028 まぁ、戦争終わらせた英雄からして、婦女暴行魔だったくらいだからな
「ビール、大ジョッキで! それとブルストの盛り合わせと、クネーデルを!」
席に着いた女性は、ウェイトレスに注文を出す。
ヴルストはソーセージ、クネーデルは芋団子の事だ。
「おいおい、マンディ! 運転手が酒飲んでいいのか?」
同じテーブルの男性客が、女性……マンディに問いかける。
「もう今日は乗らないから、良いんだよ」
「今日は遅かったじゃないか」
別の男性客が、マンディに声をかける。
「またトラックの魔動機関が、トラブルでも起こしたのか?」
酔客の問いかけから、マンディがトラックの運転手らしい事が、果敢には察せられる。
魔動機関とは、魔力をエネルギー源として作動する、動力機関の事だ。
魔術師などの魔力が強い人々は、自分の魔力で動かす事も出来る。
だが、殆どの人々は、魔石をエネルギー源として、魔動機関を利用する。
魔道機関は、飛行機や船……自動車など、この世界では広く使われている。
電気式の機械と魔力の相性が悪い為、発電などには使用されておらず、この世界で電化製品は、事実上存在していないも同然の状態にある。
ただし、魔術を動力や制御に利用した、様々な魔術機械が存在するので、機械自体が存在しない訳ではない。
魔術が使えない者には使い難い為、日本に比べれば、遥かに普及率は低く、魔術機械の殆どは業務用だ。
故に、一般家庭にまで、自動車や家電製品が普及している日本を、アスタロトは「物凄く高い建物や……機械だらけの、不思議な世界」と表現していたのだ。
この世界の人間が、今の日本について知れば、そんな印象を受けるのである。
ちなみに、アスタロトが日本について知っていたのは、この世界で希に発見される、異世界(日本)からの漂着物である雑誌を、目にした事がある魔族から、話を聞いていたから。
異世界から来た英雄である果敢について、情報収集している時に、そういった情報を入手したのだ。
魔道機関を使わない、魔術道具の方は、魔術が使えない者でも使える物も多いので、一般家庭にも普及している。
そのお陰で、日本出身の果敢も、大して不自由せずに暮らせてしまっている。
ただし、通信に関しては、郵便がいまだにメインであったりと、大きく遅れていて、不便な部分もある。
逆に、医療などに関しては、遥かに進んでいる部分もあり、日本では治療不可能な病気や怪我ですら、聖魔術で治療出来たりするのだが。
「いや、帰りに立ち寄ったファン・レントで、妙な騒ぎがあったんで、それに巻き込まれて遅れたんだ」
マンディの口から、ファン・レントという言葉が出て来たのを聞いて、果敢は嫌な予感を覚える。
「妙な騒ぎって?」
「全裸のガキが、町中を走り回って、大騒ぎになったんだ」
果敢の予感は、当たっていた。
「そのガキ……変態全裸ランナーとか呼ばれてたんだが、そいつを探す為に、町中の連中が町の周囲をうろついていて、道を塞いでたんで、渋滞が起こってたんだよ」
(変態全裸ランナー……その呼び方、止めてくれ……)
ファン・レントの町中を、全裸で走り回った時の記憶が蘇り、果敢は酔いではなく恥ずかしさで、顔を真っ赤に染めてしまう。
「変態全裸ランナーって、どんな奴だ?」
「十代中頃か……後半くらいの、日焼けした肌の、可愛い男の子だったらしいよ。女共の中には、目の保養だとか……本音じゃ喜んでた連中もいるとか」
「ファン・レントなら、ここから近いし、ここにも出るんじゃないか、変態全裸ランナー」
「かなり足の速い奴だったらしいから、案外……もう来てたりしてね、この町に」
変態全裸ランナーと呼ばれている本人が、本当に町に来ていて、同じ店で飲んでいるとは知らない酔客達は、楽し気に盛り上がる。
「ローゼンハイン侯爵領には魔族、この辺りには変態全裸ランナー……戦争が終わっても、世の中落ち着かないねぇ」
「まぁ、戦争終わらせた英雄からして、婦女暴行魔だったくらいだからな」
「あれは流石に、貴族同盟側が流してるデマでしょ。マレーン姫の方は、カカンに惚れてたって話だもの」
「でも、ブレーメン王が討伐隊出したぜ?」
「グリム聖教の教徒っていう立場上、まだ未成年の娘が、婚姻前に男とやったってだけでも、そうせざるを得ないんだろうさ」
「カカンは相当な女誑しで、ラプンツェル様やアシェンプテル、マリオンなんかにも、手を出してたらしいぜ」
マリオンというのは、マリオン・ジャガーという、年若いが戦争で大きな功績を上げた、女性軍人だ。
濃い褐色の肌が印象的な美女で、戦争当時にグリム諸国連合軍が、広報活動に協力させた事もあり、一般人にも名と顔が知られている。
「そんな女誑しのカカンが、娘に手を出したら、そりゃ父親なら怒るだろ」
(何でマリオンとの事まで、噂になってるんだ?)
マリオンは果敢にとって、何度も戦場で共に戦った、戦友である。
果敢だけでなく、レギーナにとっても親しい友人であり、戦後に軍を抜けて、魔女の塔に移っている。
ちなみに、「淫らな夜と気まずい朝」が発動した際、同じ空き家に泊まっていた、「良く知っている女性だけで構成されるパーティ」というのは、マリオンが所属するパーティであった。
つまり、果敢がマリオンに手を出していたというのは、呪いのせいとはいえ、一応は事実なのである。
ファン・レントの変態全裸ランナーに続き、英雄時代の虚実入り混じる、女性スキャンダルの話までが出て来たので、果敢は居たたまれない気持ちになる。
果敢は急いで、残っていたソーセージを食べ終え、ジョッキに残っていたビールを飲み干す。
飲食を終えた果敢は、立ち上がって会計に行き、飲食の料金を支払うと、逃げるようにヴァルケを後にした。
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