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第二十八話 おかえり

「ミティー?」

 呼ばれて我に返ると、自分を心配そうに覗き込むリューシャと目が合った。


「疲れた?」

「あ、ううん。ちょっと……」

 アミティーは苦笑した。


 転移の間では、神官たちが慌ただしく出発の準備を進めている。

 ぼんやり眺めていたはずなのに、気づけばまた意識が遠のいていた。


 耳鳴り。

 水音。

 砕ける音。

 息苦しさ。


 アミティーは細く息を吐き、腹に力を入れてリューシャを見上げた。


「ちょっと緊張してるだけ。……でも、楽しみ!」

「そうか」


 リューシャはアミティーの頭を優しく撫でた。

 その温もりに、アミティーは思わずすり寄ると、リューシャは優しく抱き寄せた。


「心配なら目を瞑っておいで。すぐに着くから」

 アミティーは素直にリューシャに身を委ねた。


 浮遊感とともに、心地よい風が身体を通り抜けた。




「ついたよ」


 囁かれて目を開けると、目の前には青々と緑が広がっていた。

 思わず息を呑む。



「ここは……?」

「私の庭だよ。ほら」

 リューシャに促されて背後を見ると、見上げるほどの美しい城が佇んでいた。


 青く輝く城は、陽光を受けて宝石のようにきらめいていた。



「きれい……だけど」

「ん?」

「まぶしい」

 アミティーは、眉間に皺を寄せて目を細めた。


「確かに」

 リューシャは笑いながらアミティーの手を取って城へと歩き出した。



 一陣の風が吹くと、草木が揺れ、木漏れ日がきらきらと瞬いた。

 漂ってくる大地の香りに、アミティーはどこか懐かしさを感じた。


 アミティーはリューシャの顔を見上げた。

 リューシャは握る手にそっと力を込め、ゆっくりと唇を動かした。



『おかえり』


 アミティーには、確かにそう聞こえた。


 その瞬間だった。


 胸の奥で、何かが弾けた。


 帰りたい。

 帰りたかった。ずっと。


 なぜそう思うのか、自分でも分からなかった。





 城に入ると、多くの使用人がリューシャたちを出迎えた。

 アミティーがきょろきょろと周囲を見回していると、そのまま城の奥へと進んでいく。

 辿り着いたのは、リューシャの住む居住区だった。


 先ほどの外観からは想像できないほどの落ち着いた造りで、多くの木々が生い茂る自然豊かな場所だった。


 リューシャが従者たちを集めてアミティーを紹介すると、皆一様に穏やかな笑みを浮かべた。



「歓迎します」

「お会いできて光栄です」


 穏やかな歓迎の言葉が続く。

 だが、アミティーは先ほどから刺さるような視線を感じていた。


「彼女はゲーラ。ここでアミティーの身の回りの世話をしてくれる」

 一人の女性が前へ進み出る。


 真っ黒な髪を高い位置で束ねた、しなやかな女性だった。


「尊き方。よろしくお願い致します」


 真っ赤な唇に、柔らかな笑みが浮かんだ。


 アミティーは、その声を聞いた瞬間、身体が無意識に震えだした。

 リューシャは、何気なくアミティーの肩を抱き寄せたことでそれに気づいた。


 リューシャはアミティーの顔をのぞき込んだ。

 だが、アミティーは俯いたままだった。

 その様子を、ゲーラだけが無表情で見つめていた。



 その後、居住区の散策を続けるも、休憩がてらにお茶をしていると、アミティーが小さく呟いた。


「……帰りたい」

「え?」

 リューシャは思わず聞き返した。


 帰る?

 胸の奥が、ざわりと波立つ。

 背後に控えていたゲーラの肩も、わずかに揺れる。


「ミティー?」


 返事はない。

 俯いたまま、小刻みに肩が震えている。

 リューシャは慌ててアミティーの前に跪いた。


「体調が悪いのかい?」

「わからないけど、なんか怖い」


 アミティーは両腕で自分の身体を抱き締めた。

 震えは、どうしても止まらない。


「怖い? 何が?」


 それ以上問いかけても、アミティーは首を横に振るだけだった。

 リューシャは無理に聞き出すことはせず、総本山への帰路についた。




「アミティー様、どうでしたか? 龍皇国は?」

 戻って来たアミティーに、ミケはうきうきしながら尋ねた。


「……綺麗だったよ」

 アミティーは部屋の中をふらふらと横切ると、ベッドに倒れ込んだ。


「そう、ですか。このまま少しお休みになりますか?」


 アミティーは答えない。

 ミケは静かにお茶を淹れ、湯気の立つカップをそっと差し出した。

 アミティーは無言で受け取ると、そのままじっとミケを見つめた。


「どうかなさいましたか?」

 アミティーは、座ったままおもむろにミケの腰に抱き着いた。


「私の侍女はミケだけだから」

「は、はい。そうですね?」


 ミケは訳が分からなかったが、何も聞かずに背中を優しく擦り続けた。


 その温もりに、不思議と震えは少しずつ治まっていった。

 それでも、胸の奥に巣食う嫌な予感だけは、消えることがなかった。




「行ってしまわれた」

「しばらく滞在なさると伺っていたのだが」

 リューシャとアミティーを見送った従者たちは、不思議そうに顔を見合わせた。


「宝珠様の体調が優れなかったそうだ」

「それなら仕方あるまい」


 皆が納得する中、ただ一人、ゲーラだけは黙ったまま考え込んでいた。


「せっかくのお勤めだったのに、残念だったな」

 従者の1人がゲーラに話し掛けた。


「ええ、そうね」

 ゲーラは素っ気なく返すと、踵を返して去っていった。


「相変わらず真面目だな」

「今日は飲みに誘ってやるか」

「どうせ『鍛錬がありますので』って断られるぞ」

「ははっ、それもそうだ」


 笑い声を背に受けながら、ゲーラは振り返らなかった。

 そんなやり取りにも、とうに慣れていた。


 ゲーラは龍皇国生まれではない。

 鍛錬だけで龍人族から龍族へ至った、稀有な存在だった。



 誰もいなくなった廊下で、ゲーラは小さく名を呼んだ。


「シン」

 呼びかけると、一人の青年が姿を現した。


「どうしたの? ゲーラ」

「総本山へ行って。宝珠を見張っていてほしいの」

 シンは一瞬だけ目を見開く。


「……戻ってきたんだね」

「ええ。あのとき、確かに消えたはずだったのに」

 ゲーラは小さく息を吐く。


「幸い、記憶はないみたい」

 その言葉に、シンは静かに目を伏せた。


「分かった。また護衛するよ」

「お願いね」


 シンの姿が掻き消えた。

 廊下に静寂が戻る。


 一人残されたゲーラは、小さく唇を歪めた。



「今度こそ、邪魔はさせない」


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