12 離職: 円満(?)
雲のない晴天に、落ち着きなく上空をぐるぐると飛び回る龍達はまるでとんびのようだ。そこへどこかから龍が飛んできて、騒ぐ龍達の間を割って地上へと降りてきた。
金の鞍を着けた黒龍。あれは皇帝の龍だ。
星落としの音にひるむ様子も見せず、黒龍は皇帝の指示に違うことなく着地した。その後ろに続いて護衛が乗っていた龍も降りてきたが、地上付近でバタバタとホバリングして着地を躊躇し、護衛に強く命じられてようやく足をついた。
上空に逃げていた龍騎士の龍達も、黒龍を追って一頭、二頭とまばらに高度を落とし、呼び笛に反応してようやく残りの龍達も戻ってきた。
「何事だ」
黒龍から降りたルシアンに騎龍隊の隊長が駆け寄った。
「あの者が龍達を脅かし、龍達が逃げたのです。首に輪を着けながら魔法を放ち…」
怯えの混じった目を向けられ、フレデリカは手にしていた小さな魔道具を投げ渡した。
「…これを使いました」
スイッチを押すと内蔵の魔力がわずかに残っていて、小さく青い炎が出た。さっきの炎とは比較にならないくらい小さいが、トリックだったと言われて隊長は安堵し、目の前の魔法使いへの警戒は薄まっていた。普通に考えればこんな葉巻に火を付ける程度の装置であんな炎が上がるわけがないのだが、細工をしたとでも思ってくれたのならありがたい。
フレデリカはちょっと龍を驚かせて騒ぎを起こし、そのすきに龍を拝借して逃げ帰るつもりだったのだが、中途半端な首輪の魔力制御のせいで加減を間違えてしまった。これ以上下手に動くと首輪の制御があまり効いていないことがばれてしまい、本当に捕らわれてしまう。
あとできることと言えば、文句を言うくらいか。
フレデリカは期待薄と覚悟しながらも、ルシアンに言葉で不満をぶつけた。
「誠実に仕事をしたのに、首に変な輪をつけられ、鞄は盗まれ、賃金は払われず、家に帰してももらえない。この不手際、雇い主としてどうなんです?」
皇帝を前にしてもひるまないフレデリカ。服従の魔法は全く効いてないのは明らかだった。
帝国で四天王とまで言われたエデルワース侯爵は魔法をなくして老け込み、見る影もないという。その元凶がまだ幼さも残るこの女だ。皇帝と魔女が戦えばどうなるか、周囲にいた者はヒヤヒヤしていたが、ルシアンは怒るどころか面白がってにやけ顔を見せている。
「確かに首輪は私が付けた。あんな魔法をぶっ放す奴を何の制御もなく野放しにしておくのは危険だったからな。他は知らんが、まあ私が責任者だ。何とかしよう」
意外とあっさりと対応してくれそうな皇帝に対し、後ろの護衛が反論した。
「陛下! 陛下と契りを交わした者は帝国に連れ帰らねばなりません。もしお子ができていたら…」
契り…?
