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6 [信]

[信]



 外は、まるで別世界だった。

 [まほら]の内部構造は知っている。だけど、そこに人が、生活が存在すると、無機質な建築物はこうもがらりと印象を変えてしまうものらしい。

 鈍い銀色の金属で四方を覆われているけど、よくあるアニメのSFモノみたいに機械的な雰囲気はない。どちらかというと都会のオフィスビルと最新の医療施設を足して2で割ったような、機能的かつシンプルで落ち着いた印象だ。

 足元のフットライトは穏やかなブルーグリーンで、天井に仕込まれたライトも自然光に近い。

 今は非常事態らしくオレンジの警告灯が〝警戒警報発令中〟の文字を点滅させているけど、怒鳴り声や悲鳴が聞こえるでもなく、ざわめく艦内は意外なほど穏やかだった。

「あまりきょろきょろするなよ」

 あたしの前を行く、閻魔大王ことサリュウさんから声がかかる。

 見たことない景色だから仕方ないじゃないかと心の中で反論して、距離が開いた相手を小走りに追いかけた。クロックスに似た借り物のサンダルが、ぱたたと緊張感のない音をたてる。

 出会う人たちのほとんどが、サリュウさんと同じく体にフィットした灰褐色の制服を着ていた。肩のラインの色が違うのは、きっと部署が違うんだろうと推測する。

 すれ違うたびに相手が軽く立ち止まって目礼するので、やっぱり彼は偉い人のようだ。

「……あの」

 呼びかけたものの、名前を呼んでいいか分からずに口ごもる。

「なんだ」

「あたしとこんなところにいて、いいんですか?」

「よくはないだろうな。この非常時に女子高生と連れ立って歩いているなど、見咎められれば懲罰ものだ」

 冷静な声。怒っているというより、これが彼の通常仕様(デフォルト)なのはうすうす分かってきたところだ。

 ぶっちゃけあたしはとっくに女子高生じゃないんだけど、論点はそこではないんだよなと、素直に頭を下げた。

「すみません」

「巻き込まれたんだろう? 謝る必要はない」

 歩調を緩め、あたしが追いつくのを待って、彼は肩越しに顔だけ振り向いた。

「それに、俺の部下たちは優秀だ。一本柱でしか保てない職場環境など、無能な組織と言われかねんからな。問題ない」

「はあ」

 さっきの通信機の様子だと結構大変そうな雰囲気だったんだけど。このヒト、平常運転で鬼畜っぽそうだからな。

「部下の能力を最大限に引き出す技術に長けていると言え」

「……なぜか今、生育環境ぎりぎりまで追い込まれた野菜って、ストレスで普通のより甘くなるんだって話を思い出しました」

「言い得ているな」

――褒めてるんじゃないぞ、こら!

 盛大に突っ込むのが心の中だけっていうのが哀しい。ま、通じているからいいけども。

 通路の分かれ道を左に折れ、正面のドアの前で立ち止まる。壁のパネルを操作すると、扉が開いて奥行きの短い四角い空間が現われた。

「エレベーターですか?」

「本来は同じ階なんだが、面倒ごとを避けるために一度降りて迂回する」

 うながされて乗り込むと扉が閉まり、エレベーターが静かに下降しはじめた。

「そういえば、あなたのことなんて呼べばいいんですか?」

「好きに呼べ」

「……大王?」

 途端サリュウさんの眉間に、ものすごい峡谷が生まれた。

「おまえは最初からそうだが、初対面の他人になにを連想しているんだ」

「だって閻魔大王っぽかったんだもん。もう裁かれるかと」

「むしろ三枚に降ろしたいほうだがな」

 裁くと捌くって掛けたんですか、お上手ー……なんて、誰が褒めてやるもんかっ。

「隊長さんって呼べばいいですか?」

「おまえを部下に持つ気はない」

「じゃあ、なんて呼んだらいいんです?」

「一般的な敬称としては〝宙佐〟だ」

「ちゅーしゃ?」

「……」

 ああっ、もう。噛んじゃったくらい大目に見てくれてもいいじゃん! 日本語久しぶりなんだってば!

 一抹のカワイソウな視線のあと「名前で呼べ」と許可が出ました。やーれやれ。



 二十七階の表示でエレベーターを降りると、一気に人が少なくなった。

 [まほら]の頭脳であるメインコンピュータがおかしくなって混乱している現在、一番人が少ないところをマレビトの力でリサーチした結果が、この道順らしい。

 これまでより細めの通路を足早に歩いていく。

「急がせて悪いな」

「いえ」

 軽く息を弾ませて追いかけていたら、サリュウさんが謝る。未来から来たあたしが人目につくのもマズイから、仕方ないことだと首を振った。

 もう一度エレベーターに乗り込み、ふと疑問がかすめる。

――なんで、部屋のほうにレインを呼ばなかったんだろう?

