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バケモノ×ケンゲキ  作者: 伏見 七尾
参.犬神欠点
28/89

その十五.人狼と童子

 まるで剣と剣がぶつかり合ったような硬質な音が響いた。


「ところで白い娘、オマエは狼と戦ったことはある?」

「……いいえ。私が生まれた時には、とうに日本の狼は絶滅しておりましたので」


 まるで天気の話をするような様子の林檎。

 一方の吹雪は唇を引き結び、硬い表情で林檎の腕を見る。

 林檎の右腕は赤黒い毛並みに覆われた獣の前足に変じていた。その鎌のように輝く鉤爪が絶句兼若と押し合い、火花を散らす。


「っく……」

「そう。なら、ワタシがオマエに狼の恐怖を教えてあげる――来い、同胞はらからども」

「ッ――!」


 背後に獣の呼気を感じた。

 吹雪は反射的に身をひるがえし、背後から飛びかかってきた大神をかわす。同時に悪あがきとばかりに、返す刀で林檎の首を狙った。


「ぇえいッ!」


 斬撃はわずかにそれた。

 林檎の右頬から耳までが切り裂かれ、その肌がぱっくりと割れる。

 まるでにんまりと笑ったかのように白い牙が覗いた。


「……諦めが悪い」


 いびつな笑みを浮かべ、林檎は目を細めた。


「ぐっ……!」


 肩口に一気に二頭の大神が食らいついてくる。

 吹雪は痛みに顔を歪めつつ、その鼻面を思い切り太刀の柄頭で叩いた。犬に似た悲鳴とともに、獣達の牙が離れる。

 直後、急激に体が重くなった。


「う、あ……?」


 視界がぐらりと揺れ、一瞬吐き気がこみ上げてくる。

 混乱しつつも吹雪は止まらない。崩れ落ちるように地面に膝をつきつつ、床に横たえた絶句兼若の刀身に片手を当てた。


「立ち上がれ――!」


 二重の氷壁が吹雪を囲うように立ち上がり、二、三匹の大神を吹き飛ばす。

 同じ手は二度も通用しないようだ。大多数の大神は後ろに大きく跳躍することで氷壁の出現をかわし、今はその切れ目を探っている。

 このままでは壁の脆い点を見つけだされてしまう。吹雪は立ち上がろうとした。

 途端、こめかみに鋭い痛みが走った。


「う、ぐ、ぅう――!」


 地面に置いた絶句兼若から青白い光が消える。

 獣の声が頭蓋骨にこだまするように感じられ、吹雪は頭を押える。

 がりがりと氷の壁を削る音が聞こえた。同時に、重いものがぶつかる鈍い音も。


「……このまま、じゃ」


 もう一つ氷壁を作れば、少し時間を持たせることができるはず。吹雪はなんとか絶句兼若を持ち上げ、氷の壁を作ろうとした。


「ぁああああ!」


 脳に焼けた火箸を叩きこまれたような痛みが走り、吹雪はうずくまった。

 興奮した大神の声が響いた。

 氷壁の一点に小さな穴が穿たれ、獣の鼻面がのぞく。


「だめ……」


 破られる。

 血の味が滲むほどに吹雪が唇を噛みしめた。


「――ぉおおおおおお!」


 獣の咆哮よりもなお大きく、力強い怒号。

 それが空気を震わせた直後、氷壁の向こう側で無数の影が吹き飛んだのが見えた。

 大神の悲鳴が無数に重なり合う。


「え……」

「えぇい! この!」


 大きな男の手が目の前の氷壁をたやすく壊した。

 薄暗く冷えた空間が崩れ、明かりとともに外の空気が差し込んでくる。

 そして――左目に傷のある男が、吹雪の前に立っていた。


「立てるか、小娘」

「御堂……さん」


 吹雪は差し出された手を呆然と見つめる。

 先ほど別れたときと同じように、時久は素っ気ない顔で言った。


「おい。聞こえているのか」

「何故、ここに……」

「追々話す。――それより、立てるのか」


 吹雪は時久の手を借り、なんとか立ち上がった。

 林檎の冷ややかな声が耳朶を打つ。


「……まさかアナタがここに現れるとは。童子ドウジ

「久々だな、人狼」


 不敵に唇を吊り上げ、時久が林檎を見る。

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