第二十二話 迎えに来た王子様
「殿下、こちらが届きました」
翌日、総本山へ向かおうと部屋を出たカーサーは、従者に呼び止められた。
銀の盆には、一通の手紙が載せられている。
「ライルからか……」
カーサーは、その時になってようやく、ライルが名代として総本山へ赴いていたことを思い出した。
急いで封を切る。
手紙には、拘束されたのは大司教とその腹心のみであり、ライルとアミティーは無事であることが記されていた。
「そうか……」
カーサーは無意識に息を吐く。
「少なくとも、急を要する状況ではなさそうだ」
急いていた気持ちはすっかりなくなり、胸を撫で下ろしたカーサーは、馬車へ乗り込んだ。
自国の教会が封鎖されようとしていることなど露知らず、カーサーは隣国の教会から転移魔法陣で総本山へ向かった。
魔法陣が光を放ち、次の瞬間、カーサーたちは総本山へ降り立つ。
先触れを出していたにもかかわらず、転移室は静まり返っていた。
「出迎えもないのか」
勝手の分からないカーサーは、部屋に一つだけある扉を従者に開けさせた。
すると、その先には神官が一人立っていた。
「エルディア王国の皆様、どうぞこちらへ」
神官は形式的に一礼すると、それ以上何も言わず歩き出した。
カーサーたちは無言でその後に続いた。
神官は一言も口を開かず、ひたすら早足で歩いた。
自国では、カーサーが歩くと皆廊下の端に避けて頭を下げるが、ここでは誰もそのような行為はせず、素通りしていくだけだった。
カーサーは眉をひそめたが、総本山ではこれが礼儀なのだろうと自らを納得させた。
目の前の大きな扉を開けると、いつの間にか外に出ていた。
あまりにも美しい景色に言葉を失う。
白亜の建物群の向こうを、雲がゆっくりと流れていく。
天から降り注ぐ光が、街全体を淡く照らしていた。
だが、それを眺める余裕もないほどの寒さが身体を刺した。
「寒いな」
真夏のエルディア王国から来たカーサーたちは、身震いしながら腕をさすった。
どれくらい歩いただろう。
身体の芯が冷え切る直前、ようやく建物に入った。
通された室内は暖炉の火で暖められていた。
カーサーたちが安堵の息をつこうとした、その時だった。
ノックもなく、別の神官が入ってきた。
服装から、先ほど案内してくれた神官よりも上位だろう。
神官はカーサーを一瞥すると、一礼もなく淡々と言った。
「国王からの親書を頂戴いたします」
不躾な物言いにカーサーはムッとしながらも、胸元から親書を取り出した。
「確かに」
神官は王印を確かめると、静かにうなずいた。
「審問の手続きがございますので、引き渡しは二日後となります。それまで客室にてお待ちください」
「引き渡し、だと……?」
カーサーが小さく呟いた。
「二日後だと!? 無礼ではないか! この御方は、エルディア王国の第一王子殿下であらせられるぞ!」
「総本山の決定ならば、致し方ない」
カーサーは従者を窘めた。
神官は何も言わず一礼すると、そのまま部屋を出ていった。
カーサーたちは腰を下ろす間もなく、そのまま客室へ案内された。
通された部屋は暖炉こそあったが、必要最低限の調度品しか置かれていなかった。
客室というより、滞在用の簡素な一室だった。
「お食事は決まった時間に運ばせます」
「教皇へのお目通りも頼みたい」
カーサーは言った。
「確認いたします」
神官はそう言うと、静かに部屋を出ていった。
「アミティーは無事なのだろうか……。せめて、一目だけでも会いたい……」
消息すら、知ることはできなかった。
その後、この部屋を訪れたのは食事を運ぶ神官だけだった。
『確認いたします』と言って去った神官が戻ることは、ついになかった。
カーサーたちは二日間、軟禁同然のまま過ごした。
案内された一室は、薄暗く静まり返っていた。
しばらく待たされた後、一人の神官が大司教たちを連れて入ってきた。
彼らの顔色は一様に悪く、髪は乱れ衣服もよれている。
よく見ると、彼らの指先は真っ黒く染まり、爪までも黒に染められていた。
神龍教の戒律を破った者に施される『罪墨』だった。どれほど洗い流そうとしても、生涯消えることはないと言われている。
大司教はカーサーの姿を確認すると、深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ございません」
いつもはふんぞり返っている彼からは、想像もできない態度だった。
「一体何があったのだ」
「その……神域に迷い込んでしまいまして」
大司教は視線を泳がせながら、しどろもどろに答えた。
「愚かな」
カーサーは吐き捨てた。
「違うのです殿下。我々は騙されたのです!」
「騙された? どういうことだ」
「あやつが、神域にいたのです!」
「あやつ?」
カーサーは怪訝そうに聞き返した。
「アミティー・フォールです!」
「アミティーだと!?」
カーサーが驚いたのを見て、大司教はここぞとばかりに唾を飛ばしながら叫んだ。
「あやつを追うために我々は神域に入ったのです! わしは悪くない!」
カーサーたちが絶句していると、話を遮るように神官が一枚の紙を差し出した。
「こちら、引き渡しの書類になります。サインを頂ければ手続きは完了です」
そこには捕らえられた大司教たちの名が記されていた。
カーサーは何度も確認したが、その中にアミティーの名はなかった。
ここにも姿を現していない。
「ライルとアミティーという名の者がいたはずだが」
「ライル殿でしたら、間もなくこちらへ参ります。アミティー様につきましては、我々の管轄ではございません」
神官はペンを渡してサインを促す。
「いや、アミティー・フォールという令嬢がいたはずだ」
「我々は、彼らの引き渡ししか命じられておりません」
「どういうことだ……?」
カーサーは不思議に思いながらも促されるままにサインをし、彼らを連れて部屋を出た。
廊下には、青白い顔をしたライルが立っていた。
「ライル、無事か」
「はい。このようなことになり、申し訳ございません」
釈放後、初めて見る父の姿に、ライルは一瞥しただけですぐに視線を逸らした。
「お前、アミティーと一緒じゃなかったのか」
「ここに来てからは、一度も会っていません」
ライルは言った。
「あやつのせいだ! わしは悪くない!」
大司教たちは繰り返しそう言うと、ずかすかと廊下を歩いて行った。
「アミティーは今、どこにいるんだ?」
カーサーはライルに尋ねた。
「分かりません。ただ、まったく見当たらないことは確かです」
「そうか……」
カーサーはしばらく考えた後、ライルに言った。
「大司教たちは、総本山から強制退去命令が出ている。すぐに魔法陣で国に帰ることになるだろう」
カーサーは大司教たちの背中を見送ると、ライルへ向き直った。
「私はこれから教皇に挨拶を済ませる。その後、アミティーを迎えに行く。お前はどうする」
「私もアミティー嬢を探します」
一度だけでも謝りたい。
その想いを、カーサーが知ることはなかった。




