039 ここまでナンパされまくるとは、流石は元英雄、女装の才能に関しても、人族最強だったか
池の中から、勢い良く水が吹き上がり、強い日差しに照らされた、広場の湿度を上げている。
商店街の中央辺りには、噴水池を中心にした、広場があるのだ。
広場には噴水池を囲むように、ベンチが設置されている。
バンダナを買った後、この広場に来た果敢は、ベンチに座って考え事をしていた。
(黄色いバンダナをシンボルにしてる連中を、魔族と……魔族を召喚した連中が、狙っている可能性は高い……)
膝の上にある、黄色いバンダナが入った袋を、果敢は見詰める。
(そして、黄色いバンダナが、平等派のシンボルとなると……魔族を召喚したのは、平等派を敵視している連中、貴族同盟の可能性が高い)
ローゼンハイン侯爵家、現当主であるゴッドフリートは、貴族同盟に参加している。
当然、平民を敵視している側の、貴族である可能性が高い。
しかも、アシェンプテルの話によれば、廃れたとはいえローゼンハイン侯爵家は、魔術の名門であるらしい。
禁術に指定されていて、普通の魔術師では、使用法を知る事が出来ない、魔族召喚魔術についての知識を、持っている可能性もある。
(ローゼンハイン侯爵家自体が、領内の平等派を潰す為に、魔族を召喚した可能性があるな)
国法のせいで、貴族同盟は平等派に対し、嫌がらせレベルの弾圧は出来ても、武力や暴力的手段で潰す事は出来ない。
地下に潜りつつ、勢力拡大を続ける平等派に、手を焼いた馬鹿な貴族が、魔族を召喚して、平等派を潰させようとする事は、有り得るのかもしれないと、果敢は思う。
(そう考えれば、ローゼンハイン侯爵家側が、領内を荒らし回る魔族連中を、まともに取り締まらないのにも、合点がいく。自分達が荒らさせてるんだから、取り締まる訳が無い)
考えをまとめていた果敢は、いきなり声をかけられる。
「ねぇ、君……こんな時間に、広場にいるなんて、暇なんでしょ?」
声をかけて来たのは、カジュアルな服装に身を包んだ、笑顔が爽やかな青年だ。
(また、ナンパか……今日だけで何度目だよ?)
果敢は心の中で、愚痴を呟く。
実は、宿を出てから服屋に辿り着くまでに数人、更に服屋から広場に辿り着くまで、更に広場のベンチで考え事を始めてからも、果敢は幾度となく、男性にナンパされ続けて来たのだ。
げんなりとした気分で、果敢は溜息を吐く。
「溜息吐くなんて、よっぽど退屈してるんだね。俺と一緒に遊べば、楽しくって……溜息なんて吐く暇も無くなるよ!」
「考え事してるのに、お前みたいなナンパ男に声をかけられまくって、邪魔されまくるから、溜息吐いてんだよ!」
蓄積した不快感が、一気に噴出してしまい、果敢は立ち上がると、青年に威勢のいい啖呵を切る。
「昼間の商店街の広場で、ナンパなんかしてんじゃねぇ! さっさと消え失せろ!」
「す、すいませんでしたッ!」
声を上ずらせながら、青年は果敢に背を向けると、這う這うの体で逃げ去って行く。
(ブレーメンにしちゃ、妙にああいう奴が多いな。グリム聖教じゃない、他の宗教が広まってるとこなのかねぇ?)