護衛の誤解に、フレデリカは混乱した。何故そんなことになっているのか訳がわからない。ちんぷんかんぷんなのが思いっきり顔に出ていて、ルシアンは声を上げて大笑いした。
「あれを我が寝床に迎えたのは、我が願いを聞き届けた魔法使い殿に敬意を表し、最上級の寝場所を提供しただけだ。添い寝もしておらんわ」
ルシアンが自身のテントにフレデリカを連れて行ったせいで、フレデリカが皇帝のお手つきになったと一部の臣下が勘違いし、フレデリカを足止めしていたのだ。ここで働く者の間で噂はあっという間に広がり、フレデリカは帝国に行く、ジキータに戻る選択肢はないとみなされてしまったのだ。
警戒心もなく、ぐっすりすっきり眠ってしまい、首に輪を着けられたのにも気付いていないのだから、ふわふわお布団の威力は恐ろしいものだ。皇帝に連れられ、皇帝のテントで寝るということがそういう意味になるなど考えも及ばず、善意に甘えて熟睡するなどまさに「お子様」だ。
フレデリカは周りからそんな目で見られていたことが、そしてそうなることを全然わかっていなかった自分が恥ずかしくなった。
「…あれの鞄を探してこい。賃金は金貨六枚だ。すぐに用意しろ。…これでよかったか?」
「ちゃんと龍でジキータまで送ってください」
「…だそうだ。構わん、手配しろ」
「はっ!」
護衛達はすぐさま指示に従い、龍騎士隊はジキータ行きの二頭目の龍を準備をした。
即座に賃金は支払われ、少し時間がかかったが鞄も見つかった。賃金として受け取った六枚の金貨を小さな布袋に入れて鞄の中にしまった。あんな粗末な袋に金貨が入っているとは誰も思わないだろう。
ハウウェルの龍には予定通りフォリスが同乗し、フレデリカのために後から用意されたもう一頭にはハウウェルより若い騎士が乗ることになった。今回の遺跡調査中にはあまり見かけなかった顔だ。
整った顔立ちをしているが、表情に乏しいせいか近寄りがたく見える。緊張しているのだろうか。
この騎士を遠巻きにして眺めている女の子達がいる。この人に乗せてもらうといらぬ嫉妬を生みそうで、あまりお近づきになりたくないが、これ以上わがままを言って帰してもらえなくなると困る。引き留められる言い訳を作ってはいけない。
龍の方は体は大きくどっしりと構えていて、飛び慣れているベテランに見えた。龍さえ優秀なら何とかなる、はず…。
あとは帰るだけなのに、ここにきて
「おい、黒いの、帝国に来ないか?」
とルシアンが再度誘ってきた。諦めたのではなかったのか。
フレデリカは迷うことなく
「お断りします。金払いの悪い国は信用できないので」
と答えた。
皇帝直々の誘いを断るフレデリカに周囲は嫉妬やいらだちを込めてざわついていたが、ルシアンの視線の動きだけで静まった。
「名を聞いてよいか?」
今頃になって名を聞かれ、フレデリカは
「黒いの」
と答えた。
鼻で笑いながらも、ルシアンは腕を組んだままフレデリカを見やり、答えを待っている。調べようと思えば簡単に調べられることだ。雇用契約書にサインしたのに覚える気もなかったくせに…。
答えなければ帰してもらえそうにないので、フレデリカは渋々自分の名を口にした。
「フレデリカ」
ぶっきらぼうに答えたが、ルシアンはその名に驚きを見せた。
「フレデリカ…、フレデリカだと? …おまえ、エテルナにいたことはないか」
エテルナ。一年半ほど前にフレデリカが一ヶ月仕事をした魔法都市の名だ。何故皇帝がそんなことを知っているのだろう。
「あります…けど?」
「ブレントン・グローヴァーという男を知っているだろう」
ブレントン…? はっきりとは覚えていないが、あまりいい印象がない名だ。
「魔法都市の魔法管理局長をしている男だ」
「…? あ、あのエロおやじ!」
フレデリカはかつてダンディ気取りの男からセクハラ行為を受けたのを思い出した。
フレデリカの言葉に周囲は固まっていたが、フレデリカは空気を読むことなく、とどめを刺した。
「仕事の引き継ぎ中にお尻やら腰やらやたら触ってきたおじさん、確かそんな名前だったかも。帝国関係者だったんだ…。帝国って、エロおやじばっかり…」
グローヴァーは帝国では知らない者はいない高名な魔法使いだ。かつての帝国四天王の筆頭、魔法の腕は確かだが、女性関係が奔放すぎてとある王族といざこざを起こし、その国と和平条約を締結する条件としてグローヴァーは帝国を離れることを余儀なくされた。しかしそれはあくまで表向きの話で、今なお帝国とつながりを持ち、周辺国の情報を流している生粋の帝国人だ。
そのグローヴァーが気になる「魔女」として語った名が「フレデリカ」だ。半狂乱のエデルワース侯爵を仕留め、グローヴァーのことを知っていて、年も似通っているとなれば、同一人物で間違いないだろう。
多彩な魔法を無詠唱で操る魔女。帝国に欲しい人材だ。やはり無理にでも帝国に連れ帰ろうかとも考えたが、たった今帰る許しを与えたばかりだ。魔女の機嫌を損ねてはいけない。まだ機会はあるのだから。
「魔法陣の仕事なら、また引き受けてもらえるか? おまえの書く魔法陣は美しい」
ルシアンのその言葉に偽りは感じられず、
「…気が向いたら」
とフレデリカは答えた。




