第五話 アミティーの複雑な生い立ち
青は『神青』であり、『神の色』といわれている。
この世界を作った『神龍』が青色をしているからだ。
青を宿す者は神龍から加護を与えられており、非常に尊い存在である。
それがこの世界の常識だった。
アミティーの生い立ちは、少しばかり複雑で重かった。
彼女の髪は今でこそ茶色だが、生まれたときの髪は、灰を混ぜたようなくすんだ青。
灰青色だった。
アミティーの実家は、猫の額ほどしかない領地を何とかやりくりしている、どちらかといえば貧乏な子爵家だった。
神話や伝承で腹はふくれない。
そんな家に、突如灰青の色を持つ赤子が生まれてしまったら……。
それは尊い存在ではなく、十中八九妻の不義を疑われる。
案の定、アミティーの家もそうだった。
出産直後、灰青の赤子を見た瞬間、産婆は悲鳴を上げた。
一族のどこにも現れなかった色。
「こんな色の子が、生まれるはずがない!」
父親の怒号が飛ぶ。
母親は泣き叫びながら、何度も首を横に振った。
喜びに満ちていた室内は、一転して緊迫感に包まれた。
使用人たちは視線を落とし、じっと息を潜めていた。
母親はやがて屋敷で姿を見せなくなり、両親は離婚した。
アミティーには兄がいたが、彼もまたアミティーを見ようとしなかった。
家族全員、使用人たちからも無視され、疎まれる日々が始まった。
――だが、それで終わりではない。
灰青色と言っても、「神青」を含んでいることには変わりはない。
アミティーの「神青」に目をつけた国王が、第一王子カーサーの婚約者候補として彼女を差し出すよう、打診してきたのだ。
子爵家の娘が王族と縁付くなど、本来ならありえない話だった。
誰も、彼女が幸せになれるとは思っていなかった。
「ははは! いいじゃないか、手間が省けた。どこへなりとて行くがいい。お前のような疫病神が役に立つなど、願ってもないことだ!」
父親は聞いたことのない機嫌の良さそうな声で言った。
そのとき、初めて彼の笑顔を見た。
アミティーが、まだ五歳だった頃の話である。
王城での初顔合わせの日。
絵に描いたような美少年――第一王子カーサーは、アミティーを見るなり、ぽっと頬を染めた。
これは悪くない出会いだと、周囲に控えていた誰もが思った。
だが次の瞬間、カーサーはアミティーに向かって言い放った。
「……気持ち悪い色だね」
周囲の大人たちが顔色を失う。
そのときアミティーは、「またか」と思った。
物心ついた頃から、何となく感じていた周囲の目。
髪色への侮蔑。
アミティーは胸の奥が冷えていくのを感じ、無意識に自分の毛先をぎゅっと握り締めた。
「カ、カーサー。何を言うの?」
王妃は、周囲に神殿関係者がいないかを確認しながら、慌てて取り繕う。
「と、尊い色ではありませんか」
「承知していますよ、母上。神青が尊いことくらい」
カーサーはそう言いながら、アミティーを指差す。
「私が言ったのは、そこの女に、この色が似合っていないということです」
色そのものを否定したわけではない。
そう理解した王妃は、ほっと胸をなで下ろした。
「……そう。なら、よいのだけれど」
「まあでも、王族である私が、囲ってやらねばならないのは、十分理解しておりますよ。母上」
「簡単に言ってはいけないわ」
王妃はカーサーを嗜める。
「彼女は、あくまで候補の一人です。今のままでは身分も足りないわ。あなたの婚約者に相応しいかどうかは、教育次第でしょう」
王妃の言葉に、カーサーは露骨に眉をひそめてアミティーを睨んだ。
「おい、お前。……せいぜい私のために努力することだ」
子供特有の独占欲だったのかもしれない。
やがて彼は、ふと思いついたように言った。
「そうだ。髪を染めれば、多少は見られるだろう」
「神青を染めるのですか?!」
王妃は驚いて、手に持った扇を落としかける。
「神青といっても灰を被ったようにくすんでいます。このままでは余計に目立ちすぎます。彼女も大変でしょう」
「……それもそうね」
カーサーは、じっとアミティーの顔を覗き込む。
「なんだ、よく見ると瞳も青いのか。ついでに眼鏡もかけさせよう」
カーサーの言葉に王妃が同意するように微笑むと、周囲も安堵したように笑った。
その日から、アミティーは髪を茶色に染め、眼鏡を掛けて生きることになった。
それは、自分の色を隠して生きるという選択だった。
だがアミティー自身、虐げられる原因となった色を変えて穏に過ごせるのなら、と抵抗はなかった。
「少しは、見られるようになったね」
髪を染め、眼鏡を掛けたアミティーを見たカーサーは、満足そうに頷いた。
「だが、調子に乗らぬように。君自身ではなく、神青が尊いだけなんだから」
じっとアミティーを見つめるカーサーの瞳には、歪んだ独占欲が宿っていた。
周囲にいた大人たちは、何となく不穏なものを感じ取っていたが、彼の側近候補であるケインとライルは、それを汲み取ることはできず、彼に倣うようにアミティーを蔑み始めた。
――子供の、やることなすことだ。
仕方がない、と誰もが思った。
だが十一年経った現在も、彼らの態度は変わらなかった。
そしてある日を境に、王子妃教育に加え、公務や雑務までが、次々と押し付けられるようになっていった。
雑務の多くは名目上「臨時の仕事」とされ、わずかながら報酬も出た。
だが酷い家庭環境で育ったアミティーは、初めて誰かに必要とされていると勘違いしてしまい、やりがいを見出してしまったのだった。
早朝。
アミティーは、寝すぎてだるい身体を叱咤しながら、学生寮から馬車に揺られて王城へと向かった。
だが王城に到着しても、彼女は中へは入らない。
向かうのは、城のすぐ隣に建てられた使用人用の宿舎だ。
その一階の角部屋が、アミティーの仕事場だった。
王子妃教育のため、初めて登城した日。
「身分が低いため、王城内には入れない」
そう案内人に告げられたのが、すべての始まりだった。
それ以来、王子妃教育も、公務も、すべてこの部屋で行われていた。
薄暗く埃っぽい小さい部屋。
扉を開けると、机の上にはいつも通り、書類が山のように積まれている。
アミティーは、色褪せたカーテンを開け、窓を開けて換気する。
昨日一日休んだせいか、いつもより書類の量が多かった。
アカデミーへ向かう前に、これらに出来る限り目を通す。
それが、彼女の朝の日課だった。
アミティーは、普段通り書類を見つめた。
沈黙。
「んなわけあるかぁっ~!!」
——いや、どう考えてもおかしいでしょ?!
アミティーはその場で地団太を踏みながら、盛大に突っ込んだのだった。




