034 元英雄には、この女装姿で、今から二十四時間を過ごしてもらいまーす!
「元英雄には、この女装姿で、今から二十四時間を過ごしてもらいまーす!」
楽し気な口調で、アスタロト人形は続ける。
「他の服に着替えようとしたり、自分から女装させられてる事をばらしたりしたら、ペナルティが発生するぞ! あくまでも女性であるかのように、行動し続けるのがルールだよ!」
「こんな服……戦闘に耐えられないから、すぐに破れて無くなっちまうだろ」
戦闘服とは違い、薄くて柔らかなディアンドルのスカートを摘まみ、呟いた果敢に、アスタロトは言葉を返す。
「その点は安心! 呪いの効果により、そのディアンドルは破壊不可能な仕様なので!」
「破壊不可能? そんな訳がないだろ! 魔術でも聖魔術でも、破壊不可能なんて事は、実現不可能だ!」
「それが、出来ちゃうんだよねー、古の術である、呪術には!」
ちなみに、アスタロトは分かり易くする為、破壊不可能と言ったのだが、実際は違う。
破壊されても、すぐに再生されてしまうので、破壊不可能なように見えるというのが、事実なのである。
実は、世界中の大気中にあるエイセーラスが、果敢がかけられた呪いのエネルギー源として、使われている。
その膨大なエイセーラスがあるからこそ、こういった魔術や聖魔術では不可能な真似が、出来てしまうのだ。
「確かに、古の術なら……有り得る話か」
自分の指輪を見詰めながら、果敢は呟く。
果敢の呪印を隠蔽する為の、加工は可能だが破壊は不可能らしい指輪も、古の術で作られたと言われている。
アスタロトが使っていたインヴィクタ・ニグルムなども、古の術で作られたらしい。
こちらは、果敢と草薙剣により、破壊されてしまったように、破壊不可能と言われている物も、破壊されてしまう事が有り得るのだが。
アスタロト人形は、説明を付け加える。
「なお、その二十四時間の元英雄の姿は、全て幽霊界からは丸見え! 俺達はお前の無様な姿を、幽霊界で楽しませてもらうよ!」
そう言うと、地面に現れた光る円の中に、アスタロト人形とテーブルは、沈み込むように姿を消してしまう。
光る円も、すぐに消え去る。
「二十四時間か……丸一日続く呪いは、久し振りだな」
げんなりとした表情で、果敢は続ける。
「冒険者生活中なら、家に引き籠ってりゃ良いんだけど、魔族共の情報調べて、退治しなきゃならないから、引き籠ってる訳にもいかないんだよな」
スカートの裾を摘まみ、改めて自分が女装しているのを確認してから、果敢は溜息を吐く。
「とりあえず、もう夜中だし……宿でも探すか」
果敢はリットナーの町並を見下ろし、光点……明かりが多い辺りを探す。
真夜中でも明かりが多い場所は、繁華街の可能性が高く、繁華街なら宿屋などもあるだろうと、果敢は考えたのだ。
光点が多い場所を見付けた果敢は、低出力でエアリアルを発動すると、夜空に舞い上がる。
低出力で、短距離移動するだけなら、呪印が満月に近付く可能性は無い。
夜空に舞い上がった直後、普段は感じない涼しさを、下半身に覚える。
「スカートだからかな? 中に空気が入り易いのか」
そして、違和感を覚えながら、自動車よりも遅いくらいのスピードで、飛び続けた果敢は、町並の上空に入る。
街灯に照らされた道路などには、まだ自動車や人の姿が確認出来る。
「地上からスカートの中が……覗けたりはしないか」
地上数メートルの高さなら、そんな心配もあるが、五十メートル以上の高さ、しかも夜空を飛んでいるので、心配は不要だろうと、果敢は判断。
「でも、地上から飛び上がる時や、着地する時とかは、気を付けた方が良さそうだ」
果敢は呟きながら、目指していた辺りに辿り着く。
辺境とはいえ、一応は商業都市なので、真夜中でも賑わう繁華街はある。
繁華街のメインストリート……表通りの近くにある、人気の無さそうな裏通りに、果敢は着地する。
周囲に人がいないのを、一応は確認しつつ。
裏通りから、果敢は表通りを目指し、歩き始める。
「どうも、歩き難いな」
踵が高い訳ではないのだが、履き慣れないパンプスと、足にまとわりつくスカートのせいで、歩き難いのだ。
慣れないパンプスとスカートに、苦労させられつつも、すぐに果敢は、繁華街の表通りの手前に辿り着く。
だが、その場で果敢は立ち止まり、暫し躊躇う。
裏通りとは違い、表通りは人で賑わっている。
女装姿で人前に出る覚悟が、まだ果敢は決まっていなかったのだ。
(宿に泊まるの止めて、今夜は野営しようかな?)
そんな考えが、果敢の頭に浮かんで来る。
(いや、でも……調べて回る為には、どうせこの姿で、人前に出る羽目になるんだ。人前に出るのを躊躇ってたら、時間を無駄にするだけだろ)
気を落ち着かせる為に深呼吸すると、果敢は覚悟を決めて、繁華街に足を踏み出す。
魔術による光源を利用した、酒場や飲食店の派手な看板が、ネオンサインのように、妖しい光を放っている。
グリム聖教の存在のせいで、グリム大陸は日本に比べると、かなり性的な倫理が厳しい。
それでも、繁華街や歓楽街の類は存在する。
一般的なモラルや常識に、当てはまらずに生きる人々は、ある程度は存在する。
そういった人々の需要に応える場所は、ちゃんと存在するのである。
通りにいるのは、どちらかといえば男性が多い。
しかも、どちらかといえば、余り柄が良いとは言えない感じの男性達が。
(宿が無いな……飲み屋ばかりだ)
果敢は通りを見回しながら、泊まれそうな宿を探す。
そんな果敢の姿は、背が高目で細身の、ボーイッシュな少女に見える。
化粧っ気は無いし、動きも女性的ではないので、女性的な色気は皆無。
ただ、見た目だけであれば、実年齢より年下に見えるせいもあり、果敢は成人女性では無く、少女に見えてしまう。
少女に見える女装姿で、真夜中に一人歩きをしているのだから、ある種の男性に、果敢は目を付けられ易くなってしまっていた。
ある種というのは、若い女性を漁る為、夜の街を徘徊している男性達だ。




