7 勤務最終日: 任期満了
次の日、昼休憩の前に書き上がった魔法陣を持って行くと、魔法使い見習いのアナが話しかけてきた。
「あなたと一緒に来た魔法使いのフォリスさん、倒れちゃったらしいわよ」
一緒に雇われたので、同郷と思ってわざわざ教えてくれたのだろう。フォリスは前日もずいぶん具合が悪そうだった。
「帝国で雇ってもらおうと思って、張り切り過ぎちゃったんじゃない? あの程度の魔法使いなら帝国にはゴロゴロしてるのに」
手伝いに来て倒れた者に対してずいぶんな言い方だが、魔法使い同士は皆ライバル意識が強いものだ。やはり魔法使いであることを隠しておいてよかったと、フレデリカは改めて思った。
それにしてもこんな一、二日で急激に衰弱するなど、ただの魔法の使いすぎとは思えない。明日一緒に戻れればいいが、フォリスの体調が回復するのを待ってから出発になる可能性もある。この遺跡からは引き上げることになるので、どこか近くの街に移され、そこからは龍ではなく馬車か何かで移動となると果たして戻るまで何日かかることになるやら…。
様子を見に行くと、フォリスは上級魔法使い用に用意されたテントの一つにいた。部屋は相部屋で簡易ベッドが三つあったが、この部屋を使っているのはフォリス一人のようだ。
付き添う人もおらず、頭に近い台の上に薬と水差しが置かれていたが、飲んだ形跡はない。呼吸は浅く、顔は青ざめてクマができ、髪も艶がない。
「具合はどうですか?」
フレデリカが声をかけると、目を覚ましたフォリスは息を荒らしながらフレデリカの腕にしがみついた。その手から伝わってくる魔力は弱々しく、魔法使いともわからないほどに魔力が感じられなくなっていた。
「何があったんですか? 過剰な魔法を使ったとか、大量の魔石に魔力を仕込んだとか…」
フォリスは小さく首を振った、
「か、…かっ、…か…」
かっか…?
「エデルワース侯爵閣下?」
何度も頷きながらフォリスは息をつこうとしたが、息は乱れ、震えてうまく声が出ないでいる。
フレデリカは持ってきた魔力と体力を回復する薬をフォリスに飲ませると、魔封じのアンクレットの制御を少しだけ緩め、自分の魔力を流し入れた。体内の魔力の巡りが整い、徐々に状態が落ち着いてきた。
「…、まほ…、つかえ、る…の……?」
「明日、一緒に戻りましょう。一晩でどれくらい魔力が回復するかはわかりませんが、ここには長居しない方がいいです」
フォリスは何度も頷き、フレデリカの手をしっかりと握って目に涙を浮かべていた。
「あり、…あり…が、と…」
ようやく安心できたのか、フォリスはそのまま眠りについた。
呼吸も落ち着き、脈も安定してきた。眠りが深まる魔法をかけ、フレデリカは仕事に戻った。
午後からは片付けに入り、帝国から来た調査隊一行は笑顔で明るく話をしながら帰国に向けた準備を進めていた。
フレデリカは魔法陣を右肩に書かれた通し番号通りに並べ、地図上の番号と合っているかを照合していった。
あの変化する魔法陣は帝国の魔法使い達には解読できなかったようだ。日程も厳しかったので、持ち帰っての宿題に回したのかもしれない。発見されてから六日分、フレデリカとフォリスが書いた分を併せて七枚。フレデリカは壁の魔法陣を日付順に枝番を付け、表紙をつけて綴じた。
最後の日の夜は慰労パーティが開かれた。持ってきた食材を明日の朝食分を残して使い切る前提で、平民には手に入らない高級な酒も振る舞われた。
酒が飲めないフレデリカは豪華な食事を楽しみ、魔法使い見習い達やハウウェル達龍騎士、護衛達とたわいもない話をしていた。
ハウウェルは、初めは美人魔法使いではない方の担当になり、ハズレっぷりに不満を抱いていたが、何度か会ううちに普通に挨拶する仲になっていた。明日送ってくれるのはハウウェルともう一人は龍騎士の誰か、さすがに執事は来ないと聞いた。美人魔法使いと仲良くなれるチャンスかもしれない。フレデリカは自分はもう一人の誰かでかまわない、フォリスも早く帰りたいと言っていたことを告げると、「帝国の名にかけて」無事ジキータまで送ると請け負ってくれた。
パーティを抜け、フォリスに果物を持って行くと、フォリスはまだ眠っていた。ずいぶん顔色もよくなっている。龍で送ってもらえるなら、体にはちょっと負担がかかるがその日のうちに戻れる。このまま穏便に帝国と縁を切りたい。
持ってきた果物を頭元の台に置き、その場を離れようとした時、テントに誰かが入ってきた。
声かけもなく、荒々しくテントの入り口をめくり上げて現れたのはエデルワース侯爵だった。
護衛も連れず、今戻ってきたらしくゴーグルを首にかけたままで、髪は乱れ、浅い息をつきながら目がギラギラしていた。初めて見た日の紳士ぶりからは想像もできない変わりようだ。
「フォリス、起きろ!」
フォリスを見つけると、侯爵はフォリスの腕を引き、上半身を引き起こした。
眠っていたフォリスはけだるげに目を覚ましたが、侯爵を見ると目覚めてなお夢の中にいるようなとろりとした視線を向け、甘い笑みを浮かべた。他には何も見えないような一途な視線が不自然だった。昼間はおびえていたのに…。
「こうしゃく…さま…」
侯爵に手を伸ばし、抱き着こうとしたが、力が抜けて手はだらりと下がり、そのまま前のめりになった。
倒れそうなフォリスを受け止めた侯爵は不機嫌そうに顔をしかめ、心配する様子は見られない。
「フォリスさんは魔力欠乏のようで、今日はずっと眠っていたんです」
「魔力欠乏だと…。あの程度で。…役に立たん」
侯爵はフォリスを突き飛ばし、フォリスは背中から倒れてそのままベッドに横たわった。手は宙をさまよいながら侯爵を求めているが、侯爵は近づこうともしない。
やがてフォリスの手はその重みに負けてパタリと落ちた。
テントから出て行こうとした侯爵が振り返り、急に足を止めた。
「なんだ。…おまえ、魔法使いだったのか」
侯爵はフレデリカを見ていた。一度も合ったことのない目が合った。
フレデリカはアンクレットの魔法制御を緩めていたのを思い出した。
にやりと侯爵が見せた笑みに、フレデリカは鳥肌が立った。
「おまえでいい。来い!」




