037 ここだけ戦時中に、戻ったみたいだ
「酷いもんだな……」
瓦礫の山を目にして、果敢は呟く。
場所はリットナーの商業地区の中央辺りにある、一昨日までは商業組合のビルがあった辺り。
強い日差しの下で、作業員が二十人程、瓦礫の撤去作業を行っている。
昨日から進めているのだろうが、瓦礫の量が多過ぎて、まだ五分の一も片付いていない。
果敢のように、魔術を使って一気に浮遊させたりはしない。
作業員たちは地道に慎重に、瓦礫を除けて運んで行く。
煉瓦造りの建物が多いのだが、果敢が戦った倉庫街よりも、高いビルが多かったので、瓦礫の量は遥かに多い。
果敢が途中で魔族を倒した倉庫街よりも、破壊された建物の数も多く、破壊された面積も広い。
一部では火事も起ったらしく、炭化している木製の建材や、黒焦げになっている煉瓦もある。
戦争の頃には、果敢にとっては、戦争中には見慣れた光景なのだが、戦後は余り目にしていない光景だった。
焦げた木材の臭いに混じり、腐敗臭もする。
瓦礫の下に、まだ死体が埋まっているのだろう。
果敢は魔術を使って瓦礫を除け、死体を外に出してやりたい気がした。
でも、人目も多いし、警察官も監視している状態では、そうもいかない。
一般人の侵入を禁止する為のロープが張られ、「関係者以外立ち入り禁止」の札も出ている。
中に入って手助けという訳にも、いかないのだ。
道路も含めた一帯が、事実上封鎖されている状態にあり、果敢に出来るのは、その外から見る事だけなのである。
「ここだけ戦時中に、戻ったみたいだ」
そんな感想を、果敢は抱く。
破壊された光景を見れば、二百人程の人間が死んだという話は、有り得そうだと果敢には思えた。
(でも、真夜中って言ってたよな。いくら商業地区でも、真夜中にそんなに人がいるものなのか?)
果敢の頭に、疑問が浮かぶ。
(倉庫街も深夜に襲われ、結構な数の人がいて、何かの集会を開いていた感じだった。ここも……同じだったのかもしれない)
倉庫街にいた人々の様子を、果敢は思い出す。
真夜中の倉庫街に集まる、作業員風では無い多くの人々、警戒心は強く、何か妙な違和感を覚えた人々……。
「死体を運び出す! 担架持って来てくれ!」
果敢が見ていた、商業組合のビルがあったらしい辺りで、作業員が声を上げる。
除けた瓦礫の中から、死体が出て来たのだ。
灰色の作業服姿の男女数人が、担架を手にして、声を上げた作業員の所に集まって来る。
作業員達は、死体の上に残っていた瓦礫を除けると、死体に短く祈りを捧げた上で、慎重に担架に乗せる。
そして、作業員達は担架を運び、瓦礫の山を下りて来る。
担架で運ばれる死体が、視界に入ったので、果敢も短く、死体に向けて祈りを捧げ、その冥福を祈る。
作業員達は、果敢から十メートル程離れた辺りに停車しているトラックの近くに、担架を運んで行く。
青と白で塗り分けられた、警察のトラックの近くで、担架は下ろされる。
近くには、これまた青と白で色分けされた制服姿の、警察官がいる。
警察官は担架の上の死体に、短く祈りを捧げてから、掌を死体に向ける。
死体が徐々に、凍り付き始める……死体の腐敗が進むのを防ぐ為、警察官は氷結魔術を使い、死体を凍らせようとしているのだ。
果敢が使う魔術のように、高度でもなければ出力も高くはない。
氷点下の冷気を数十秒間浴びせかけて、徐々に凍らせる魔術である。
冷気の風を受け、破損した死体が、まだ身に着けている着衣が揺れる。
乾いた血で黒ずみ、あちこちが破れているが、元は地味な感じのスーツ姿であったと思われる着衣だ。
そして、その着衣には似合わない、黄色い何かが、死体の左手首に巻かれていた。
その黄色い何かを目にして、果敢は気付く……昨夜、倉庫街で覚えた違和感の正体に。
昨夜、助けた人々の代表らしき男と話していた時、果敢は違和感を覚えた。
その時に目にした人々の見た目が、瓦礫を除けて助けた時とは、何かが違っているような気が、果敢にはしたのだ。
死体の手首に巻かれた、黄色いバンダナを目にして、果敢は気付いた。
助けた時と、話していた時では、何が違っていたのか、果敢は気付いたのである。
(黄色いバンダナ……いや、バンダナが多かったが、スカーフとか他にも色々あったけど、とにかく黄色い奴だ!)