そんな疑問を抱きつつ、果敢はベンチに腰掛ける。
直後、目の前の地面に、光る円が姿を現し、中からアスタロト人形が出て来る。
光る円は、すぐに姿を消し、アスタロト人形は楽し気な表情で、果敢に話しかけて来る。
「いやー、モテまくりですな!」
アスタロト人形は、からかうような口調で続ける。
「ここまでナンパされまくるとは、流石は元英雄、女装の才能に関しても、人族最強だったか」
「そんな最強の才能なんざ、要らんわ」
「いっその事、女装の上を目指すというのはどうだ?」
「女装の上? 何だそりゃ?」
「性転換だよ性転換! 女になる呪いも、色々とあるから、今度は是非……それを当てて、女装じゃなくて女になって、俺達を面白がらせて欲しいものだな!」
「誰が、そんな呪いを当てるかッ!」
実は、レベル5の呪いに、性転換系の最悪の呪いが存在している事を、果敢はレギーナが行った呪印に関する実験の際、知っていた。
当てた訳では無いのだが、レベル5に関しては、ルーレットの全てのポケットに書かれた呪いのタイトルを、レギーナが記録済みだったので。
記録されたタイトルの中に、果敢が性転換する羽目になりそうなのが、存在していたのだ。
果敢にとっては、その呪いだけは、引き当てたくないという内容の呪いであった。
「レベル5の呪いは、二度と受けないからな!」
「性転換系の呪いは、レベル5のアレだけじゃなくて、他にもあるから……用意しとくよ!」
最悪の呪い……レベル5は固定であり、変更出来ない。
でも、レベル4以下の呪いに関しては、レベルごとに数多くの呪いが用意されている為、その中から呪術をかけたアスタロトが、自由に選べるのだ。
「そんなもん、用意するんじゃねえ!」
「用意するから、楽しみにしてろよ!」
強い口調の果敢の言葉に、アスタロトは楽し気に言い返すと、地面に現れた光る円の中に入り、光る円と共に消え去る。
「しまった! あいつ俺が嫌がる事やりたがるから、嫌がると余計にやりたがるんだ……気を付けよう」
果敢は周囲にいた人々の、危ない人でも見るかような目線に気付く。
アスタロトの姿や声は、周囲の人達には感知出来ないので、果敢は一人なのに、誰かと話している感じの、変な人に見えてしまっていたのだ。
果敢は気まずい思いをしながら、深い溜息を吐く。
(全く……何を考えてたんだっけ?)
ナンパ男とアスタロトを相手にしたせいで、果敢は自分が何を考えていたのか、忘れてしまっていた。
自分が何を考えていたのか、果敢は思い出そうとする。
(そうだ、ローゼンハイン侯爵家自体が、領内の平等派を潰す為に、魔族を召喚した可能性があるって考えてたんだっけ)
果敢は考え事を、再開する。
(色々と繋がって来たし、ローゼンシュタットに行って、ローゼンハイン侯爵家を調べた方が、良さそうな流れだな)
そう考えた果敢は、どうやってローゼンシュタットに行くか、その方法について、考え始める。
(アウラを抑えれば、エアリアルはともかく、アウラ・アクセルなら、呪印が満月にならずに済む距離だと思うんだが……今の時間帯なら、バスが使える筈だ)
リットナーに来る時は、バスなどの旅行者向けの自動車が、既に動いていない時間帯だった。
故に、果敢はアウラ・アクセルで走って来たのだ。
でも、日中の今は、旅行者向けの自動車を、果敢は利用出来る。
(城下町のローゼンシュタットなら、バスで行けるだろ)
果敢はレストランで貰った地図で、ローゼンシュタットに行けそうなバスが出ている、バス停の場所をチェックする。
大きな都市であれば、以前は鉄道網で結ばれていたのだが、戦争で破壊されてしまい、修復が進んでいない。
それ故、今は魔動機関を使った、バスなどの自動車が、交通機関のメインなのだ。
ある程度以上の大きさの町ならば、バスを乗り継げば、大抵は行く事が出来る。
(商業地区のバス停から、ローゼンシュタット行きのバスが、出てるみたいだな)
地図をリュックにしまうと、果敢は立ち上がる。
(余り待たずに、バスに乗れるようならバスで。そうでないなら、この町から離れて、目立たない所まで移動してから、アウラ・アクセルで走って行くか)
ディアンドルのスカートの裾を摘まみながら、げんなりとした表情で、果敢は続ける。
(この格好で走るのは、全裸とは別の意味で恥ずかしいし、走り難そうだけど……)
ローゼンシュタットへの行き方を決めた果敢は、広場の出入り口に向かって、足早に歩きだす。
商業地区のバス停に、向かう為に。
× × ×




