その十六.鬼切り、離脱する
林檎は腕を組み、吹雪とそれを支える時久とを見る。
「鬼と鬼切りが馴れ合うなんて変な風景ね。……それより、アナタは今日ここにいないはず。鬼は嘘を嫌うものだと思っていたけれど」
「別に嘘はついていない。黙っていただけだ」
「……そう。ワタシを炙り出すために」
「その通りだ。最近貴様は小娘の首を狙っているようだったからな。それを諦めてもらおうと思った次第だ」
時久は飄々と肩をすくめた。
林檎は口元をするりと撫でる。先ほど吹雪によって付けられた傷が溶けるように消え去った。
「ワタシがあっさり引くと思う?」
「まさか」
「わかっているじゃない。今宵は満月、我が同胞の気力も十分」
林檎がゆるりと手を挙げた。
それを合図に、唸り声をあげる大神達が時久と吹雪の周囲を囲う。
「どうする、童子。ここでそいつを置いていくのなら、アナタは見逃してあげても――」
「断る」
「そう。――ならばここが大江山。鬼も鬼切りも仲良く地獄に送ってあげる」
林檎がくるりと掌を返す。それを合図に大神達が動き出した。
時久は片手で鬼鉄を振りまわす。唸りを上げる野太刀を前に獣達は近づくこともできず、苛立った様子で時久と吹雪の周囲を徘徊した。
「……いったん引くぞ。動けるか、小娘」
「はい……くっ――」
時久が動く。吹雪も一歩踏み出そうとした。
瞬間、再びぐらりと視界が揺れた。平衡感覚が狂い、吹雪は再び倒れそうになる。
崩れ落ちかけたその体が強い力で引き寄せられた。
時久は右手で無造作に吹雪を担ぎ上げた。
左手が鬼鉄を一瞬で鞘に納め、腰のポーチへと伸びる。
「ッ――! 左手を狙いなさい!」
林檎が鋭く命じた。
その命令に瞬時に従った三頭の大神が時久の左手に食らいついた。しかし直後骨の砕けるような嫌な音が響き、獣達は悲鳴とともに引き下がった。
「なんだこの程度で顎が砕けたのか! 甘いぞ犬ども!」
哄笑とともに、時久は足下になにかを叩き付ける。
それは紙の札だった。赤と青の幾何学的な模様とともに描かれた言葉は『閃』。
時久が札を踏みつけた瞬間、あたりを強烈な光が包み込む。
「一時さらば!」
「くっ――!」
林檎が顔を歪め、閃光から目を庇う。
光はゆっくりと消えた。再び薄暗くなった広場には、吹雪達の姿はなかった。
林檎は辺りを見回し、すんっと小さく鼻を鳴らす。
「隠形ね……まだ遠くまで行っていないはず。効力には時間制限があるはずよ」
淡々とした声で林檎は呟く。
そして、申し訳なさそうに鼻を鳴らす大神達に向かって手を払った。
「散開。しらみつぶしに徘徊し、隠れた鼠を脅かせ」
縮こまっていた大神達が立ち上がった。
高い咆哮が地下街に響き渡り、無数の獣の影が駆けていく。
大神達がいなくなった後、林檎は足下にぐったりと横たわるサチを見下ろした。
その側に膝をつき、林檎はそっとサチの額に触れる。
「アナタにはいろんな物がある――でもワタシにはアナタしかいない」




