第二十五話 破門の日
エルディア王国内の教会前には、多くの市民たちが詰めかけ、閉ざされた門に必死に縋りついていた。
「落ち着け! 押すな!」
暴徒と化した市民を押し戻すため、教会前には騎士団が立ち並んでいた。
その中には、応援として駆り出されたケインの姿もあった。
「どうか、どうか青札を! 子が生まれるのです!」
「妻が病気で」
「青札を!」
縋りつく市民たちを懸命に制止していると、頭上から水がぶちまけられた。
「下がれ! 教会は閉鎖中だ!」
「これ以上近づけば力ずくで排除する! 下がれ!」
塀の上からバケツで水を浴びせたのは、普段王城の警備を務める近衛騎士たちだった。
熱気に当てられ、我を失っていた市民たちは、冷水を浴びて悲鳴を上げ、ようやく押し合いをやめた。
重苦しい静寂が、その場を包んだ。
「何度も言わせるな。教会は閉鎖中だ。帰れ!」
「そ、それでは騎士様。青札はいつ頂けるのでしょうか?」
「教会は、いつ解放されるのでしょうか?」
市民たちは口々に尋ねた。
「……っ」
近衛騎士は答えられなかった。
「騎士様、どうか教えてください!」
「騎士様!」
「煩い、黙れ!」
近衛騎士が、詰め寄る市民に拳を振り上げた。
そのときだった。
軋む音を立て、固く閉ざされていた教会の門がゆっくりと開いた。
中から現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ聖騎士たちだった。
「この国は神龍教より破門となりました。よって、国内すべての教会は閉鎖し、取り潰しとなります」
聖騎士の言葉に、市民たちは騒めいた。
「な、なぜです!?」
「大司教と王族が、総本山の戒律を著しく侵したためだ」
「なっ!?」
市民たちの視線が、一斉に近衛騎士たちに向いた。
「まもなく、神龍様の加護は完全にこの国から消失するだろう。総本山はいかなる者も受け入れる。行き場を失ったなら、訪ねてくるがよい」
聖騎士たちはそう言うと、踵を返して再び教会の中に入っていった。
市民たちは誰一人、言葉を発することができなかった。
「聞いた通りだ! ここで暴れたところで意味はない。散れ!」
近衛騎士たちはそう言うと、足早に去っていった。
市民たちの鋭い視線が、彼らの背にいつまでも刺さっていた。
ずぶ濡れになったケインは、着替えるために騎士団の訓練場へと戻った。
「おい、聞いたか。教会の話」
「ああ、本当なのか」
身体を拭いていると、騎士たちの話し声が聞こえた。
「教会が取り潰しになるってよ」
「大司教が総本山でとんでもないことをしでかしたってさ」
「国王も加担していたとか」
「おいおい、滅多なことを口にするなよ。首が飛ぶぞ」
下っ端であるケインには、何があったか知る術はなかった。
カーサーもライルも、総本山へ向かって以来、姿を見ていない。
ただ、連日の猛暑で人々が倒れる中、祈る場所までもが失われてしまった。
「神龍の加護が消える……本当に、そんなことがあるのか」
ふと、先ほどの聖騎士の言葉が脳裏をよぎる。
「ケイン、ケインはいるか?」
「ここに!」
声を掛けられ、ケインは我に返った。
顔を上げると、騎士団の1人がこちらに向かって歩いてきていた。
「カーサー殿下がお呼びだ。すぐに向かうように」
「はっ!」
ケインは手早く着替えると、訓練場を後にした。
一方、フォール子爵邸では、総本山から派遣された聖騎士がフォール子爵に一通の書状を手渡していた。
「こ、これは……どういうことですか……」
書状を読み終えたフォール子爵の身体が、小刻みに震えた。
「本来補助金は、神青様の生活資金です。それを全く別の用途に使ったのですから、返還は当然でしょう?」
聖騎士が淡々と告げた。
「いえ、だとしても、全額など……」
「ああ、そこは安心してください」
聖騎士の言葉にフォール子爵はほっと息を吐くが、
「教会と折半していたことは、すでに確認済みです。ですので、半分は教会から請求いたします。あなたに返還していただくのは、十六年間にわたり受け取った補助金の全額です」
「わ、私は、あいつの為にも使っておりました!」
「あまり虚偽の証言をしない方が身のためですよ。全て調査済みです。教会から渡された金の全てはあなたの個人資産へと流れておりますね。必要であれば、その金で購入した物品もすべて申し上げましょうか」
「…………」
フォール子爵は項垂れた。
「娘に……会わせてくれ」
「本人にその意思はありません」
「私は父親だぞ!」
「存じておりますよ。虐待していた父親だと」
「……っ」
「それにしても不思議ですね。神青様と分かっていたのですよね? 教会に届け出たくらいですから。その重要性を理解していながら、なぜ虐待など行ったのでしょうか?」
聖騎士は微かに小首を傾げた。
「うるさいっ!」
一族の誰にもいない髪色を見た瞬間、妻の不貞を疑った。
妻を追い出し、娘も教会へ預けるつもりで赴いた。
そこで神青の説明を受け、補助金制度の存在を知った。
国教だからこそ形だけは信仰していた。
ただ、日々の資金繰りに四苦八苦していたフォール子爵家にとって、貰える金なら何でも欲しかった。
そのお陰で、生活は立て直せた。
だが、気味の悪い色をした娘に近づきたいとは、一度たりとも思わなかった。
そうこうしているうちに王族からも声が掛かり、資金も潤沢となり、伯爵へと陞爵の話も出た。
このまま全てが上手くいくと思っていた。
その全てが、アミティーを犠牲にした末に手に入れたものだとも思わずに。
こうしてフォール子爵家は、多額の返還金を背負うこととなった。
王家は最後まで教会との癒着を認めず、すべての責任をフォール子爵家へ押し付けた。
当然、アミティーの兄も職を失い、フォール子爵家は急速に没落していった。




