035 いやー、男にナンパされるわ、尻を撫で回されるわ、面白い目に遭ってくれるじゃないの!
「あの子、良くない?」
繁華街をうろつき、女漁りをしていた青年が、果敢を男性だとは知らず、目を付けてしまい、同行している青年に問いかける。
黒のジャケットにジェヌカという姿の、金髪の青年だ。
「色気無いけど、悪くないな、声かけようぜ」
問いかけられた青年も、果敢の姿を目にして、言葉を返す。
黒いジャケットとカーゴパンツ姿の、茶髪の青年である。
二人組の青年は、果敢に近付いて行くと、まずは金髪の青年が声をかける。
「こんな夜中に、女の子が一人でいても、つまんないだろ?」
茶髪の青年が、それに続く。
「俺達と楽しい事しようよ!」
声をかけられたのが自分だとは思わず、果敢は無視して通り過ぎようとする。
「おいおい、無視は酷いでしょ!」
二人の青年は果敢の両側に回り込み、逃がさないとばかりに、両側から果敢の腕を掴む。
(え? 今の……俺にだったの?)
この段階に至り、ようやく果敢は気付く。
自分がナンパされていた事に。
(男から……ナンパって……うぇ……)
果敢は心の底から、気色悪さを感じ、げんなりとした表情を浮かべる。
「良い店知ってんだ、すぐそこだから!」
二人の青年は引き摺るかのように、果敢を強引に連れて行こうとする。
「え? いや、あの……」
自分が男だと打ち明けようとするが、果敢は思いとどまる。
自分から女装しているのをばらすと、ペナルティが与えられるのを思い出したのだ。
故に、果敢は別の話を切り出す。
「悪いけど、遊んでる暇無いんで」
断りの言葉を口にするが、二人の青年は意に介さず、果敢を連れて行こうとし続ける。
「遊んでる暇が無いような子が、こんな時間に……この通りをうろついてる訳がないじゃん!」
「男漁りに来てるんでしょ? 俺達にしときなよ、二人がかりで楽しませてあげるからさ!」
直後、果敢は左腕を掴んでいた、茶髪の青年に、尻を撫で回される。
感じていた嫌悪感がピークに達し、丁寧に断ろうという気が、果敢の中で消え失せる。
果敢は自分の両腕を掴んでいた二人を、それぞれ片腕だけで投げ飛ばす。
ただ、路面が舗装されていたので、叩きつけはしないで、落とす感じで。
その上で、果敢は二人の両腕を、同時に捻り上げる。
一連の動きは、まさに電光石火の早業であり、自分が何をされたのかすら、はっきりと分らぬまま、二人の青年は道に倒され、腕を捻り上げられてしまった。
「遊んでる暇なんて無いって、言ってるだろうが!」
男だとばれないように、果敢は高目の声で言い放つ。
元から声は、男性にしては高目なので、不自然さは無い。
「す、すいませんでした!」
「痛っ! か……勘弁して下さい!」
地に伏した二人の青年は、情けない声を上げ、許しを請う。
「グリム聖教の連中並に、生真面目に生きろとは言わないが、相手の許可を得ずに身体を触ったり、強引に連れて行こうとするんじゃないよ!」
果敢は二人の腕を、強く捻り上げつつ、脅し文句を口にし続ける。
「世の中、お前等よりも強い女は、いくらでもいるんだからな! 舐めた真似してると、その内殺されるぞ!」
この世界では、男性以上の戦闘力を持つ女性など、珍しくないので、果敢の警告は間違いでは無い。
「もう……しませんから! 許して……下さいっ!」
「これからは……気を付けます! ホントですぅ!」
額に脂汗を浮かべながら、必死で懇願する二人を見て、果敢は両手を離す。
「さっさと失せろ!」
果敢の強い口調の言葉を聞いて、二人の青年は慌てて立ち上がると、腕を押さえながら、あたふたと逃げ去って行く。
本気で怯えていたので、捨て台詞を残したりもせずに。
「全く……酷い目に遭った」
半目で呟いた直後、果敢は多くの目線を意識する。
騒ぎを起こしたせいで、通りにいた人々の注目を集めてしまったのに、今更になって、果敢は気付いたのだ。
ボーイッシュな少女にしか見えない果敢が、二人の青年を、あっさりと叩きのめし、脅す光景を目にしたのだから、驚き注視するのも当たり前であった。
(ヤバい! 俺もさっさと、逃げよう!)
果敢は足早に、その場を歩き去って行く。
その途中、いきなり地面に光る円が現れ、中からアスタロト人形が姿を現す。
「いやー、男にナンパされるわ、尻を撫で回されるわ、面白い目に遭ってくれるじゃないの!」
楽し気な口調で、アスタロト人形は続ける。
「いっその事、ナンパ男についていって、最後までやっちゃったりしてくれたら、もっと盛り上がったんだけどねぇ!」
「やる訳ねぇだろ! つーか、何でお前が出て来るんだよ?」
「元英雄の面白い場面を見たら、思わず声をかけたくなって、出て来ちゃいました!」
「面白がって、出て来るんじゃねぇ!」
果敢は思わず、アスタロト人形を殴り付ける……が、拳は空を切る。
「残念! この姿は幻影みたいなもんだから、触れないよん!」
「そう言えば、そうだった……」
過去に何度も殴ろうとしたが、殴れなかったのを、果敢は思い出した。
「ちなみに、今の俺の声も普通の人には聞こえないから、今のお前は……独り言を呟きつつ、見えない何者かを殴ろうとしている、かなりアレな人に見えちゃってるぞ!」
普通の人には、アスタロト人形の姿は見えないし、声も聞こえない。
アスタロト自身が、自分の姿を見せたい相手にしか、姿は見えないし、声を聞かせたい相手にしか、声は聞こえないのだ。
ただし、魔術や聖魔術などの能力が、凄く高い相手の場合、アスタロトが隠そうとしても、姿が見えてしまったり、声が聞こえてしまったりする場合がある。
「まぁ、女装してる時点で、十分にアレな感じだけどな!」
「お前の呪いのせいだろうが! 俺に女装趣味はねぇよ!」
「いや、でも……これを切っ掛けに、女装の喜びに目覚めちゃうかもしれないぜ?」
「目覚めねぇよ! つーか、さっさと消えろ!」
「それじゃ、またな! 面白い場面、期待してるよー!」
そう言い残すと、アスタロト人形は地面に現れた、光る円の中に入り、姿を消す。
光る円も、すぐに姿を消してしまう。
(面白い場面なんて、見せてやるものか!)
果敢は心の中で誓いながら、通りを歩き続ける。
だが……その後、果敢は繁華街で、十三回もナンパされ、その内の五回、相手に身体を触られたり、強引な真似をされたりしたので、相手の男性達をぶちのめす羽目になった。
その度に、姿を現したアスタロト人形に、果敢はからかわれてしまった。
男性からナンパされたり、身体を触られるという、不愉快かつ気色が悪い経験と、それをアスタロト人形にからかわれまくるという、屈辱的な経験を、散々繰り返してから、ようやく果敢は宿を発見。
旅行者向けの安宿を借りて、眠りに就くことが出来たのだった。
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