第二十一話 教会の鐘は二度と鳴らない
「は? 父が囚われた?」
早々に式典を辞し、自室で休んでいたライルは、従者から聞かされた言葉に頭が真っ白になった。
「……理由は?」
「無断で立ち入り禁止区域に侵入したうえ、神青へ侮辱の言葉を投げつけたそうです」
「なんてことだ……」
ライルはソファーにどさりと座り込み、頭を抱えた。
嫌な予感はしていた。
式典でも感じた違和感は本物だった。
他国の要人たちと話すうちに、自国との違いを嫌というほど思い知らされた。
教会の在り方。
神青の扱い。
神事での立ち振る舞い。
そのどれもが、エルディア王国だけ異質だった。
「状況は?」
「あまり宜しくないかと。明朝、事情聴取のため、大聖堂へお越しいただきたいとのことです」
「魔導伝書を用意してくれ。カーサー殿下に報告しなければ……」
「かしこまりました」
従者が駆けていく。
その背中を見ながら、ライルは深く息を吐き、力なくソファーにもたれかかった。
今すぐ父のところに行って、問い詰めたかった。
だが、カーサーの名代として参加している以上、下手な行動を起こすことはできない。
ライルは急ぎ書状をしたためると、魔導伝書で本国へ送った。
避暑地から戻ったカーサーは、シルビアを屋敷まで送り届けると、その足で王城へ戻った。
馬車を降りるなり、じっとりとした空気が身体にまとわりつく。
陽射しは容赦なく照りつけ、肌を刺すような蒸し暑さに、わずかな時間で額から汗が噴き出た。
「やけに暑いな」
カーサーは汗をぬぐいながら呟いた。
「十日ほど前から、一気に気温が上がりまして」
荷物を受け取っていた従者が答えた。
王城に入っても蒸し暑さは変わらず、カーサーは部屋に戻ると、通気性の良い服に着替えた。
窓の外へ目を向けると、いつの間にか空はどす黒い雲に覆われ、鳥は一羽も飛んでいなかった。
噴水の水面は波一つ立たず、いつも咲き誇る花々も、どこか色を失って見えた。
「陽が落ちれば、もう少し涼しくなります」
従者にそう言われたが、夜になっても気温が下がることはなかった。
カーサーは水風呂に入って頭をすっきりさせると、軽いガウンを羽織って窓辺に立った。
虫の声すら聞こえない静かな夜。
風が全く吹いていないせいで、空気がどんよりと重く濁っているように感じた。
暑いはずなのに、何故か鳥肌が立った。
「疲れているのかもしれない」
カーサーは自分に言い聞かせるように呟くと、早々にベッドに入った。
翌朝、カーサーは国王から突然の呼び出しを受けた。
急いで身支度を整え、国王の執務室へ続く廊下を歩いていると、遠くで神官たちが忙しなく駆けていた。
「なんだ? こんな早朝から」
珍しい光景に首を傾げる。
すると今度は、白銀の甲冑に身を包んだ騎士たちが早足で通り過ぎていった。
彼らのマントには、神龍の紋章が大きく刺繍されていた。
「聖騎士か?!」
滅多に見られない姿に、カーサーは驚いた。
彼らの拠点は総本山であるため、王族であってもなかなか会うことはできない。
気になって足を止め、その姿を目で追っていると、従者に声を掛けられ、渋々国王の執務室へ向かった。
執務室に入ると、そこには宰相と国王が厳しい顔で待っていた。
「お呼びと伺いました」
カーサーが一礼すると、国王はしばらく沈黙した後、大きく息を吐いた。
「カーサー」
「はい」
「式典に参加した大司教が、総本山で捕らえられた」
「は?」
カーサーは目を見開いた。
「我が国の大司教が、ですか? 何かの間違いでは……」
国王は傍らに立つ宰相に目配せすると、彼は総本山からの書簡を読み上げた。
「貴国の使節は、総本山の戒律を著しく侵した。よって、神律審問院へ付託し、その裁定が下るまで身柄を預かる」
「戒律を? 何をしでかしたのですか?」
カーサーの脳裏に、一瞬アミティーが浮かんだ。
「神域への無断で立ち入り、神青への侮蔑行為と書かれています」
「神域への無断立ち入り……? 神青への侮辱行為……? 一体、何をしたというのだ」
カーサーは眉をひそめた。
「一応、こちらからも問い合わせてみるが……。そう簡単にはいかんだろう」
宰相は手に持っていた親書を折りたたんだ。
「ところで、神青への侮蔑行為とはなんだ? カーサー、思い当たることはあるか?」
「いえ……」
カーサーが思い浮かべた神青は、アミティーただ一人だった。
「我々の関係は良好です。教会でも、彼女と何か問題になったという話は聞いておりません」
