だけど良い人だよ、仕事も出来るし」
「彼女っていえば、どんな人なんだろうね、御主人様の今度の彼女?」
「素敵な人なんでしょ、ゲストハウスに入り浸りだもの」
会話に聞き耳を立てつつ、果敢は思案する。
(御主人様は、ゴッドフリートの事だよな。ゲストハウスって……フラウエン島にある建物の事か?)
他にゲストハウスらしい建物は、見当たらなかったので、そう果敢は判断する。
「これまでの彼女は、紹介してくれたのに、今回の彼女は……紹介してくれないから、どんな人だか全然分からないんだよね」
「今回の彼女が来てからは、私達はゲストハウスには、立ち入り禁止状態だもん」
「あ、でも……かなりの資産家でしょ」
「何で?」
「使用人を沢山、連れて来てるって話でしょ」
「そういえば……使用人の分の料理も、毎日用意してるものね」
「ベッティ、あんたゲストハウスに食事運んでるでしょ? 御主人様の彼女の顔、見た事ある?」
「無いよ。彼女どころか、使用人の顔も見た事がないもの」
ベッティと呼ばれた、若いメイドは続ける。
「ゲストハウスの玄関前まで届けるだけで、配膳車を受け渡す相手の使用人の人達も、サングラスで顔隠してるし」
配膳車というのは、大量の食事を一度に運べる、台車の事だ。
「そうなんだ、そこまで隠されると……どんな人なのか気になるよね」
(確かに、気になるな……)
ホールの近くの柱の陰に身を隠し、会話を盗み聞きしていた果敢は、心の中で呟く。




