040 ローゼンシュタットという都市名は、ブレーメンの古い言葉で、薔薇の都を意味しているのだ
広い湖面が鏡のように、青空と雲を映し出している。
直径五キロを超える、歪な円形の湖……キール湖の畔に、ローゼンシュタットの町並は広がっている。
薔薇農園と関連産業が盛んであり、郊外には多くの薔薇農園がある。
ローゼンシュタットという都市名は、ブレーメンの古い言葉で、薔薇の都を意味しているのだ。
ローゼンハイン家の城……ローゼンハイン城は、町の中には無い。
キール湖の中央付近にある島、ヘレン島とフラウエン島にある。
ヘレン島には、黒い三角屋根を持つ、白い箱のような建物と、複数の尖塔を組み合わせた感じの、大きな建物がある。
ローゼンハイン城のキープ……中心となる、本館といえる建物だ。
ヘレン島の半分程の大きさの、近くにあるフラウエン島には、ローゼンハイン城のキープに似た感じの建物がある。
似てはいるのだが、尖塔は無いし、大きさも三分の一程しかない。
ローゼンシュタットの町自体は、城壁に囲まれた城郭都市なのだが、城自体には、城を囲むタイプの城壁は無い。
湖が天然の堀として機能するせいでもあるのだが、魔術的防御の方が城壁に勝るという、割り切った考え方から、魔術に通じた歴代の領主が、城壁を重視しなかったからだと言われている。
リットナーを後にして、三時間以上もバスに揺られ続けた果敢は、午後二時半頃、ローゼンシュタットに辿り着いた。
果敢はローゼンシュタットの各所を見て回り、町の様子を確かめた上で、キール湖に向かった。
キール湖の周囲には森があり、森の周囲は柵で囲まれている。
一般人は、キール湖への許可無き接近は禁じられているので、柵が設置されているのだ。
簡単に乗り越えて、中に侵入出来そうな柵に見えるのだが、それは一般人には不可能である。
柵だけでなく、その内側……キール湖周囲には、膨大な数の警備用の魔術が、仕掛けられているので。
至る所に、木々や岩などに偽装した、探知用や撃退用、侵入防止用の魔術が仕掛けられたり、魔術が仕掛けられた魔術道具が、隠されているのである。
安易に柵を超えれば、すぐに探知され、警備の者達が駆け付けるか、下手すれば撃退用の魔術により、殺されてしまうだろう。
警備用の魔術の多くは、隠蔽されていて発見し難い。
だが、そういった魔術の仕掛け方や発見方法は、戦争時代に身に着けていたので、果敢は警備用魔術の存在に、気付く事が出来た。
軍の要塞に匹敵する、高度な魔術的警備体制であり、魔術の名門の家系という、アシェンプテルの話が嘘では無いのが、果敢には分かった。
大抵の人族相手どころか、魔族であっても、下級や中級魔族程度なら、侵入を防げそうな、高度な魔術的警備体制が、敷かれていたのである。
だが、果敢は「大抵」の方には、入らない側の人族であった。
アスタロト・ファミリーとの激戦を戦い抜き、多数の実戦経験を積んだ、果敢に通用するような警備体制では無い。
戦闘のみでなく、潜入工作などにも長けていた果敢は、魔術的警備体制の弱点を知っていた。
その弱点とは、警備用の魔術の多くは、人族や魔族のアウラに反応し、作動するように仕掛けられている事である。
人族がいる場所には、屋外は当然、屋内ですら鼠などの、様々な動物がいる。
人族や魔族の侵入者を探知し、防ぐ為の魔術が、動物に反応してしまっては、使い物にならない。
そこで、警備用魔術には、人族や魔族を、ただの動物と判別する機能が、標準装備されるようになった。
人族や魔族だけに反応し、動物は無視するように、機能が進化したのである。
魔術はどのように、動物を見分けて除外するのかといえば、それはアウラの出力である。
高度な知的能力と精神を持つ人間は、普通の動物よりも、遥かに強力なアウラを持っている。
魔族も基本的には、人族から分かれた種族であり、高度な知的能力と精神を持つ為、実は人族と同程度のアウラを持つ。
人族より遥かに強力な魔力を持つが故に、魔力と魔術に特化し、アウラ・アーツのような戦闘技術は、魔族の間では広まらなかったのだが。
アウラ・アーツの修行を積んでいない、人族や魔族ですら、アウラの力は、普通の動物の十数倍はあるのだ。
ちなみに、アウラ・アーツの修行を積めば、アウラの力は、桁が幾つも上昇する。
つまり、人族や魔族のレベルに達しない、弱いアウラを無視してしまえば、人族や魔族の侵入者だけを、探知出来る事になる。
この事を利用し、警備用の魔術の多くは、人族や魔族以上のアウラを持つ侵入者だけに反応し、動物の侵入を無視するように、設計されているのだ。
だが、ごく一部の高度なアウラ・アーツの使い手は、この警備用魔術の機能を利用し、突破してしまう事が出来る。
アウラ・リダクションという、特殊なアウラ・アーツを使う事により。
通常のアウラ・アーツは、膨大なアウラを練り上げ、アウラを徹底して強化する。
だが、アウラ・リダクションは逆に、アウラを弱めてしまうのだ。
アウラを動物……しかも小動物レベルまで弱めると、警備用魔術はアウラを探知しても、小動物と判断する為、反応しない。
それ故、アウラ・リダクションを使えば、大抵の警備用魔術は、突破出来るのである。
アウラは生命活動に必須のエネルギーであり、アウラが弱まると、生物は生命活動の維持が困難になる。
そして、人族の身体には、アウラを一定以上に保ち、弱めないようにする本能がある。
この本能に逆らい、身体を危険な状態にしてしまうのが、アウラ・リダクションというアウラ・アーツなのだ。
本能に逆らうような技術なので、当然のように超ハイレベルのアウラ・アーツであり、使える人族は殆どいない。
このアウラ・リダクションを使える、数少ない人族の一人が、果敢なのだ。
キール湖の周囲にある森を囲む柵の前で、多数の警備用魔術の存在に気付いた果敢は、アウラ・リダクションを使い、アウラを極限まで弱めた。
アウラ・リダクションは、アウラを弱める技術なので、アウラを殆ど使わない。
当然、果敢は呪印の状態を気にせず、アウラ・リダクションを使う事が出来る。
小動物レベルまでアウラを弱めた状態で、果敢は柵を超えて森の中に侵入。
警備用魔術が仕掛けられまくっている、森の中を通り抜け、キール湖の湖畔に辿り着いたのである。




