024 このこの~欲しがり屋さん!
朱に染まる空を、北に向かって、一人の人間が飛び続けている。
ブレーメン王国に向かって、果敢が飛んでいるのだ。
この世界には、エアリアルという、アウラ・アーツの飛行技や、飛行魔術が存在する。
高度なアウラ・アーツや魔術の使い手は、空を飛べるので、人が空を飛ぶ事自体は、珍しいという程の事ではない。
だが、地上千メートル程の高さを、時速三百キロ程のスピードで、五時間近く飛び続けられるような人間は、殆ど存在しない。
そんな真似が出来る、数少ない人間の一人が、果敢である。
キャンプを切り上げて、アパートに戻った果敢は、即座に旅支度を整え、アパートを出た。
人気の無い海岸に出ると、果敢はエアリアルを発動し、キュレーター島を飛び立った。
人のいない海岸から飛び立ったので、果敢は飛立つ姿を、誰にも見られずに済んだ。
その後、黒い戦闘服に魔力を流し、空と同じ色にした上で、一気に高度千メートル辺りまで上昇してから、果敢は水平飛行に入り、時速三百キロ程の巡航速度で、ブレーメンを目指したのである。
呪印が確実に満月になるのに、飛行機を使わず、自力で空を飛んでいるのは、その方が速く到着出来るから。
民間旅客機の飛行速度は、果敢の巡航速度と大差無いのだが、飛行機の路線は大都市同士しか結んでいない。
目的地であるローゼンハイン侯爵領は、辺境といえる地方にあるので、複数の路線を繋ぎ、大回りしなければ辿り着けない。
それ故、自分の力で飛んで行った方が、早く目的地に着けると、果敢は判断したのだ。
巡航速度での長距離飛行であれば、呪いのレベルは1、悪くとも2で済む筈。
呪いを受けるのは嫌だが、早く辿り着けば、それだけ犠牲者の数が少なくて済むので、呪いを受ける数が増えるは覚悟の上で、果敢はエアリアルで飛ぶことを選択した。
密かにキュレーター島を出入りする場合は、飛行機や船を使うと、顔見知りに見られてしまう可能性もある。
島でキャンプを楽しんでいる筈の自分が、飛行機で島外に出た事を知られたら、怪しまれてしまうかもしれない事も、飛行機を使わない理由である。
キュレーター島とグリム大陸の間にある、メディテラネウス海を飛び超え、グリム大陸に入った果敢は、地図を頼りにブレーメン王国を目指した。
グリム大陸に入ってから、現在どの辺りにいるかの確認と、トイレや食事の為、一度だけ地上に降りたのだが、殆ど五時間近くの間、果敢は空を飛びっ放しであった。
(あれは……ファン・レントかな)
地上に町の姿を確認し、果敢は心の中で呟く。
ファン・レントは、ローゼンハイン侯爵領の間近にある、商業都市だ。
ローゼンハイン侯爵領に入る前に、近くにあるファン・レントで、果敢は情報収集をするつもりだったのである。
アシェンプテルからも、ある程度の情報は得ていたのだが、あまり詳しい情報では無かったので。
人や魔動自動車などの姿が、見当たらないのを確認しつつ、果敢は町の近くにある、岩だらけの川原に降り立つ。
そして、リュックを置いて、川原の岩に腰かけ、少しだけ休んでから、ベストやジャケット、シャツなどを脱ぎ捨て、上半身裸になる。
そして、左手中指の指輪を動かし、隠蔽魔術を解除すると、果敢は緊張しながら、胸の呪印を確認する。
当たり前のように、呪印は満月になっていた上、数字は……2になっていた。
果敢は肩を落とし、深く溜息を吐く。
「まぁ……2までは、覚悟してたからな。出来れば、1の方が良かったけど」
このまま、強力なアウラや魔力を使い続けてしまうと、更にレベルが上がり続けてしまう。
なるべくレベルを上げないようにする為には、気は進まないのだが、ここで呪印を発動させるしかないのだ。
ファン・レントで、地上に降りた理由の一つは、呪印を一度発動させる為だったのである。
「ここでやらないと、もっと悪くなるんだ……」
果敢は意を決し、胸の呪印を力強く右手の指先で押す。
すると、呪印が閃光を放ったかと思うと、地面に光り輝く円が現れる。
光の円の中から、アスタロト人形とルーレットを載せたテーブルが、せり上がるように姿を現す。
