第二十七話 夢の残響
「明日から龍皇国か~楽しみ!」
アミティーはうきうきしながら鞄に荷物を詰めていた。
総本山の暮らしもすっかり慣れた頃、リューシャが龍皇国へアミティーを招待してくれた。
「やはり、このドレスと装飾品は必要ですね」
ミケが、アミティーによく似合うものをいろいろと見繕ってくれる。
「え~、そんなにいらないよ。向こうでも用意できるし、最小限でいいってルーが言ってた」
「それでも第一印象は重要です! 龍皇国の皆様にお会いするのですから!」
「え? あ、うん、そうだね」
真剣な表情に、アミティーは若干引いていた。
だがミケは俄然やる気だった。
恐らく親族へのご挨拶も兼ねているだろう。
なんだったら、そのままご婚約でもしていただいて構いませんよ、お嬢様!
ミケがニヤニヤと笑っていると、部屋にノックの音が鳴り響いた。
慌ててドアを開けると、そこにはリューシャが立っていた。
「ミティー、準備はどう? 進んでる?」
部屋の中の散乱状態を見て、リューシャは思わず笑みを零した。
「大丈夫! すぐ終わるから!」
「そう。明日、朝食後に向かえに来るからね」
「うん!」
きらきらした瞳で頷くアミティーを見つめていたリューシャの表情が、一瞬だけ陰った。
ぽつりと、独り言のように呟く。
「どうしてお前は、私のそばからいなくなったんだろうね」
「……え?」
「いや、なんでもないよ」
リューシャはいつものようにアミティーの頭を撫で、小さく笑うと、そのまま部屋を後にした。
『どうしてお前は、私のそばからいなくなったんだろうね』
その言葉が、アミティーの中の何かを揺さぶった。
胸の奥から、得体の知れない熱い感情がせり上がり、瞳にじんわりと涙の膜が張る。
アミティーは咄嗟に口元を押さえ、堪えきれず、そのままベッドへ飛び込んだ。
「お嬢様?」
ミケは驚いて駆け寄った。
だが、シーツを頭まで被って丸くなるアミティーを見て、それ以上は何も聞かなかった。
枕元に水差しだけを置くと、静かに部屋を出ていった。
「違う! 違うの!!」
アミティーは、シーツの中で頭を掻きむしった。
いなくなったんじゃない!
どうすることもできなかった!
誰も私を助けてくれなかった!
頭を撫でてくれる温かい手。
優しくて、大好きだった。
「愛してる、私の宝珠」
記憶は、そこで唐突に途切れた。
ただ、全身を砕かれるような衝撃だけが、身体の奥深くに残っていた。
砕かれるような衝撃。
女の高笑い。
身体が暗闇へ沈んでいく。
寒い。
苦しい。
ひとりぼっち。
どこまでも沈んでいく。
どれほど時間が経ったのかもわからない。
このまま、私は一人っきり。
助けて——
自分の呻き声で目を覚ますと、見慣れた自室の天井が広がっていた。
息が荒く、額には大量の汗が流れている。
気持ち悪くて、手の甲で拭った。
窓の外はすっかり夕暮れだった。
かすかに聞こえる鳥の声が、現実を少しずつ取り戻させる。
アミティーはゆっくりと身を起こした。
冷や汗が背中を伝う。
「なんか……嫌な、夢見た」
未だに心臓がどくどくとうるさい。
アミティーは、この嫌な気分を振り払おうと、逃げるようにバスルームへ駆け込んだ。
だが一向に体温は上がらず、相変わらず指先が冷たいままだった。
頭の奥に、何かが砕け散る音と、女の笑い声だけが残っていた。
呼吸が浅い。
水音にぞわつく。
無意識に湯から飛び出ると、鏡には、見慣れた神青の髪と瞳が映っていた。
それを見て、ようやく呼吸が落ち着く。
髪を乾かしてバスルームから出ると、ちょうどミケが夕食の用意をしているところだった。
「調子はどうですか?」
「大丈夫。でもちょっと夢見が悪くて」
心配そうに見つめるミケに、アミティーは安心させるように微笑んだ。
あの夢はなんだったのだろうか。
体の芯が凍えるほどの恐怖だったが、内容は思い出せなかった。
だが、その夢は、日を追うごとに鮮明になっていった。
第二部の準備のため、数日お休みします。




