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第十三話 聖龍教会総本山

「あそこが、聖龍教会です」


 澄み渡る空の下、バンが指差す先には白亜の教会がそびえ立っていた。


「うわ~、おっきい~」

 アミティーは、目を細めて見上げる。


「荷物は、あそこの入口からお願いできます。下ろすのを手伝いますよ」


 朝の早い時間にもかかわらず、多くの馬車が列を作っている。

 バンは勝手知ったる様子でアミティーたちを先導し、手早く荷物を教会へと運び込んでくれた。



「こう見ると、エルディア王国の教会が小さく感じますね」

 バンの後に続きながら、アミティーとミケは周囲を見回した。



「通行許可証は持っていますか?」

「はい。こちらです」

 バンに言われて、ミケが鞄から取り出す。


「ああ、これは特別許可証ですね。我々とは違う入口です。ここでお別れになります」

「え、そうなんだ」

 アミティーは残念そうに呟く。


「何から何までありがとうございます」

 ミケは深々と頭を下げた。


「いえ、こちらこそ、楽しい旅になりました。向こうは驚くほど寒いので、コートだけは預けず、お手元にお持ちください」

「分かりました」


 バンの助言に、アミティーとミケは防寒着を抱え込んだ。


 バンは嬉しそうに笑いながら空を見上げた。


「ああ、今日はいい天気になりますね」

 細長い雲が何本も空へ伸び、端から淡く消えていく。


「あれは?」

 アミティーが首を傾げる。


「神龍様の使いが通った跡ですよ。あの雲が出る日は、よく晴れるんです」


 周囲を見ると、人々は空を見上げて手を合わせていた。

 アミティーも、つられて空を仰ぐ。



「それでは、良き旅を」

 バンは笑顔で去っていった。


「良い人だったね~」

「ええ、本当に」

 アミティーとミケは、しみじみ呟いた。




 二人が案内されたのは、教会の正面入り口とは違い、人気のない静かな場所だった。

 案内係の神官たちは、淡々と手続きを進めている。



「……?」

「どうかなさいました?」

 落ち着きなく動くアミティーに、ミケが尋ねた。


「う~ん。なんだかさっきから視線を感じるんだよね」


 周囲を見ると、神官たちがこちらを窺うように視線を向けていた。



「何か、余計なこと、しましたか?」

「失礼な! きっと私が可愛すぎるから見てるんでしょ?」

「はいはい。では行きますよ」


 重厚な扉をくぐると、真っ白な部屋の中央に、大きな魔法陣が見えた。


「すごっ! 光ってるよ。どういう原理なんだろう」

「流石に分かりかねます」


 アミティーに袖を引っ張られ、ミケは苦笑しながら答えた。



「そう言えば、ライルたち、いないね?」

「まだ朝も早いですし、高級宿で優雅に朝食でも食べているのでは?」

 ミケは、ふんっと鼻を鳴らした。



 アミティーとミケは手続きを終え、魔法陣の上に立つ。


「す、すごい荷物ですね……」


 神官が、周りに積み上げられた荷物に驚く。

 なにせ、亡命のために持ち込んだものばかりだ。


「おほほほ、貴族令嬢の準備は大変ですから」

 アミティーは、笑ってごまかした。



 足元に刻まれた文様が、淡く光を帯び始めた。

 初めての転移に胸が高鳴る。

 だが――



「到着しました」

 次の瞬間、移動はすでに終わっていた。



「……え?」


 アミティーの口から、思わず声が漏れる。

 目の前に広がっていたのは、先ほどとはまるで別世界。



 天井の高い、荘厳な一室だった。

 白い石造りの壁。

 静かに揺れる灯火。

 壁に掲げられたタペストリーは見上げるほど大きかった。


 目の覚めるような鮮やかな青。

 金糸の刺繍が美しく施され、描かれた紋章はエルディア王国の教会で見たものと同じはずなのに、まるで別物のように見えた。


 その光景に、アミティーは言葉を失う。



「……もう、総本山?」

「そのようですね」

 アミティーとミケが小声を交わしていると、正面から足音が近づいてきた。



「ようこそ。お待ちしておりました。アミティー・フォール様」

 白い法衣をまとった神官が、深々と頭を下げた。


「エルディア王国から参りましたアミティー・フォールでございます」

 アミティーは慌ててカーテシーを行う。



「身分は子爵令嬢です。どうぞ、お顔をお上げください」

 神官は顔を上げ、アミティーの顔を見た瞬間、まるで、信じられないものを見たかのように、ぴたりと動きを止めた。



「……?」

 微動だにしない神官に、アミティーは戸惑いながら、彼の目の前でひらひらと手を振る。


「だ、大丈夫ですか?」

 数拍遅れて、神官は我に返った。


「……これは、大変失礼いたしました」

 気恥ずかしそうに咳払いをし、視線を逸らす。


「あまりにも……美しい瞳の色でしたもので」

 その頬は、わずかに赤く染まっていた。


「瞳……? それほど、でしょうか?」