「ルーレットターイムッ! お待ちかねの、ルーレットの時間だよ!」
アスタロト人形がアスタロトの声で、楽し気に声を上げる。
「おいおい、今日は一日で二度もルーレットタイムかよ! ひょっとしたら、呪いに苛まれる喜びにでも、目覚めちゃったのかな?」
ふざけた口調で、アスタロト人形……というより、アスタロトは続ける。
「このこの~欲しがり屋さん!」
不愉快そうに、果敢は言い放つ。
「目覚めてもいなけりゃ、欲しがり屋でもねぇよ!」
「今回、欲しがり屋さんの元英雄が、どんな呪いを引き当てるのか、乞うご期待!」
幽霊界で見物しているらしい、魔族の幽霊達の歓声が聞えて来る。
「さて、ボールを手に取ろうじゃないか、責められる喜びに目覚めた、元英雄!」
「お前……ホント威厳も何も無くなったな、元魔神のくせに」
「お前だって元英雄なのに、今じゃただの変態じゃないか」
「誰が変態だ!」
「呪いのせいで酷い目に遭う事に、喜びを感じ始め、呪いを求めて止まない身体になってるんだから、立派な変態だろ」
「今回は、お前等の仲間を退治する為、仕方が無く……呪印が満月になるくらいに、アウラを使っちまっただけの話だ」
「俺達の仲間?」
「どっかのバカが、また強力な魔族を召喚しやがったんでな、そいつを退治しに行くんだ。お前等の仲間を退治するんだ、悔しいだろ?」
「俺達の仲間で、強い連中なら……もうみんな此処に来てるから、魔界にも人界にも、いない筈なんだがね?」
アスタロト人形は、少しだけ考え込むようなポーズを取る。
ちなみに、此処というのは、幽霊界の事だ。
そして、答を思い付いたように、アスタロト人形は話を再開する。
「それ、他所のファミリーの連中だろ。俺達の仲間じゃないよ」
「同じ魔族だろ?」
「同じ魔族でも、ファミリーが違えば仲間じゃないし、敵の場合が多いからな。そいつらが退治されようが、悔しくも何ともないぜ」
「そんなもんなのか?」
「人族だって、争い合って……殺し合いを続けてるじゃないか。大して変わりはしないだろ」
腹立たしい事に、アスタロト人形の言う通りな気がしないでもないので、果敢は言い返せずに、テーブルの上の白いボールを手に取る。
早く始めないと、呪いの内容がヤバくなってしまうのを、思い出したのだ。
果敢がボールを手に取らなければ、ルーレットのホイールは回り出さないのである。
「それでは、ルーレット回します! 回り始めてから十秒以内に、ボールを投げ入れるのがルールだよ!」
その言葉を切っ掛けに、ルーレットのホイールが回り始める。
果敢はすぐに、ボールをホイールに投げ入れる。
(頼む! 少しでもマシな呪いになってくれ!)
回転するホイールの上を、転がり回るボールを見詰めながら、果敢は何時も通りに、心の底から祈る。
回転は次第に遅くなり、ボールの動きは落ち着いて行く。
そして、ホイールの回転は止まり、ボールは黒いポケットに落ちて止まる。
アスタロト人形は、ボールが落ちたポケットに記された、呪いの名を読み上げる。
「今回の呪いは、『ゴダイヴァ・ランニング』に決定しました!」
「ランニング? 走るのか?」
「その通り! だけど……ただ走る訳じゃないよ! ゴダイヴァ夫人のように、町中を走るのが、ゴダイヴァ・ランニング!」
「誰だよ、そのゴダイヴァ夫人って?」
「異世界人の元英雄は、知らないか? こっちの世界じゃ、魔族の俺でも知ってる程の、有名人なんだけどな」
「だから、どういう有名人なんだよ」
「領民に重たい税金を課そうとした、領主の旦那に、『裸で町中を走り回ったら、税金軽くしてやるよ』と言われたんで、それを実行して領民を救ったのが、ゴダイヴァ夫人!」
アスタロト人形は、説明を続ける。
「このゴダイヴァ夫人の故事から、全裸で町中を走り回る事を、ゴダイヴァ・ランニングと言うようになったのさ!」
嫌な予感に襲われつつ、果敢は口を開く。
「つまり、今回の呪いは……」
「最寄りの町のファン・レントを、全裸で走り回ってもらいまーす!」
呪いの内容は、果敢の予想通りだった。
(レベル2に相応しい、きっつい呪いだな……)
果敢は心の中で、愚痴を吐く。