 だけどその疑問は、サリュウさんとレインの関係を問いただすのと同じくらい憚られた。

 こっそりと隣に立つ長身の男を見上げる。襟の詰まったシンプルな服が、整った横顔を一級の美術品のように引き立てている。狭い空間を照らす光を受け、虹彩が深い海の碧を湛えていた。

 その目がちらりとこちらを向く。

「なんだ」

「……いえ。レインも同じ服を着ていたなーと思って」

 あたしの言葉に、彼がわずかにたじろいだ。なんともいえない苦笑が口元に滲む。

「これは軍服だ。レインは軍人ではないが……」

「え。そうなんですか」

 じゃあ、なんで実体もないのに軍服なんて着ているんだろう。

 思い浮かんだあたしの疑問に、冷静な声が答えた。

「単に着たかったんだろう」

「そうなんでしょうか」

「そんなものさ」

 いまいち二人の関係が分からないので、ふーんと言ってあたしは黙った。

 くす、とまたサリュウさんが笑う。

「なんですか」

「いや、おまえがわりに物分りがよくてよかったよ」

「あんまり褒めてないですよね?」

「これが精一杯だ。我慢しろ」

 上昇するエレベーターが止まり、人の多い通路を再び歩き出す。周囲の人の服装がこれまでと違い、白か水色のスモックタイプの制服に変わっていた。

 彼を見て驚いたような顔をする人たちに目もくれず、サリュウさんは次々にカードを通してガラス扉を開けていく。もう幾つくぐっただろう。五つまで数えて放棄したころ、ようやく周りに人がいなくなった。

 なんとなく空気に纏わりついている違和感。アルコールの臭い。

 不安が胃の底からせり上がり、ぎゅっとヒヨコを抱きしめる。

「ところでおまえ、戻ってからの覚悟はできたか?」

「なんのですか?」

「婚約者と喧嘩したんだろう? 謝罪の台詞くらい考えておけ」

「……あたしが悪いわけじゃありません」

「話を聞いた様子では、単におまえがふてくされているようにしか思えないが?」

「それはそうなんですけど」

 もうちょっと、なんというか、ルイスにもあたしの抱えているもやもやを感じて欲しいのだ。

 理不尽だとは分かってる。このもやもやは、自分で解決するしかないって分かっているのにそう思うのは、甘えているだけ。それも、分かっている。

 だけど最近のあたしは、このもやもやの無限ループから、どうやっても抜け出せないんだ。

「――結局あたし、自信がないんですよね。だから苛々して、八つ当たりしちゃう」

「恋愛に自信があるなんて言うやつは、ナルシストか虚言癖のある愚か者だけだ」

「そうなんでしょうけど……。彼のことは好きなんです。だけど〝彼があなたみたいな人を選ぶなんて信じられない〟なんてことを初対面の人に言われても、なんか反論できなくて」

 今ルイスの助手として働いているという、二つ違いの美人魔法士。その人の存在は聞いていたけど、はじめましての挨拶直後に放たれたまさかの先制攻撃は、ボディブロー並みに堪えた。

 一月も前の痛みを思い出して、喉が震える。ヒヨコの頭に顎をうずめて泣き出すのをこらえたら、突然目の前の男の足が止まった。

 頭上から見下ろす、濃碧の瞳。

「おまえ、自信とはなんだと思う?」

「……え」

「自信は、他人と比較するために自分を着飾る服や、身を守る鎧ではない。まして他者と戦うための剱(つるぎ)でもない。

 自分自身が、より高みへと跳ぶための踏み台だ。そこに他人が関与できる隙などない。自分の信頼に足る自分で在るということは、自分自身と戦って、おのれを研磨してはじめて手にできるものだ。見誤るな」

 彼の言っていることは、〝自信〟というより〝誇り〟と置き換えたほうがいいかもしれない。

 彼自身の経験から生まれたと分かる言葉は、相変わらず屁理屈だらけのくせに驚くほどまっすぐで、あたしのふやけた心の横っ面に一撃を放った。

「他人の言葉に傷つけられることはある。が、それをおまえ自身の自信の無さとすり替えるな。その二つは同列に扱うものではない。

 自信が無いことはおまえの問題で、婚約者とも暴言を吐いたやつとも関係ない。それともおまえは、誰かに自信を与えられたいのか?」

 ううん、と首を振ると、彼が少し頬を緩めた。

「自分を信じることは難しい。だが〝自信〟は、なくなったわけでも消えたわけでもない。ただ、今は見えなくなっているだけだ。おまえの中に隠れているそれを、おまえ自身の手で探し出せ。分かったな?」

 うん、と頷く。サリュウさんもよしと頷いた。くるりと広い背がひるがえる。

「しかし……その暴言を吐いたやつも馬鹿だな」

「そう、ですか?」

「明らかにそいつは、おまえを格下と認めたんだろう? ならば〝自分の惚れた相手が、女を見る目がないやつだった〟――あるいは〝自分の良さを理解できない程度のやつに惚れていた〟もしくは〝惚れた相手に対する認識を誤り、ふりむかせるためにしたおのれの努力がすべて無駄だった〟ということを認めたことに他ならない。違うか?」

 唖然とした。

 その考えはまるでなかった。つか、そのひねくれた解釈は合っているのか――いや、たぶんきっとまるで間違ってはいないだろうけれども。

 なんとなくおかしくて、ヒヨコの頭に口をうずめて笑いをこらす。

 さすが閻魔大王、地獄の三枚降ろしのキレが良すぎる。

「帰ったら、ちゃんと仲直りしろよ」

「……はぁい」

 前言訂正。

 閻魔大王の裁きはキレがよくて――わりと人情深い。



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