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9 事件の経過: 対応済

 静けさが戻り、突然の光と風に驚いた人達がテントの外に出てきた。

 外にいた龍達は星の気配を感じていち早く遺跡の光のドームの中に逃げ込んで無事だったが、動転して飛び立った二頭は風に飛ばされ、姿が見えなくなっていた。



 フレデリカ達のいるテントでは、空からの不意の天災を免れてほっとしたのもつかの間、落ちてきた侯爵を護衛や魔法使い達が取り囲んでいた。侯爵は心臓に大きな氷錐が刺さったまま凍り付いていて、額や両手足にも氷錐が貫いたままだ。露わになっていた下半身を毛布で覆い、氷錐を抜こうとしたが、体に食い込んだまま周りも凍りつき、どうしても抜くことができない。


「このっ! おまえのせいで閣下は!」

 いらだった護衛がフレデリカを捉えようとしたが、執事が

「手出しするな」

と一喝した。

「し、しかし…、…」

 護衛はためらいながらもその言葉に従ったが、剣の握りをつかんだままいつでも切る準備があることを見せつけてくる。他の護衛も同じだ。ここでフレデリカが逃げたり、誰かを攻撃しようとしたなら迷わず斬りかかってくるだろう。それを何事もなくよけきる自信が今のフレデリカにはなかった。攻撃されれば今度は腕だけでなく全身を炎で焼き尽くしてしまうかもしれない。


「…エデルワースに代わり謝罪する。怖い思いをさせてすまなかった」

 執事の謝罪に周囲がざわついた。ただでさえ自分達が謝る側なのが納得いかないのに、滅多なことでは謝らないこの偉そうな男が頭を下げたことに驚愕し、更に不満を募らせている。それでもフレデリカは安易に「許す」とは言えなかった。

「帝国では、…魔物を仲間にしてるの?」

 フレデリカの質問に執事は要領を得ず、

「は?」

と返すしかなかった。

「あれ、…淫魔、でしょ?」

 フレデリカは嫌な虫でも見るように、横たわる侯爵に目をやった。

「色仕掛けで誘惑して人の生気を吸い取る魔物がいるって、読んだことある。…生気だけじゃなく、魔力まで吸い取るなんて……、フォリスさんから生気も魔力も奪ったのはこいつでしょ? それでも足りず、…」

 襲われた時のことを思い出すと怖くなり、拳をぎゅっと握りしめた。


 執事はフレデリカの頭の上に手を乗せ、髪を軽くかき乱した。いつの間にか手が届くところにいたが、フレデリカは執事を攻撃しようとは思わなかった。

「帝国が魔物を使役しているという事実はない。確かにあれは淫魔に近いことをやっているが、あれでも人間だ」

「にん、…げん? …あれが?」

 フレデリカはブルッと身を震わせた。侯爵は魔力を持つフレデリカを見て迷うことなく獲物と見定め、襲ってきた。フォリスを相手にする時のように心を惑わせることも省き、無理矢理魔力を奪い取ろうと…。

 ギラギラと見開かれた目、飢えたような表情。交尾のために雌を押さえつける姿は魔物でないなら獣だ。あれを人と認めることなどできない。

 凶悪な魔物は退治する。ましてや魔法使いの魔力を奪おうとするような輩ならなおさらだ。


「あいつは帝国の四天王の一人だ。規格外の魔力を持っているせいで、魔物と間違られても仕方がないが…」

「人から奪った魔力をため込んでるだけで、あいつ自身の魔力なんて全然大したことないじゃない。あれは魔法使いじゃない、魔力泥棒よ」

「魔力泥棒か…。こんな場所で戦になると思わず、あいつに無理を強いたのは私だ。連日の交戦に魔力切れになり、補給を()いたのだろう。おまえに害をなそうとしたことは謝る。怒りはもっともだが、氷の楔を打たれたままでは弔うのもままならん。あの氷を解いてもらえんか?」


 このテントに来てから、この男は侯爵のことを敬称もつけず呼び捨てにしている。今だって「あいつ」呼ばわりだ。この男は侯爵の執事ではなく、侯爵よりも上位の者。帝国で侯爵よりも上となると、公爵、あるいは…

「…あなたは、皇帝陛下? …ですか?」

 フレデリカの問いに、執事はにやりとワルそうな笑みを浮かべた。

「いかにも。我が名はルシアン・ペルペトゥス。帝国を統べる者だ」


 道理でこの人を名で呼ぶ者がいなかった訳だ。フレデリカは自分の察しの悪さに深くため息をついた。よりにもよって帝国の皇帝(トップ)だとは…。

 氷錐を解くのは気乗りしなかったが、ここで皇帝の不興を買っても仕方がない。フレデリカはしぶしぶながら小さく頷いた。

 フレデリカがパチンと指をはじくと、侯爵に突き刺さっていた氷錐は瞬時に溶けて蒸発した。

 刺されたばかりの状態が凍ったまま維持されていたおかげで、近くにいた魔法使いが即座に治癒魔法をほどこすと侯爵の傷は癒え、心音が復活し、息を吹き返した。ただしそれは氷魔法の傷だけで、下半身に突き刺さる魔道具の破片には魔法が通らず、体に埋まった破片を一つ一つ取り除きながら傷を塞いでいくしかなかった。医師にとっても魔法使いにとっても楽しい仕事ではないだろう。

 しかし傷は癒えても他人の魔力を取り込む機能も、魔力を溜める部位も元に戻ることはない。命は戻ろうとも、侯爵は今後魔法使いとして生きていくことはできなくなっていた。



 一方、護衛の腕の炎は隕石落下の騒ぎの時に消えていた。両腕は炭のように真っ黒になっていたが、治癒魔法がかけられると皮がむけるようにつるりと焦げが取れた。焦げがなくなった腕は一回り細くなっていたが、以前よりも艶やかな状態で、チリチリとした痛みは続いていたが動きに障害はなかった。護衛を退職せざるを得ないと覚悟していたが、そうならずに済みそうだと仲間には笑顔を見せていたが、フレデリカとは目を合わせることはなかった。



 自分の頼みを聞き届けた小さな魔女。一人の死者も出なかったことにルシアンは満足げに頷き、座り込んだままのフレデリカを抱え上げるとテントを出た。護衛達は驚き慌てて皇帝を追いかけた。

「陛下、お待ちを」

「そのような危険な者を連れては…」

「私が代わりに運びますので」

 伸ばされる手にも、どんな声がけにも耳を貸すことなく、

「道を空けろ」

とまとわりつく護衛を追い払い、フレデリカを自身のテントに連れて行った。


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