第四話 宝珠、発見
「――見つけた」
天上にある居城の一室で、一人の男が数百年ぶりに言葉を発した。
その一言は、静まり返った広間を震わせた。
淡い光が幾重にも揺らぎ、宙へ舞い上がっていく。
周囲にいた者たちは、驚きのあまりあんぐりと口を開ける。
彼の名は神龍リューシャ。
瑠璃色の髪と金の瞳を持つ、この世界を創った美しき神の一柱。
彼のいる広間は、虹色の淡い光に満ち、大小様々な水晶が規則性なく浮かんでいる。
その中で、ひときわ大きな水晶に映し出されている映像を、リューシャは金の瞳で凝視していた。
思わず水晶に手を伸ばすと、身に着けていた豪奢な装飾品が涼やかな音を奏でた。
「ああ、私の宝珠……」
水晶の表面を、愛おしそうに指先で辿りながら呟く。
その唇は、わずかに震えている。
はらりと零れた涙が地に触れると、淡い光の波紋が幾重にも広がり、静かに空間へ溶けていった。
周囲にいた者たちは、「宝珠」という言葉に息を呑んだ。
龍族にとって、宝珠は魂そのものだ。
だがリューシャの宝珠は、遥か昔、忽然と姿を消した。
奪われたのか。
それとも、自ら離れたのか。
理由は分からない。
ただその日を境に、リューシャの表情は完全に失われてしまった。
その影響は、彼が作った大陸にも及んだ。
加護は失われ、いくつもの大地が死に絶えた。
配下である龍族たちは、その喪失の痛みを十分理解していた。
だからこそ、彼らは幾百年もの間、主の宝珠を探し続けた。
――だが、見つからなかった。
今この瞬間までは。
リューシャの側近の一人、漆黒の髪のセフィルは、一歩前へ出て主の視線を追った。
するとそこには、青を宿したひとりの少女の姿が映っていた。
リューシャはゆっくりと立ち上がると、出口へと足を進める。
その行く手を阻むように、セフィルは慌てて彼の前に跪いた。
「なに?」
リューシャは足を止め、視線だけ動かした。
「我が主。尊き宝珠のご発見、誠におめでとうございます」
「うん」
リューシャは頷くと、再び一歩踏み出そうとする。
「お迎えに行かれるのでしょうか?」
「当然。何か問題でも?」
リューシャは言う。
その瞳には、暗く重い執着が見てとれた。
「いえ。ただ突然下界に顕現なさいますと、人々を混乱させてしまいます。まずは神託を下ろしてはいかがでしょうか?」
セフィルの言葉に、リューシャは黙り込んだ。
「我々が良きに計らいますゆえ、しばらくお待ちいただけないでしょうか?」
リューシャは静かに逡巡したのち小さく頷くと、そのまま部屋を出ていった。
「……リオはいるか」
セフィルは立ち上がりながら周囲に向かってそう言うと、一人の少年が前に出てくる。
「お呼びでしょうか?」
進み出たのは、金髪の小柄な少年リオだった。
「今からお前のやるべきことを伝える」
そう言うと、セフィルはリオに向かって三本の指を立てた。
「下界に神託を下ろせ。そのうえで主が地上に顕現した際、周囲の影響を最小限に抑えるための神具を用意しろ。三日猶予を与える」
「は? え?! 本気で言ってる?」
「任せた」
セフィルはそれだけ言い残し、リューシャの後を追うように部屋を出ていった。
神が地上に顕現するには、厄介な手続きが大量にある。
今、それを丸投げにされたのだ。
リオは頭をガシガシと掻きながら踵を返すが、ふと、視線を感じて顔を上げる。
するとそこには、目をらんらんと輝かせた配下たちが自分を見ていた。
興奮と歓喜に満ちた瞳。
数百年、ほとんど動かなかった尊き主が、今は迷いなく動き、声を発している。
配下たちも興奮を隠しきれていなかった。
「…………分かった分かった。宴の準備は俺が手配するから」
絞り出したリオの言葉に、わっと歓声が上がる。
「うおおお!」
「さすがリオ!」
「酒だ! 宴だ!」
叫び声を背に受けながら、リオは溜息を吐いて自室へ戻った。
龍族は、地上にいるどの種族よりも神に近い存在と崇められている。
だが実態は、ただの酒好きのやかましい龍だ。
確かに、主の宝珠が見つかったことは喜ばしいことだ。
だが、突然調整する身にもなってほしい。
「めんどくさ……」
リオは、誰もいない自室でぽつりと呟いた。




