表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/12

第十話 総本山への招待状

「総本山? 嫌ですわ。わたくし、寒いところが苦手ですの」


 王城の庭園で、シルビアはゆっくりとカップをソーサーに置きながら、目の前に座るカーサーに言った。


「そう、だったな」


 総本山は、浮島であり標高が高いこともあって、かなり寒いと聞いている。

 カーサーは考え込むように目を伏せた。



「それにその時期は、王領でのバカンスと決まっているではありませんか? 欠席でよろしいのでは?」

「ふむ、だがそうなると代役が必要だ」

「それなら、ライル様に行ってもらえば宜しいのではなくて?」

「ライルか」

「ええ」


 カーサーは、ライルが以前「一度でいいから総本山へ行ってみたい」と語っていたことを思い出した。

 大司教の息子である彼にとって、神龍教の総本山は憧れの地だった。



「ライル様も喜ばれるでしょう。大司教様も参加されますし、良い社会勉強になるのではないかしら」


 カーサーは腕を組んだ。

 この件の判断は、父である国王から一任されていた。

 必ずしも参加するよう命じられているわけではない。代理を立てることも認められている。


「確かにそうだな」


 カーサーは頷いた。

 シルビアの父は現宰相だ。

 彼女が強く推した案を、わざわざ退ける理由もないだろう。



「せっかくだから、アミティー様も連れていったらどうかしら?」

「アミティーだと?」

 カーサーは怪訝そうに眉をひそめた。



「ええ。身の回りの雑務をさせるのに、丁度良いでしょう?」

「雑務なら、確かに問題はないか……」

「あの子、カーサー様の隣に立つにはまだ少し経験不足ですわ。こういう場で経験を積ませてあげなければ、きっと潰れてしまいますもの」

「……そうだろうか?」

「カーサー様ったら、女心にうといのだから。そんなことだと、嫌われてしまいますわよ」

「なに!?」

「まあまあ、冗談ですわよ。うふふ」


 カーサーは気まずそうに視線を逸らすと、おもむろに席を立った。


「もう行かれるのですか?」

「陛下に報告が必要だ」

「カーサー様」


 去り行くカーサーの背中を、シルビアは呼び止めた。


「なんだ?」

「素敵なバカンスにしましょうね」


 シルビアはにっこり微笑んだ。




 一人になったシルビアは、使用人に新しい紅茶を入れさせ、ゆっくりと香りを楽しんだ。


「総本山には、本物の青を持つ方々が集まりますもの。あの子も、自分の立場を理解できるでしょう」


 シルビアは心の底からそう信じていた。

 身の程を知ることも、立派な教育なのだから。


 アミティーが日々こなす雑務の多くは、シルビアが父へ頼んで回させているものだった。


 身分の差を覆すには、死ぬ気で努力するほかない。

 それができないのなら、それまでの器というだけの話だ。


 父もまた、アミティーを快く思ってはいなかった。

 おかげで話は驚くほどスムーズに進んだ。



 下々の者も、働けば対価を得られる。

 だからアミティーにも、きちんと給金が支払われるよう父へ頼んであった。


「それで家計が助かるなら、なお宜しいのでは?」


 給与も出る。

 家計も助かる。

 経験も積める。

 あの子のためにもなる。



 我ながら悪くない采配だ。

 シルビアは満足げに紅茶を口へ運んだ。





 その日のうちに、宰相がアミティーの元を訪れた。


「この日程で、神龍教の総本山に行ってもらう」


 アミティーは、書簡を受け取りながら思わず息を呑んだ。

 だが、なんとか無表情に努めた。



「……私が、ですか?」

「五年に一度、世界各国の上層部が集まる式典だ。参加予定だったカーサー殿下には外せない用事ができたのだ。ライル殿が代役となるため、お前は雑用係として同行しろ」

「ライル様の雑用、ですか」


 必死に口元を引き締める。

 思っていた形とは違う。

 だが、総本山へ行けることに変わりはない。



「……私でお役に立てるでしょうか?」

「つべこべ言わずに行ってこい」


 宰相は感情のない声で続ける。



「ああ、それと。くれぐれも余計な発言は慎め。黙って我が国の名を売ってこい」


 それだけ言うと、宰相は振り返りもせず部屋を出ていった。



「いや、……おかしくない?」

 思わず声が漏れる。


「黙って名を売るって……なに?」

 意味がさっぱり分からない。



「……まあ、いっか!」



 そんなことより、総本山だ。

 ついに行ける。

 それだけで十分だった。

 宰相の態度など、どうでもよかった。



「……完璧じゃない、完璧!」



 合法的に国を出られる。

 しかも夏季休暇中なら、しばらく姿を見せなくてもカーサーたちは不審に思わない。


「……いける! にししっ」

 アミティーの口から、令嬢にあるまじき笑い声が漏れた。



「お嬢様……」

 黙って部屋の隅にいたミケは、呆れたようにこめかみを押さえた。


「あ、いけない」


 周囲を見渡し、アミティーは慌てて口をつぐんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