表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/29

第二十三話 えっと、どちら様でしたっけ?

「あ、ルーだ」

 奥の院をアンナと共に散策していたアミティーは、前方にリューシャの姿を見つけると、小走りで近寄った。


「やあ、ミティー」

「ルー! こんにちは」

 走ったせいでふわふわと浮いた髪を、リューシャが優しく撫でて整えた。


「散歩?」

「うん。ルーは?」

「私もだよ」

「そうか。お揃いだね。一緒に歩く?」

「うん!」

 リューシャとアミティーは、並んで奥の院を歩き出した。


「ここでの生活はどう?」

 リューシャはアミティーに尋ねた。


「凄く快適。静かで落ち着くけど」

「けど?」

「このまま居座りそうで怖い」

 アミティーの言葉に、リューシャは首を傾げた。


「ここはミティーが遠慮する場所じゃないよ?」

「そうなのかな? もともとは、どこか別の国に亡命するつもりだったから」

「どこかの国……」

 リューシャは少しだけ目を伏せた。


「そう。教皇様にお勧めの国、聞こうと思ってた」

「……なら、私の国に来てみるかい?」

 リューシャの提案に、アミティーは驚いた。


「ルーの国って、どこにあるの?」


 アミティーの問いに、リューシャは目の前にそびえ立つ大樹を指差した。


「あそこの大樹のずっとずっと上にあるんだよ」

「え!?」


 アミティーは欄干まで駆け寄り、大樹を仰ぎ見た。

 大神殿を覆い隠さんばかりの大樹は、遥か上空まで伸びており、ここからではそれ以上見えなかった。


「あんな高いところに国があるんだ……」

「そう、龍皇国。私の国だ」

「へ~。どんな国?」

「自然豊かで活気のある国だよ。食べ物も美味しいし、皆穏やかだ。きっとミティーも気に入ると思う」

「行ってみたい!」

 アミティーは嬉しそうに飛び上がった。

 その笑顔を見たリューシャも、自然と頬を緩めた。


「ふふ。分かった。準備しておくね」

「うん!」


 嬉しそうに頷いた、その瞬間。

 ぐぅぅぅ。

 アミティーのお腹が盛大に鳴った。


「お腹、空いてる?」

「……うん」

 アミティーは、真っ赤になりながらお腹を押さえた。


「それじゃあ、一緒に食べようか」

 リューシャがそう言うと、近くに控えていた従者たちが一斉に動き出した。


「さあ、こっちへ」

 アミティーがリューシャに促されるまま歩いていくと、日当たりの良い温かなサロンでは、すでに食事の支度が整っていた。




「美味しい!」


 アミティーは、ステーキを一口サイズに切って、小さい口でもぐもぐ食べた。

 まるで小動物のように頬張る姿に、リューシャは自然と頬を緩めた。


「可愛いね。たくさんお食べ」


 リューシャが言うと、アミティーの目の前に、ステーキがのった新しい皿が運ばれてきた。

 嬉しそうに頬張るアミティーを、リューシャは穏やかな眼差しで見つめていた。


「ごちそうさま。お腹いっぱい」


 デザートまで綺麗にたいらげたアミティーがお腹を擦っていると、サロンに一人の神官が入ってきた。


 神官は壁際に控えていたセフィルへ小さな紙を渡した。

 するとセフィルはそれを一瞥した後、リューシャの耳元で囁いた。

 何だろう、とアミティーが見ていると、リューシャは穏やかに微笑みながらアミティーを見つめた。


「ねえ。ミティー」

「はい」

「ミティーに会いたいって人がいるらしいんだけど、会いたい?」

「え? 私に会いたい人? そんな人、いるかなあ」

 アミティーは、背後に控えていたミケを見るが、彼女も首を傾げている。


「誰?」

「エルディア王国 第一王子カーサー・エルディア」


 アミティーの指先がぴたりと止まった。

 カップの紅茶に、小さな波紋が幾重にも広がっていく。


「ミティー?」


 わずかな沈黙に、リューシャは胸を痛めた。

 思い出したくもない過去なのだろうかと、アミティーの表情を静かに見守る。


「あ、ごめん」


 我に返ったアミティーは、苦笑しながら頬をかいた。


「一瞬、誰だったかな~って。本気で忘れてた」

「そうか」

 嘘偽りのないその言葉に、リューシャは安堵したように微笑んだ。


「そんな彼が、君に会いたがっているらしい」

「なんで?」

「さあ?」


 リューシャはセフィルを見る。

 今度はセフィルが神官の顔を見ると、彼は冷や汗をかきながら言った。


「えっと、その。『迎えにきた』とおっしゃっていたそうです」


 その言葉に、リューシャの表情が固まった。


「迎えにきた? え? あ、そっか。私が亡命したこと知らないんだった!」

 アミティーは「なるほど」と小さく呟き、ぽんと両手を打った。



「……君は、この男をどう思っていたんだい?」

「え? 普通に嫌い」

「なるほど」

「彼も私のこと、めちゃくちゃ嫌ってたと思う。私だって大嫌いだったし!」


 アミティーは眉をとがらせ、ぷくりと頬を膨らませた。

 背後では、ミケが「その通りです!」と言わんばかりに何度も頷いている。


「でも一応、婚約者候補だったよ。あ、違うか、側妃……も違うか。下賜?」


 アミティーが言い換えるたびに、リューシャの笑みが深くなっていく。

 その笑みとは裏腹に、部屋の空気だけが静かに張りつめていく。

 神官の顔色が紙のように白くなった。

 セフィルは額に手を当て、小さく息を吐く。


「もう、なんだっていいや! とにかく、会う必要、全くなし!」

 アミティーが、両手でバツを作った。


「だそうだ」

 リューシャは神官にそう告げた。

 神官は深々と一礼すると、静かにサロンを後にした。



「さあ。食後の散歩に、庭にでも出てみる?」

 気分転換に、リューシャが提案した。


「え? 庭……」

 アミティーの顔が曇った。


「いや?」

「ううん。お散歩は好き。でも庭は……寒くない?」


 窓の外を見ると、いつの間にか粉雪がふわふわと舞っており、地面にも薄っすら積もっている。

 アミティーは、温かいサロンから動きたくない気分だった。


「寒いのは苦手?」

「雪は綺麗だから好き。でも寒いのは苦手、かも」

「そうか」


 それでもリューシャは、アミティーの手を取って立たせると、そのまま庭へ出た。

 扉を開けた瞬間、冷たい風がくるのかと思い、アミティーは身を縮こませた。

 だが、頬を撫でる風はふんわりと温かかった。


「あれ?」

 リューシャが一歩踏み出すたび、足元の雪が溶け、若葉が一斉に芽吹いていく。

 アミティーは思わずしゃがみ込んだ。


「どういうこと?」

 雪が消えた地面をまじまじと見つめ、指先で芽吹いた若葉にそっと触れた。


「あ~これは……そうだな。春が来た……のかもしれないね」

「春が? この足元だけ?」

「……そうだ」

「どうして?」

「私の体質……かな」


 不思議そうにリューシャを見上げたアミティーは、日の光を浴びた彼の余りの美しさに言葉を失った。


「なるほど……。美しすぎるから?」

 アミティーは結論づけた。


「…………恐らく」


 リューシャの苦し紛れの相槌にも、アミティーは素直に頷いた。



 少し離れたところにいたセフィルは目頭を押さえ、小さく天を仰いだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