興奮気味に、果敢は心の中で続ける。
(助けた時には、黄色い何かを身に着けていた人が多かったのに、男と話していた時、それが無くなっていたんだ!)
果敢が気付いた通り、倉庫街に居た人々は、果敢に助けられた時は、黄色いバンダナなどの黄色い何かを、身に着けていた。
でも、助け出された後、果敢の前に現れた時、それは無くなっていたのだ。
(無くなったというより、隠したんだろうな。警戒している、俺に対して)
果敢は思案を続ける。
(真夜中に集会するような連中の、シンボル的な物なのかな? しかも、続けざまに魔族に襲われてるって事は、そいつらは魔族に敵視されているって事か?)
魔族は人を襲い、その生命エネルギーを奪い殺すので、多くの人が集まる場所を、魔族が狙うのはおかしくはない。
襲うのであれば、日中よりも深夜の方が有利なので、真夜中に人々が集まっているのを、魔族が襲う事自体は、おかしな事ではない。
でも、商業組合のビルの方も、黄色い何かを身に着けている者達の集会であれば、魔族は続けざまに、同じ趣旨で集会を開いている者達を、襲撃している事になる。
(黄色いバンダナをシンボルにしてる連中を、魔族は狙って襲撃しているのか?)
果敢は心の中で、自問する。
(魔族の選り好みにしちゃ、意味が分からな過ぎる。むしろ、魔族というより……魔族を召喚した奴の望みと、考えるべきだろう)
氷結させられて、トラックの荷台に積まれようとしている死体の、左手首の黄色いバンダナを、果敢は見詰める。
(黄色いバンダナをシンボルにしてるような連中を、敵視して殺そうとしてる誰かが、魔族を召喚しやがったんだ)
果敢は考えを進める。
(黄色いバンダナが何のシンボルなのか分かれば、それをシンボルにしている連中を敵視する奴も、分かるかもしれない)
そう考えた果敢は、次に取るべき行動について思案する。
果敢の目に、近くで警備している、警察官の姿が映る。
(警察官なら、知ってるかな? いや、警察官に訊くのは……今は拙いか)
黄色いバンダナをシンボルとしている者達が、警察の取り締まり相手だったりする場合、それに関する情報を求めたら、果敢自体が疑いをかけられる場合がある。
潜入しての調査中、おまけに女装中でもある今、警察に調べられるのは、果敢としては真っ平だったのだ。
(バンダナの事なら、バンダナを売ってる店とかに行けば、何か分かるんじゃないかな?)
そんな考えが、果敢の頭に浮かぶ。
(バンダナって、どこで売ってるんだ? 服屋か? 小物屋か?)
果敢はポケットの中から、レストランで手に入れた地図を取り出して、確認する。
アシェンプテルからもらった資料にも、地図は入っていたのだが、リットナーの地図は含まれていない。
ローゼンハイン侯爵領全体の地図と、アシェンプテルが入手した、襲撃された町の地図だけだった。
リットナーが襲撃された情報は、果敢に依頼をした時点で、まだアシェンプテルには入ってなかったので、リットナーの地図は、資料に含まれてはいなかった。
果敢は地図を見て、服屋などが有りそうな通りを探す。
すると、そんなに離れていない辺りに、商店街がある事が分かった。
(商店街なら、服屋くらいあるだろう。行ってみよう)
果敢は死体を積み込んだトラックに向けて、もう一度手を合わせて祈ると、その場を後にして、足早に歩き去って行く。
地図を片手に、商店街を目指して。
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