10 反省点: 多数
遺跡があるような場所にもかかわらず、フレデリカは風呂に入れてもらえた。人が座って入れる大きさの桶に湯が張られ、侍女がフレデリカの髪を洗い、体を清めた後、夜着に着替えさせた。夜着は肌触りはよかったがフレデリカには少しぶかぶかだった。
着ていた服は侍女が持って行ってしまった。破れていたので捨てられてしまうのだろうが、ちゃんと庶民が着るような着替えを用意してもらえるだろうか。フレデリカは心配になった。
入れ替わりにルシアンが戻ってくると、フレデリカを軽々と担いでベッドに寝かせた。ベッドは簡易な作りだがテント生活とは思えない軽くてふっかふかな寝具がフレデリカの体を包み、その快適さに自然と体から力が抜けていく。
ルシアンはベッドの横に椅子を置いて座った。一見看病するようなスタイルだが、座り方が付き添う者のそれとは違い、背もたれに腕をからめて足を組み、妙に偉そうだ。
「エデルワースには最後まではやられていないのだろう?」
若い娘にとって一生の問題になる強姦未遂事件も、皇帝にとってはどこかの平民の娘に起きたよくある事件にすぎないらしい。しかも未遂ならなかったことにできるとでも思っているようだ。
「陛下は自分に刃を向けた人間を、殺してないからといって許しますか?」
「それは無理だな」
わかりやすい例えにルシアンは即答した。同じ思いだと理解してもらえるといいが。
「フォリスさんをここに連れてきたのは、初めから侯爵の魔力補給が目的だったんですね?」
ルシアンは答えなかったが、それがフレデリカの予想通りだということを示していた。
わざわざジキータにまで求人に来た理由は、周辺国との抗争に侯爵の魔力を補給する必要があり、豊かな魔力を持つ魔法使いを連れてくるためだった。もしかしたら遺跡調査担当の魔法使いがいなくなったのも事故だけではなく、侯爵に魔力を奪われたせいかもしれない。
侯爵が日頃つけていた香水には微量の薬、恐らくは誘淫剤が含まれていた。魔法使いに言い寄り、その気にさせてまぐわいながら相手の生気と魔力を吸い取る。恐らく常習犯だ。
帝国か侯爵家で雇用すると言われたか、あるいは婚姻をほのめかされ、フォリスがその気になった可能性もある。力ある魔法使いを妻や愛人として契約することはさほど珍しくもないが、口約束で終わることも多いと聞く。
誘淫剤の効果にしろ、名誉ある職や縁組みで気を引いたにしろ、フォリスは誘いに応じ魔力を奪われてしまった。たった二日で倒れるほど生気も魔力も奪っておきながら、今日も侯爵はフォリスからの魔力補給を当てにしていた。無遠慮な魔力の奪い方から見ても、侯爵にフォリスへの愛情などありはしない。
しかしフォリスの魔力は尽きかけていて、すぐ近くにいたフレデリカに魔力があるとわかると、すぐさまターゲットを替えた。
戦闘で力を使い果たし相当飢えていたのか、はたまた色気もない子供相手だからか、その気にさせるのも略して欲望のままにフレデリカの魔力を奪おうとした。誘淫剤を使ったところでフレデリカには効かず、まやかしの合意の元で魔力を奪うことなどできはしなかっただろうが、力ずくで乱暴を働くなど、愚劣にもほどがある。
魔力泥棒に氷錐を刺したことを、フレデリカはこれっぽっちも後悔していなかった。生き返ったのが腹立たしいくらいだ。
「魔力切れするほど魔法を使わせるなんて、帝国は遺跡調査を隠れ蓑にして、近くの国を襲撃してたんですか?」
「いや、侵略目的ならまどろっこしい真似はせず、とっとと軍を送って攻め落としている。先に攻撃してきたのは向こうだ。帝国の研究者が遺跡調査に向かっただけで勝手に深読みし、牽制してきたのだ。手を出さねば気付かぬふりをしてやってもよいのだが、ひとたび仕掛けられれば黙ってやられておく性分ではないのでな。…おかげでせっかくの休暇中だというのに、また属国を増やしてしまった」
他国を属国にしながら、面倒だとでも言いそうな口ぶりだ。
仕掛けてきたのが悪い。確かにそう言えなくもないが、あんな数の騎龍隊を引き連れて移動すれば、近隣の国からすれば帝国に侵攻されると疑うのもやむを得ないのではないだろうか。
しかし、休暇中とは?
