032 気のせいか? いや、でも……何か違和感があるんだけど
「旅行で立ち寄った、ファン・アルムジックの酒場で飲んでいたら、最近……ローゼンハイン侯爵領で、魔族が暴れ回ってるって噂を聞いたんでな、この町にも立ち寄ってみたんだ」
果敢は事実を答えた後、嘘の理由を付け加える。
「俺は元軍人で、魔族狩りは得意なものだから、ひょっとしたら、少しくらいは、役立てるかもしれないと思ってね」
「少しなんて! 物凄く助かりましたよ!」
男の言葉に、何時の間にか男の背後に集まっていた、果敢に助けられた者達が頷き、同意の言葉を口にする。
「対魔族戦闘とはいえ、貴族領で他所者が戦闘魔術を使うと、後で面倒な事になる場合があるんでね、顔と名は隠している」
顔を隠し、名を名乗らない嘘の理由を、果敢は口にする。
嘘なのだが、そういった面倒な事は、実際に起こる場合もあるので、それなりの説得力を、男に感じさせる。
「その仮面は、そういう訳でしたか」
奇異な猫の仮面をかぶっている理由を聞いて、男は納得した風な言葉を口にする。
(警戒を解かないな、慎重な男だ)
やや警戒の色が薄れた感じはするが、まだ警戒を完全に解いてはいないと、果敢は感じたのだ。
他の人達は、どうだろうと思い、男の背後に集まっている人達の方に、果敢は目をやる。
男と同様に、警戒の色が強い者達が多いと、果敢は感じる。
そして、果敢は妙な違和感を覚えた。
(気のせいか? いや、でも……何か違和感があるんだけど)
人々の見た目が、少し前……瓦礫を退けて助けた時とは、何かが違っているような気が、果敢にはしたのである。
だが、何が違っているのかまでは、果敢には分からない。
分からない違和感についてより、明らかに気になる事について、果敢は男に問いかける。
「真夜中の倉庫街にしちゃ、ずいぶんと人が多いようだが?」
「商工会の会合を、空いている倉庫で開いていたんです。他の会場が、押さえられなかったもので」
「こんな真夜中に?」
「皆、忙しい身ですから、こんな時間でないと、集まれないんですよ」
(嘘だな、こりゃ)
男が嘘を吐いているのを、果敢は察する。
明確な根拠や証拠がある訳ではなく、勘で察しただけなのだが、果敢は嘘を見抜くのは得意な部類だ。
(人には言い難い類の集会を、真夜中に倉庫街で開いていた訳か。だからこそ、警戒心が強いんだろう)
猫の仮面で顔を隠している、自身の胡散臭さを考慮しても、命を救ってくれた相手にまで、警戒心を解かない理由を、そのように果敢は推測する。
(子供みたいな年頃の連中も混ざってるし、悪党の集まりって感じもしないが……妙ではあるな)
この場には、十代中頃と思われる者達もいる。
犯罪者や悪党の集団なら、確実に危険な雰囲気を持つ者が、多少なりといるものなのだが、そんな感じの人間は、一人もいない。
(何者で……何をしてたんだ、こいつらは?)
だが、この場にいる者達の正体について、考えている暇は、果敢には無かった。
遠くから近付いて来るサイレンの音を、果敢は聞き取ったのだ。
(警察? 魔族が暴れていたのに、軍よりも先に、警察が来るのか?)
サイレンの音は、警察車両のもの。
通常、魔族に対処するのは、警察では無く、軍に相当する組織の仕事である。
警察レベルの戦闘力では、魔族には対処出来ないのだ。
無論、警察は何もしない訳ではなく、戦闘を軍に任せた上で、非戦闘員の保護や避難などを、担当するのである。
軍は機動力において、圧倒的に警察を上回る。
故に、魔族が暴れる現場に駆け付けるのは、軍の方が先だと、相場が決まっているのだが、この場に先に駆け付けようとしているのは、警察だった。
政府の軍が配備されていない、地方の貴族領などで、魔族が暴れ回った場合、最初に駆け付けるのは、貴族が自前で揃えている私的軍隊……貴族軍となる。
貴族軍の多くは、家名を冠した騎士団の名を持つので、ローゼンハイン侯爵領であれば、ローゼンハイン騎士団という貴族軍が、真っ先に魔族への対処に動く筈なのだ。
ところが、貴族軍が駆け付けず、警察が先に駆け付けようとしている事に、果敢はサイレンの音で気付いたのである。
(酒場で誰かが、ローゼンハイン侯爵は、まともに魔族を退治しようと動いてないって言ってたが、その通りのようだ)
果敢は思案しつつ、心の中で続ける。
(警察なら、車より先に、アウラ・アーツを使える連中が、乗り込んで来るかもしれないな。さっさと逃げないと、面倒な事になりそうだ)
猫の仮面で顔を隠した自分が、破壊現場に居残っていた場面に、警察官が辿り着いたとしたら、確実に自分に疑いの目を向けるだろうと、果敢は考えた。
そうなれば、果敢は面倒な状況に、追い込まれかねない。
(もう少し、この人達に訊きたい事があったんだが、ここは逃げるしか無さそうだ)
果敢は口惜し気に、エアリアルを発動しながら、男達に話しかける。
「警察が来ると、面倒な事になりそうだから、俺は行くよ。後は警察が、何とかしてくれるだろう」
夜空に舞い上がり始めた果敢に、男や……その場にいた者達が、次々と礼の言葉を口にする。
「助けてくれて、有難うございました!」
「ありがとう! 猫好きの男の人!」
「御恩は忘れません!」
下から聞こえて来る、感謝の言葉を聞いて、果敢は気恥ずかしさと嬉しさを感じる。
人助けをした後、感謝されたり、礼を言われるのは、果敢としても、悪い気分はしないのだ。
その人助けの為に、使ってしまったアウラと魔力のせいで、これから身に受ける呪いの事を考えると、気が重くなってしまうのだが。
嬉しさと憂鬱さを感じながら、果敢は夜空を飛んで、倉庫街から遠ざかって行った。
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