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第二十四話 届かない謝罪

「今回の件は、我が国の大司教の独断です」

 教皇の間に通されたカーサーは、挨拶もそこそこに続けた。


「我々王家は、教会との癒着を認めませんし、そのような事実も一切ありません」


 初めて対面する教皇を前に、カーサーは口の中が渇くのを感じた。

 教皇はカーサーを一瞥すると、王家の紋章が押された封書へ静かに目を落とした。


「親書は確かに受け取った」


 カーサーは、ひとまず聞き入れてもらえたことに安堵し、ほっと息を吐いた。

 沈黙が部屋に落ちる。


「親書は確かに受け取りました。話は以上でしたら退出を」

 教皇の側に控えていた神官がそう言うと、カーサーに部屋を出ていくよう促した。


「い、いえ。実はお伺いしたいことがありまして」

「ふむ。なんだ」

 教皇がじっとカーサーの顔を見つめた。



「アミティー、アミティー・フォールがどこにいるかご存知でしょうか。今回の式典に、我が国から参加したのですが、姿を見ておりません」

「その質問の意図は?」

「彼女は私の婚約者候補です。行方が分からない以上、安否を案じるのは当然でしょう」


 教皇は何も答えなかった。

 重苦しい沈黙が流れた後、側の神官から一枚の書類を受け取った。



「その婚約話についてだが」

「はい」

「彼女の意思はあったか」

「え?」

「神青を持つ者の意思はあったかと聞いている!」


 教皇の怒声に、カーサーの身体がびくりと揺れた。


「そ、それは……」

「答えよ! 神青を持つ者の意思はあったかと聞いている! まさか王族であれば、本人の意思など不要とでも思っているのか!」


 教皇の拳が、重々しい音を立てて机を打った。


「そ、そのようなことはありません! 我々は互いに想い合っています!」

 カーサーは答えた。


「では本人に確認するとしよう」


 教皇がそう言うと、1人の神官が早足で部屋を出ていった。


 執務室には沈黙が落ちる。

 カーサーは何か話そうと口を開くも、神官たちの冷ややかな視線を受け、口を閉じた。

 その繰り返し。



 どれほど時間が経っただろう。

 ノック音が室内に響いた。

 入って来たのは、先ほど部屋を出ていった神官だった。

 久しぶりの音に、カーサーは安堵の溜息を吐いた。


「アミティー様は、お会いにならないとのことでした」

 神官の言葉に、カーサーは目を見開いた。


「そ、そんな……嘘だ」

「真実です」

 神官は無表情でカーサーを告げた。


「もう一度、もう一度聞いてきてはくれませんか? 私がわざわざ迎えてにきたのですよ!?」

「何度聞いても答えは変わりません。それ以前に、あのお話ぶりでは、今の今まであなた様のことなどお忘れになっていたようですが」


 神官は表情一つ変えずに告げた。


「そ、そんな……馬鹿な」

 カーサーの口からは、浅い息が漏れた。


「ああ。もう一つ、伝えておこう。アミティー様は貴国からの亡命を希望されていた」

「なっ!?」

「神青様を粗雑に扱う国など、この世界には存在せぬ。少なくとも、我々はそう信じていた」


 教皇はゆっくりと息を吐いた。


「……貴国を知るまではな」



 教皇はそう言うと、一冊の本を神官に渡した。

 神官は頷くとカーサーの前まで歩み寄り、黙って本を差し出した。


 タイトルを見ると、神龍教経典と書かれていた。

 ただ、やたらと字が大きい。


「経典はまだ早い。まずはそこから学ぶがよい」




 教皇に退出を命じられ、カーサーは肩を落として部屋を出た。

 ふらふらと廊下を歩いて庭園に出ると、力なくベンチに腰を下ろした。



 肌を刺す冷たい空気ですら、今は何も感じない。

 しばらく呆然としていたが、何気なく先ほど渡された本のページをめくった。

 神龍教会が発行したそれは、経典と呼べるほどのものではなく、幼子が読む絵本だった。


 神龍のこと、神青のこと、そして神青を持つ者を大切にしないと天罰が下ること。

 すべてがわかりやすく載っていた。


 本を持つ手に力がこもった。



 知っていた。

 神青が尊いことも。

 大切にしなければならないことも。



「アミティーは、私のものだ」


 尊い存在だと知られれば、誰もが彼女を欲しがる。

 だから、灰青と呼び、神青としての価値を塗り潰した。

 紛いものだと罵った。


 王族の言葉は、何よりも重い。

 思惑通りアミティーの持つ青は、紛いものとして定着していった。



「私のものだった……。私のものだったはずなのに!」

 カーサーは頭を掻きむしった。



「アミティー、ああ、私のアミティー……」


 か細く呼ぶ声は、冷たい空気に溶けて消えた。



 カーサーは意気消沈のまま、エルディア王国へ帰国することになった。

 だが、到着して早々、知ることになる。



 国の教会が全て閉鎖され、国自体が神龍教から破門されたことを。

 加護の反転が、すでに国を蝕み始めていたことを。






 その頃ライルは、総本山に残って書庫に通い続け、多くの本を読み続けていた。


 読めば読むほど、自分の無知さを理解し、死にたくなるほど恥ずかしかった。


 神職でありながら、誰よりも神龍を貶していた。

 自分一人が無知だったのではない。

 国そのものが神龍教を歪め、神青を貶めていた。



「アミティー・フォールは、あんな扱いが許される存在ではなかった」


 自分の行動を振り返り、国にはいられないと悟った。

 ライルは王族を、そして父を軽蔑した。



 神官たちから話を聞くと、総本山で一から学ぶことのできる学校があるらしい。

 罪を犯した者にも学ぶ機会は与えられるという。

 ライルはその足で転入届を提出した。



 しばらく国には帰らない。

 そのままここで神職に就くのもいい。

 もう、父の背中を追うことはない。



 自分の仕出かしたことが許されるとは思わない。

 だが、真実を知りたかった。

 信仰とは、金儲けの道具ではない。


 ライルは、ようやく息を吸える気がした。


 書庫に通い詰める日々を送っていたライルは、心の余裕ができたので、総本山を散策することにした。

 ゆっくりと建物群や大樹を眺めながら歩いていると、ひと際大きな門が見えてきた。

 前には、幾人もの聖騎士たちが立ち並んでいる。



「あの、ここはどういった場所なのでしょうか?」

 ライルは尋ねた。


「ここからは奥の院だ。神域に近いから関係者以外は立ち入り禁止だ」

 聖騎士が丁寧に教えてくれた。


「奥の院……」


 ここが、父が無断で侵入した場所。

 こうも厳重に守られている場所を無断で入るとは……。


 ライルは自分の父でありながら恥じた。


「ありがとうございます」


 聖騎士に礼を言うと、踵を返そうとした。

 が、ふと目の端に神青が映った。


 驚いて振り返ると、少し離れた庭で、一人の女性が花を摘んでいた。



 陽光を受けた神青の髪がきらりと輝く。

 楽しげな笑い声が風に乗って届いた。


「……アミティー・フォール、様」



 あんな可愛らしい顔で笑うなんて、初めて知った。

 神青があんなに美しいなんて初めて知った。


 胸の奥から、言いようもない熱い思いがあふれ出し、じんわりと目尻が熱くなる。

 アカデミーでの出来事が、まるで遠い昔のようにすら感じる。



「……申し訳、ありませんでした」


 ライルは深々と頭を下げて、静かに踵を返した。



 どうか、これからの人生が幸せでありますように。

 どうか笑顔のままでありますように。



 今さら何様なのだと自嘲しながらも、そう願わずにはいられなかった。


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