 初めて向けられる種類の視線に、アミティーは内心戸惑う。



「はい。わたくし、こちらで十年ほど勤めておりますが――あなた様のように澄んだ神青をお持ちの方は、初めて拝見しました」


 神官がそう言うと、背後に控えていた従者に目配せする。

 従者はすぐに早足で去っていった。


「はあ……」


 灰青と言われて蔑まれてきたアミティーは、どう返せばいいのか分からず、曖昧に相槌を打つ。

 褒められているはずなのに、それをどう受け取ればいいのか分からなかった。


「悪い反応では、なさそうですね」

 ミケが、アミティーに耳打ちする。


 確かに、この反応を見る限り、表向きは厚遇と言ってよいだろう。

 問題は、亡命を言い出すタイミングだ。


 アミティーは静かに周囲を見回した。

 ――油断は禁物だ。


 ここは神龍教の総本山。

 信仰の中心にして、政治とも距離を保つこの場所は、慈悲と同時に、厳格さを内包している。


 アミティーとミケは、互いに言葉を交わすことなく、頷き合いながら慎重に歩を進めた。




「本日より十日間、こちらでの滞在をお任せいただきます。手持ちの荷以外は、後ほど別の者に運ばせます。今日からどうぞ、よろしくお願いいたします」


 神官は、穏やかでありながら、澱みのない声音だった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

「今から外に出ますが、お寒いですので、お手持ちの防寒着を着用ください」


 そう言われ、二人は慌ててコートを羽織る。

 それを見届けた神官は、ゆっくりと扉を開けた。


 あふれる光に、アミティーは思わず目を細める。

 視界いっぱいに広がるのは、白亜の建築群。


 余計な装飾はない。

 それでも、ひとつひとつの建物が放つ存在感は圧倒的だった。


 見上げれば、空は驚くほど近く、雲がゆっくりと流れている。

 ――まるで、大地そのものが空へと持ち上げられたかのようだった。



「さっむ!」

 アミティーは、慌ててコートの前ボタンをしっかりと留めてフードを被る。


「……本当に、浮島なのですね」


 ミケから零れたその一言で、ここが自分の知る世界とは異なる場所なのだと、ようやく実感する。


 中央にそびえるひと際大きな建物は、高すぎて天辺が見えず、建物よりもさらに大きな大樹が寄り添うように立っていた。


 時折吹く風が、木の葉を揺らし、白い小さな花弁が風と共に周囲に舞っている。

 人工物と自然が織りなす不思議な造形に、思わずため息が漏れた。


 高くそびえる時計台からは、時を告げる鐘が、周囲に鳴り響いている。



 先ほどいた場所とは比べものにならないほど冷たい空気が満ちている。

 凛とした静けさに包まれ、アミティーは思わず深呼吸を繰り返した。


 澄み切った冷気が身体の隅々まで染み渡るような心地よさに、アミティーはうっとりと目を細める。



「どうぞ、こちらへ」

 静かな案内に従い、ひときわ大きな建物へと足を踏み入れる。


「……すごっ」


 内装は、大聖堂を思わせる造りだった。

 高く伸びる天井。

 柱は白く、床一面には、深い瑠璃色の絨毯が敷き詰められている。

 足音さえ、どこか慎ましく響いた。



「この奥が、居住区となっております」


 静かな声に導かれ、さらに進む。

 ふと、周囲にいた来賓たちの視線が一斉に前方へ向いた。



「……なにかあったのでしょうか?」

「分からない……」


 ミケと小声で言葉を交わす間にも、大聖堂内の空気は確実に張り詰めていく。


 やがて、人々の間をゆっくりと進みながら、一人の壮年の男性が歩み寄ってきた。


 純白の法衣をまとい、その背後には数名の司教が控えている。

 その姿を認めると、神官たちは即座に深く頭を下げた。


 一目で分かる。

 この場における、揺るぎない中心人物だ。



「尊きお方。ようこそお越しくださいました」


 その男性が、アミティーに声を掛けた。

 低く、よく通る声だった。


「私、この総本山にて教皇の任に就いております、ラクシュと申します」

 アミティーは息を呑んだ。


 神龍教の教皇。

 総本山において、最高位の人物だ。



「ご丁寧にありがとうございます、教皇様」

 自然とアミティーの背筋が伸びる。


「エルディア王国より参りました、アミティー・フォールと申します。第一王子カーサー殿下の婚約者候補として、この地を訪れました」

「これはこれは……」


 教皇は、穏やかに目を細めた。


「アミティー殿。どうぞ、こちらへ」


 教皇はそう言うと、大聖堂の奥へとアミティーを導いた。

 周囲の神官たちは、静かに頭を下げている。



 ――ここは、信仰の都。

 そして、神の名のもとに秩序が保たれる場所。


 アミティーは、胸の奥で静かにそう理解し、教皇の後に続いた。



 この先、自分の人生が大きく変わることを、アミティーはまだ知らない。


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