その十四.破魔の力を嘲笑う
どこからか遠吠えが響き渡った。
同時に広場の暗がりのあちこちから、獣の影が現れ出てきた。獣の影は低い唸り声を上げながら、ゆっくりと吹雪を中心に円を描くように動く。
その姿に、サチは目を見開いたまま緩く首を振った。
「だめ……やめてよ、そんな……そんな事したら、わたし――!」
「悪いけれどもサチ。少しの間、眠っていて。指揮系統が乱れてしまう」
抑揚のない言葉とともに、ほんの一瞬林檎の体がサチから離れた。しかし直後その首筋に手刀が叩き込まれ、サチは林檎の腕の中に崩れ落ちる。
「う、くっ――!」
「ワンコさん!」
「白い娘、オマエはワタシ達を犬だと言ったわね」
思わず駆け寄ろうとした吹雪に背を向けて、昏倒したサチの体を地面に横たえる。
周囲の唸り声がいっそう高くなった。
吹雪は左右に素早く視線を動かし、包囲の切れ目を探る。
脱出自体はどうにかできるだろう。
だが――吹雪の眼は、最後に地面にぐったりと横たわるサチを見る。このまま彼女を残して逃げるわけには――。
「ワタシ達は大神。西洋の悪魔、東洋の神」
林檎がゆるりと振り返る。
金の瞳を冷ややかに細め、林檎は抑揚のない声で言い放った。
「血とサガによって、オマエを殺す」
かつんと林檎が靴の踵を鳴らす。
直後、吹雪の全方位からオオカミが躍りかかってきた。
「雪一片、百鬼を殺す!」
吹雪は即座に絶句兼若を起動。
その切っ先が地面に触れた瞬間、吹雪の周囲に氷の壁が立ち上がる。何匹かのオオカミが弾き飛ばされ、残るオオカミがすんでの所で踏み止まった。
「せぇ――!」
渾身の力で氷壁を薙ぎ払う。
一気に壁が砕け散り、無数の氷塊がオオカミめがけて飛んだ。
獣達が怯んだ。そのわずかな隙に吹雪は呼吸を整え、四肢に力を込めた。
それは時久との最初の邂逅でも見せた――天外化生流の歩法【無間】。呼吸によって身体を整え、一瞬で爆発的に加速する。
「ふっ――!」
一歩目で構えを刃を水平に寝かせた平正眼の状態に整える。
二歩目で完全にオオカミの包囲を抜けた。
そして三歩目で林檎の眼前に。
加速の勢いを十分に載せた九の太刀『雨垂れ』。
絶句兼若が閃光と化し、林檎の胸部へと吸い込まれていく。
「――あぁ、これなら」
どこか呆れたような言葉が聞こえた気がした。
その意味を理解するよりも早く、吹雪の手に鈍い感触が伝わってくる。
絶句兼若は確かに林檎の胸を貫いた。
「避けなくとも大丈夫」
「何――?」
吹雪は目を見開く。
その視線の先で、心臓を貫かれたまま林檎は目を細めた。
「『心臓を貫いたのに死んでない』……あるいは『私には破魔の力があったはずなのに』なんて考えている顔をしているわね」
「くっ……!」
「残念。ワタシは生きても死んでもいないものだから」
絶句兼若に林檎の白い指先が伸びる。
刀身を掴まれる前に吹雪はとっさに後退。血に濡れた絶句兼若を引き抜いた。
体勢を整えるよりも早く林檎が距離を積めてくる。
ミシッと音を立て、林檎の腕が赤黒く染まった。異様な形へと変貌しつつ迫り来る腕を見て、吹雪は反射的に絶句兼若で防御をはかる。




