表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

4 [疑]

[疑]



 とりあえず。

 あたしにストーリー・テラーとしての才能がないということは、よおーく分かった。

――もうだめ、完全に支離滅裂……。

 簡単にまとめて、と思えば思うほど泥沼に嵌まっていく、この恐ろしさよ。

 国語能力はわりとあるほうだと思ってたんだけど、文章の巧い人=話上手ってわけじゃないんだから仕方ないと開き直るべきなのか。

 それはともかく、マレビトという特殊能力者であるご夫婦は、あたしの話を笑ったり否定したりすることもなく聞いてくれた。どちらかというと真剣そのもの。

 信じてもらえないのも困るけど、深刻にとられてもちょっと不安なんだけど。アンビバレンスな年頃なのだよ。



 部屋に奇妙な静けさが漂う中、なにを思ったか、閻魔大王(まだ名前を聞いてない)がキッチンの奥へ消えていった。かたかたと物音がして、しばらくすると両手になにやら持って戻ってくる。

 右手に黄色のヒヨコ、左手に緑のカエルの顔をかたどった、なんとも不釣合いなかわいさのマグカップだ。ふわりと漂う甘い匂い。

「あ、ありがとうございます」

 チヒロさんが笑顔で手を伸ばし、ヒヨコカップを両手にとった。

「熱いから気をつけろよ。……ほら、おまえも。飲んで、少し落ち着け」

 あたしにはカエルカップが差し出される。お礼を言って受け取り、中を覗き込むとクリーミーな泡をたたえたミルクココアがたぷんと揺れていた。

「……ココアなんて何年ぶりだろ」

 思わず呟くと、隣でカップをふうふうしていたチヒロさんが、恥ずかしそうに笑った。

「子どもっぽいんですけど、好きなんですよねぇ。この甘さと香りが」

「あたしも好きです。でも、赤ちゃん大丈夫なんですか?」

「一日一杯くらいなら平気です。う~ん、幸せー」

 はふはふ、ふうふうしながら、チヒロさんがカップに口をつける。あたしもその甘くて熱い液体を、空気ごと吸い込むように味わった。

 とろりとした痺れるような甘い幸福感が、口の中から体の芯に沁みていく。

「うぅ……うまあぁ」

「ですよね~」

「ですねえ。あーあ、チョコレートだけじゃなくて、ちゃんとココアも作ればよかったなあ」

 カフォの実を砕いて一生懸命作ったカカオは、チョコの試作をしながら精製したので、もうなんだか大変な残骸にしかならなかったのだ。しかも結構な重労働でカフォの量もいるため、気軽にさくさく作るというのには程遠かった。

「作った、んですか?」

「はい。正確には〝チョコ的な甘いなにか〟ですけど」

「……チョコもない世界ですか。新天地では仕方ありませんけど、理想郷(ユートピア)としては失格ですね」

「はは、そうかも」

 こくり、ともう一口味わう。ああ、理緒子やルイスにも飲ませてあげたいな。

「でも、他に美味しいものもありますよ? いろいろ試すのも楽しいですし」

「前向きですね。わたしだったら、腹を立てて世界をぶっ壊して帰りそうです」

 少しずつココアを飲みながら、チヒロさんがさらりと非人道的発言を洩らす。

「マキさんは人が好すぎますよ」

「そうですか?」

「だって、たとえばこの飲み物に薬が入っているとか、考えなかったんですか?」

 え。

 半分以上飲んでしまった、マグカップの中身を凝視する。

 くすっとチヒロさんが笑った。

「冗談です。あなたが本当に不審人物だったら、薬なんて使わずに自白させる方法が、わたしたちにはありますから」

「……ソ、ソウデスネ」

 そんなフォロー、ちっとも嬉しくない。

 閻魔大王は定位置に戻り、右手に持ったネズミとクマの中間のような顔マグ(似合わない!)を片手に黙ってこちらの会話を聞いている。……聞いているのは会話だけではないだろうが。