「休暇って、…遺跡調査の、ために、…ですか?」
「私の趣味でね」
嘘つけ、と言いたげにフレデリカはじろりとルシアンを睨んだが、
「私は帝国魔法陣研究会の会員なのだよ」
とルシアンは至って真面目な顔で答えた。
「会員? 皇帝なのに? 会長ではなくて?」
「会長はオウル、魔法使いのじじいがいただろう。あいつだ。あのじじいは遺跡の調査隊編成権限を握っていて、皇帝であっても調査に役に立たん者は参加させんと言い張り、名誉会員など許しはしない。魔法陣が書けないうちは相手にしてもらえず、勉強を重ね、ようやく一年前に会員になり、遺跡調査に加えてもらえるようになった。まだ下っ端だがな」
皇帝なら会員にならずともマイ遺跡の一つや二つ持てそうなものだが、皇帝だからといって何でも自由になる訳ではないらしい。
「あのじじいは人使いが荒いからな。エデルワースの魔力補充の調達のついでに、遺跡調査の人手補充も頼まれたのだ。おかげでおまえを見つけることができたのだから行った甲斐はあったがな。おまえも帝国に来て魔法陣研究会に入らないか? …いや、会員にならずとも、私のために魔法陣を書いてもらいたい」
帝国魔法陣研究会会員。つまり、皇帝は魔法陣好きということだ。フレデリカが手書きした魔法陣に高い評価をくれたのも、魔法陣をきちんと見極める目を持っていることを示している。
フレデリカは魔法陣を書く技術を見込まれて雇われたのだ。自分が頑張って身につけた技術がきちんと評価されたのがとても嬉しい。
…だからといって、帝国に行く気になるかと言われれば別だ。
「いえ、私もフォリスさんも明日ジキータに帰ります」
「あの女は帝国に来たいと言っていたぞ」
やはり帝国行きを餌にしていたのか。しかしフレデリカは既にフォリスから答えを聞いている。
「もう一度聞いてみてはいかがですか? 今度は誘淫剤なしで」
どんな名目で誘うかは知らないが、フォリスが行きたいと言うのならフレデリカは止める気はない。魔法使いは自由だ。フレデリカだってジキータに戻るのは次の旅のためであって、望郷の思いがある訳ではない。家に置いてある道具をまとめたら今の師匠から離れるつもりだ。そろそろ師匠につかず、薬師として独立してもいい頃かもしれない。お墨付きはもらえそうにないけれど。
「契約した時に陛下は約束してくださいましたよね? 送迎付きって。護衛の方にも『帝国の名にかけて』無事連れて帰ると言っていただいてます。約束は果たしてくれますよね?」
ルシアンは残念そうな顔はしていたが、駄目だとは言わなかった。
信じていいのだろうか。その答えは明日になればわかる。
体が温まり、うとうとしてきた。久々に大がかりな魔法を使ってしまい、怖い思いもして、もうへとへとだ。
今日の反省すべき点は、魔力調整のアンクレットを弱めたままにしておいたことと、隙をつかれて水の仮面を着けられてしまったことだ。雇い主が帝国の貴族だという時点で、もっと緊張感を持ち、警戒しておくべきだった。
誰かに助けを求めたが、応じてくれたのは遙か上空の星だけだった。あのまま星が突っ込んできていたら自分も危なかったが、あの遺跡の魔法陣なら守り切れると信じていた。
それにしても、あの遺跡の床の魔法陣の防御力とくれば! きちんと直しておいてよかった。あんな美しく完璧な都市型防御魔法陣実際に発動する姿をこの目で見ることができたなんて超ラッキー! ただただ感激だった。星がまっすぐぶつかっていたならどうなっていただろう。それでもあの魔法陣なら守り切れたのではないかとフレデリカは思っているが、守りが星に負ければ、見届けた時が死ぬ時だったろう。
あれほどの守りの力を見せつけられたが故に、フレデリカはあの魔法陣の書き写しが帝国の手にあることを少し心配していた。帝国があんな防御魔法を持てば、軍事力のバランスが更に傾いてしまうかもしれない。
あれを使えるかどうかはあの欠けたところのある魔法陣の写しから床暖房以上の機能を読み解くことが鍵になるが…。帝国魔法陣研究会メンバーの実力次第、といったところか。
半眼でくくっと笑ったフレデリカをみて、ルシアンは手でフレデリカの目を覆った。
「子供はとっとと寝ろ」
暗さと手のぬくもりで、一気に眠気が襲ってきた。
このまま皇帝のテントで寝てしまうのはまずいと思いながらも眠気に抗うことはできず、フレデリカは眠りの世界に落ちていった。