カーサーは、本気で言っていた。
「となると、総本山で他国の神青を侮辱でもしたか……?」
宰相は考え込んだ。
「ひとまず、知らぬ存ぜぬでいくか。下手に動けば王家まで疑われることになりかねませんからな」
国王は頷くと、教皇に手紙をしたためた。
「あの、アミティーたちはどうなるのでしょうか?」
カーサーは、おずおずと尋ねた。
「あちらの出方による」
国王の言葉に、カーサーは一瞬だけ視線を伏せた。
「……私に交渉を任せていただけないでしょうか?」
「なに?」
国王は、じっとカーサーの顔を見つめた。
「以前も言ったはずだが、側妃は論外だ。元老院が許さん。当然王子妃は身分が足りんぞ」
「……はい」
国王は軽く息を吐くと、机上の書類へ視線を落とした。
「それは分かっておりますが、彼女はこの国で唯一の神青です」
カーサーは俯きながら、言い返した。
「……それが理由か」
「……いえ、それだけでは」
口を閉ざして考えあぐねるカーサーの顔を見て、国王は諦めたように軽く息を吐いた。
「好いているのか」
「…………はい」
小さく答えたカーサーの頬は、わずかに朱に染まっていた。
「神青の保護を名目に後宮へ置くこともできよう。だが、総本山は認めまい。もっとも、互いに想い合っているのなら話は別だ」
カーサーは、ぱっと顔を上げた。
その瞳は喜色に輝いていた。
「よろしいのでしょうか?!」
「ただし、シルビア嬢にも許可をもらうように」
「勿論です。ありがとうございます。アミティーも、きっと喜んでくれると思います」
「まあ、いい。上手くやれ。見たところ、お前の側近たちはアレを気に入っているようだ。飽きたら予定通り下賜でもよいだろう」
「は? 気に入っている?」
カーサーは怪訝そうに眉を寄せた。
「なんだ? 気付いていなかったのか?」
国王と宰相は笑った。
カーサーはケインとライルの行動を思い出した。
確かに、2人はやたらとアミティーに絡んでいた。
カーサーは、ギリっと奥歯を噛み締める。
「明日、総本山に参ります」
カーサーは一礼すると、国王から託された返書を携え、出立に備えるため自室へ戻った。
翌朝、エルディア王国の神龍教会は、何の前触れもなく聖騎士たちに封鎖された。
「ど、どうなさったのか」
教会の中から、息を切らしながら司教が姿を現した。
白銀の鎧をまとった一人の男が、司教の前に踏み出し、無表情で書状を掲げた。
「我々は、神龍教総本山所属の聖騎士である。教皇の命により、エルディア王国内すべての教会は取り潰しとなった。聖職者は全員、総本山へ身柄を移送する」
「なっ!?」
驚愕する司教たちを尻目に、控えていた聖騎士たちが、次々と聖職者たちを捕縛していく。
「これは、これはどういうことです?! 無礼ですぞ! 大司教様がお知りになれば、何とおっしゃるか!!」
司教がみっともなく叫ぶも、誰一人彼に視線を向けず、次々と指示を出していく。
「こ、このような暴挙、国王陛下が許すまい……」
呟く司教に、初めて聖騎士が視線を向けた。
「その考えがそもそもおかしい」
「は?」
「神龍教は、いかなる国家にも属さない。国家元首であっても、例外ではない」
墓穴を掘ってしまったことに気づいた司教は、口を閉じた。
だが、もう遅い。
「証拠はすべて押収せよ!」
聖騎士たちが、次々と教会内に散っていく。
「待て、待ってくれ!」
司教は拘束を逃れようと必死にもがいた。
「抵抗する者は容赦するな」
「はっ!」
その言葉に、聖職者たちはびくりと身体を縮こまらせた。
「心配しなくても、総本山で大司教も待っている」
「な、何だと……?」
聖騎士の言葉に、聖職者たちは互いに顔を見合わせた。
その顔から、みるみる血の気が引いていく。
もはや抵抗する者は一人もいなかった。
彼らは静かに、総本山へと移送された。
国王の執務室に、一人の文官が息を切らせながら駆け込んできた。
「教会が、我が国の聖龍教会が、聖騎士によって封鎖されました!!」
国王と宰相は顔を見合わせた。
文官は震える手で封書を宰相へ差し出す。
『当該支部において、王権との不適切な関係が確認された。よって閉鎖し、所属する全聖職者を異端審問に付す』
宰相の音読が終わると、執務室は水を打ったように静まり返った。
「ど、どういうことだ……?」
この日を境に、王国内すべての神龍教会で、鐘が鳴ることはなかった。




