038 成程、だから黄色いバンダナとかを、あの連中は隠したんだな
(何か……見られてる気がするんだけど、女装しているせいで、自意識過剰になってるのかな?)
普通の客を装って、服屋の店内を見て回っていた果敢は、心の中で自問する。
少し前に商店街に辿り着いた果敢は、すぐに服屋を発見したので、中に入った。
早速、バンダナやスカーフの類を探し始めたのだが、その途中で、他の客達に見られているような気がし始めた。
故に、女装のせいで自意識過剰になっているのではないかと、果敢は考えたのである。
さり気なく周囲の様子を探ると、自意識過剰を原因とした思い違いではなく、実際に周囲にいる男性客達や店員達に、果敢は見られていた。
そして、見られている理由に、すぐに果敢は思い至る。
果敢はアクセサリーなどの、装飾品が売られているコーナーにいたのだが、すぐ近くには男性用下着を売るコーナーがあったのだ。
(男性用の店に、女性客に見える俺が入って来たんで、注目されているんだ)
日本の物よりは、地味な感じの下着が並ぶ棚を、果敢は一瞥する。
(しかも、下着売り場の近くなんだから、そりゃ……注目もされるか)
自分を見ていた男性の一人が、黒いエプロンをした、若い店員だったので、果敢は歩み寄って、少し声のトーンを上げて訊ねてみる。
「すいません、バンダナが欲しいんですが、この店……置いてますか?」
男性向けの店で、バンダナを探す理由を、果敢は補足する。
「旅行中なんですが、バンダナ好きの父への土産に、買って帰ろうと思って、探してるんですけど」
「そういう事でしたら、こちらへどうぞ」
果敢は店員に、店の奥に案内される。
ただ、果敢の目的はバンダナを買う事ではない、黄色いバンダナに関する情報を、手に入れる事なのだ。
「黄色のバンダナがあると良いんですけど」
さり気なく、黄色いバンダナについて、果敢が口にすると、明らかに店員は動揺を見せる。
「黄色……ですか?」
気まずそうな顔で、問いかける店員に、果敢は涼しい顔で、言葉を返す。
「父は黄色が好きなもので、良い歳して派手好きなんですよ。もう少し、年相応に落ち着いた色に、好みが変われば良いんですけど」
話している内に、果敢と店員は、店の奥のカウンター近くに、バンダナやスカーフが売られているコーナーに辿り着く。
「案内どうも……後は自分で探します」
果敢は礼を言って、コーナーの棚に並ぶバンダナを確認する。
だが、棚には様々な色合いや柄のバンダナやスカーフがあるのだが、黄色いバンダナやスカーフだけは、置かれていなかった。
「すいません、黄色は……棚に置いてないんですよ」
店員は他の客には聞こえないように、小声で果敢に話しかける。
「売り切れなんですか?」
「いや、在庫はあるんですけど……最近、大っぴらに売り難くなってしまったんで」
「黄色いバンダナが? 何故?」
果敢の質問に、店員は質問で返す。
「お客さんは……旅行中と言っていましたし、リットナーの人ではないんですよね?」
「はい、エンゲルハルトからアリアンツに帰る途中で、立ち寄ったんです」
エンゲルハルトというのは、ローゼンハイン侯爵領よりも北東にある、温泉で有名な観光地である。
ちょうど、アリアンツ共和国側とは、ローゼンハイン侯爵領を挟んで、反対側という位置関係になっている。
つまり、アリアンツの人間がエンゲルハルトに旅行に行った帰り、リットナーに立ち寄るというのは、有り得る事なのだ。
そして、果敢が身に纏うディアンドルは、アリアンツの民族衣装でもあるので、格好の方もおかしくはない。
それらしい言い訳が、淀みなく口から出て来るのは、戦争の頃から、あちこちに潜入して、情報を入手するような作戦も、果敢は行っていたから。
アシェンプテルが果敢に頼んだのは、潜入調査能力の高さを知っているからでもあった。
「アリアンツの人なら、知らないでしょうね」
果敢の言葉を信じた店員は、納得したかのように続ける。
「実は……黄色いバンダナやスカーフは、リットナーでは平等派のシンボルなんですよ」
「平等派の?」
驚きの声を、果敢は発する。
平等派とは、グリム大陸全土で広がりを見せている、貴族制度の廃止を主張する、政治運動の派閥だ。
「すいませんが、小声でお願いします」
店員の言葉に、果敢は頷く。
「黄色い旗が本来のシンボルなんですが、黄色いバンダナやスカーフ、ハンカチなどを、黄色い旗になぞらえて、シンボルとして身に着けるんですよ、平等派の連中は」
(成程、だから黄色いバンダナとかを、あの連中は隠したんだな)
ブレーメン王国では、平等派の活動自体は、禁止されてはいない。
ただし、貴族の権力が強い貴族領となると、話は別となる。
国法に反しない範囲で、様々な妨害や弾圧が、貴族側から行われる場合が多い。
それ故、貴族領では平等派の活動は、地下活動の形を取り易い。
ローゼンハイン侯爵領は貴族領なので、平等派の活動が地下に潜っていても、おかしくはない。
真夜中に集会を開いていたのは、平等派の活動が、地下に潜っていたせいだと考えられる。
そして、地下活動中であったからこそ、倉庫街にいた者達は自分に対し、警戒を解かなかったのだろうと、果敢は推測する。
助けられた相手であっても、初対面であり、誰だか分からない仮面をかぶった自分を、強く警戒するのは、地下活動中であれば、当たり前だろうから。
シンボルである黄色いバンダナなどを隠したのも、平等派であるのを、自分に知られないようにする為だったのだろうとも、果敢は考えた。
「ここは貴族領ですから、平等派のシンボルとなると、売り難いって事なんですか?」
「そういう事です」
果敢の問いを肯定した上で、店員は果敢に持ち掛ける。
「土産物として御入用でしたら、平等派がシンボルとして使い始める前に仕入れた物が、カウンターの奥にありますので、お持ちしますが?」
「お願いします」
情報を入手した礼代わりに、果敢はバンダナを、買って帰るつもりなのだ。
カウンターの奥に姿を消した店員を、果敢はカウンターの前で待つ。
程なく、店員は三種類の黄色いバンダナを手にして、カウンターの奥にあるバックヤードから戻って来た。
カウンターの上に、店員は三枚のバンダナを並べて見せる。
「どれになさいますか?」
どれも黄色だが、無地の物だけでなく、刺繍がされている物が二種類あった。
値段はどれも、手頃である。
「どれも良さそうなので、全部下さい」
「全部ですか?」
店員は嬉しそうに、三枚のバンダナを袋に入れる。
そして、会計作業をしながら、店員は果敢に助言する。
「土産物という事なので、心配は無いと思うんですが、リットナーにいる間は、人には見せないようにした方が、良いと思いますよ」
「心得ておきます。色々とどうも」
代金を支払い、袋を受け取った果敢は、店員に礼を言ってから、踵を返すと、カウンターから遠ざかって行く。
「お買い上げ、有難うございます」
背中で店員の声を聴きながら、果敢は出入り口へと向かう。
男性客からの注目を受けつつ、果敢は服屋を後にする。
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