――マレビトってやりにくいなぁ。

 などと思いつつも、ココアを飲み干す。

 薬が入っていようがいまいが、甘さも苦さもちょうどよくて、ひさびさの至福の味だった。ごちそうさまと手を合わせれば、閻魔大王が空のカップを持ち去ってくれる。

 隣では猫舌らしいチヒロさんが、まだふうふうしていた。

「それでは、ここはマキさんにとって過去であり未来だ、ということですね」

「あの、信じてくれるんですか……? わりと突拍子もない話だと思うんですけど」

「嘘を言っていないことくらい分かります」

「――まあ、本人が信じていることが真実とは限らないがな」

 冷静な意見が上のほうから降ってくる。

 チヒロさんがじろりと睨んだ。慣れているのか、閻魔大王は顔色を変えることなく、器用に片眉を持ち上げてそれをいなす。

「だが今は、君の語ったことが真実だという前提で話を進めるしかない。こちらもそう余裕のある身ではないからな」

「あの、彗星のナントカですか? こっちではなにが?」

「簡単に言えば、原因不明の〝なにか〟に突如見舞われて、船のコントロールを司るメインコンピュータが一部ダウンした」

「……わりと大変な状況に聞こえるんですけど」

「補助システムが作動中だが、まあ軽い遭難寸前と言えるな」

「思いっきり大変じゃないですか!」

「このまま船の全員と宇宙を漂流するのだけは避けたいと思っている」

「なにか勝算はあるんですか?」

 尋ねれば、カップを持った手で指を差された。

 人を指差してはいけませんと習いませんでしたか、大王。

「だから、なにも知りませんてば。むしろ巻き込まれたパターンと思うんですけど」

「それでも我々にほかに手はない。さっき婚約者とやらが、急に仕事が入ったと言ったな。そちらではなにが起こったんだ?」

「夕方、北の空に突然赤いオーロラが現われたんです」

「赤いオーロラ?」

「本物のオーロラを見たことがないので、ぽい感じとしか言いようがないんですけど、本当にきらきら光るうす赤い靄みたいなものがふわふわーっと揺れて。なにかの異常かもしれないと彼は調査に行きました。そういった原因不明なことが起きたときは必ず呼ばれるので」

「オーロラ……」

 二人が再び考え込む。

 オーロラは離れていたし上空だし、あんまり関係ないかと思っていたあたしは首をかしげて彼らを窺った。

「なにか、あるんですか?」

「オーロラは――地球上の自然現象としての基礎知識しかありませんが――太陽から送られてきたプラズマが地球の磁場と作用して磁気圏内に溜まり、それが地表側へ降りてきたもの、というのが定説です。地球と似た環境として選ばれたトヨアシハラでも、原理はほぼ同じだと考えるべきでしょう」

 トヨアシハラは、マフォーランドのある惑星テーエの古い言い方だ。

 チヒロさんの説明はまるっきり理解不能だけど、聞きおぼえのある単語には気がついた。

「プラズマって、さっきそんな話が出ませんでしたっけ?」

「どこまでなにが作用しているか分からんが、これで共通項が二つ出てきたということだ」

〝プラズマ〟と〝[まほら]〟。これが、あたしのいた時代と今の時代を結ぶ鍵になるのか。

「惑星自体は関係ないんでしょうか」

「惑星になにかあるのなら、こいつが現われた際に空間軸が惑星に固定されるはずだ。航海中の[まほら]に現われた点を考えると、空間座標というのはあてにならない。[まほら]という環境が要因なんだろう」

 マグカップを片手に夫婦は言い合い、揃ってあたしに眼差しを向けた。

――他にないかって顔、やめてもらえませんか。

「なにも思いつきませんって。あたしマレビトでもなんでもないですし」

「腕に鍵があるんでしょう? なにか変化はありますか?」

「う~ん……」

 そう言われても、こっちに来てからまるで鍵の感覚がない。いつもなら右腕に別の端末でも入っているように、意識するだけで切り替わるポイントがあるんだけど、今はなんだかスッカスカなのだ。

 ブラウスのボタンを外して袖をまくる。二年でだいぶ白くなった腕の表面を、チヒロさんの磨きぬいた石英みたいに透明感のある指先が触れた。

 かわいい人ってなんていうか、爪の先までかわいいんだよな。睫毛の長い瞳が、じっとその先を見つめる。

「なにかありますが……起動している様子はありませんね」

「あるの、わかるんですか?」

「マキさんが元いた二十一世紀では、まだ開発されていない技術です。簡単に言えば、生きたマイクロチップのようなもの、でしょうか」

「……生きてるんですか」

 わー。今、虫っぽいの想像した。ざわわわ、と腕に鳥肌が立つ。

 くくく、と夫婦が笑った。

「大丈夫ですよ。勝手に分化したり増殖したりするわけではないですから。マイクロチップにAI(人工頭脳)を搭載して、かつ持ち主との意識連動を図れる第二の頭脳のようなものです」

「あんまり嬉しい雰囲気じゃないですね……」

「理解もせずに引き受けるからだ」

 悪かったですね。人生行き当たりばったりなんです。

「分かっているなら修正しろ」

 きぃー、この閻魔大王ムカつく!

 心の声がだだ漏れなのか、チヒロさんが笑いながらだんだんうつむいていく。

 指先震えるくらいなら、大声で笑ってくれて結構なんですが。

「あはは……やばい、笑いすぎて産まれそう」

「ええっ!」

「冗談ですよー」

 もうやだこの夫婦。

 再びヒヨコを壁にダイブさせたくなるが、ぐっと堪えた。

「じゃ、鍵はもういいですよね?」

「ああ。その母体となるコンピュータが、今とは違うものなんだろう。だから反応がない」

 閻魔大王の解説に、なるほどと頷く。ちょっと安心した気分で、袖を下ろした。

「なんだ、こっちに来た反動で壊れちゃったのかと心配しました」

「影響がないとはかぎらないぞ?」

「そのときは、これをくれた聖地の管理者に文句を――」

 そこまで言って、言葉を切った。

 なんてこった。

 なんてこった! 完全にまったくまるっとド忘れてしていた――肝心要のものすごく重要な共通項を――過去と未来を繋ぐ架け橋に、絶対になり得るであろう存在の名前を。

「レイン」

 その名を発した瞬間。

 室内に――――自然ではあり得ない青紫色の稲妻がひとすじ、凄まじい音とともに空間を切り裂いて現われた。



2013/6/17:誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