13 離職: 円満(!)
龍はジキータに向かい飛び立った。
フレデリカを乗せた龍を操る男は実に無愛想で、自己紹介もないままだ。行きのハウウェルがかわいく思える。龍騎士としてはまだ見習いかと思わせるほどに龍の操作はたどたどしく、龍もまた乗っている男を馬鹿にしているのか、時々気ままな飛び方をしてフレデリカを怖がらせた。
途中のオアシスで、小声でハウウェルに聞いてみた。
「あの人、…もしかしてまだ龍騎士見習いとか?」
「見習い…、じゃないが…。あまり慣れてはいないな」
「行きにあなたがわざと私を怖がらせる飛び方してたんだって、よーくわかるくらい怖いのよ。帝国行きを拒否した私への嫌がらせ?」
「いやいや、あいつは騎士としては結構凄腕だぜ? 守りというならこれ以上ないほどの確かな守りになるが…、龍は、なあ…。うーん…」
どんなに騎士として優れていても空の送迎にはあまり関係ない。この人材が割り当てられた意図がわからず、フレデリカも
「うーん…」
と首をかしげるしかなかった。
今回は平等に用意されていた昼食を四人で食べた。龍達にも果物があり、オアシスに自生している果実の実も好きに食べてご機嫌になっている。
少し時間をもらってサドクキノコモドキを四つ掘り出した。素材として使ってもよし、売ってもよし。滅多に来られない場所だけに、帰りも立ち寄れてよかった。
オアシスから先、龍の飛び方が穏やかになっていた。この見習い君が慣れてきたのか、それともハウウェルの龍がフレデリカの乗る龍に何か伝えたのか。
ジキータに着く一つ前の街で、ねぎらいのつもりで
「お疲れ様」
と龍を撫でたが、目をぎゅっと閉じて歯を食いしばっていて、心地よく撫でられているというよりも、苦手だけど我慢している感が強い。やはり龍同士のコミュニケーションで、フレデリカに逆らうなとでも伝えられたようだ。
「このまま目的地まで、よろしくね」
警戒を解くために笑顔をふりまいたが、それがかえって怖かったようで、龍はぶんぶんと首を縦に振った後、目をそらした。せっかく仲良くなろうと思ったのに逆効果だった。いつものこととは言え、ちょっと淋しい反応だ。
この街でフレデリカは魔力制御のアンクレットを作る素材を購入した。給金をもらった今なら良い素材を選べる。働いた甲斐があるというものだ。
支払いをした時に自分の鞄に見知らぬ宝石やアクセサリーが入っているのを見つけた。金貨も手渡されたのは六枚だったはずなのに、鞄の底から七枚目が見つかった。金貨なら使ってしまえば後腐れはないが、フレデリカはそれもハンカチに包んで、
「これ、陛下に返しておいてくれる?」
とハウウェルに託した。
「陛下からのお詫びの品なんじゃないか? 陛下は金持ちなんだからもらっとけば?」
と言われたが、その気になれなかった。過分な物を手に入れれば何かあるかわからない。直にくれると言われた訳でもなく、後で盗んだなどと言いがかりをつけられても困る。
ハウウェルはフレデリカの気持ちをくみ取り、受け取った。
フォリスに首輪が外せるか試してもらったが、残念ながらそう簡単にはいかなかった。書いてある文字を書き写してもらい、後から解除方法を考えることにしたが、
「どうして帰る前に外してもらわなかったの?」
とフォリスに聞かれた。いろいろ思惑はあったが、
「早く帰りたかったから」
と答えておいた。
あの場で取ってくれと言えば、渋られ、いちゃもんをつけられて帰るのがますます遅くなっただろう。自分の強すぎる魔力が龍の飛行に影響する可能性もあり、制御する何かは欲しかった。それに追跡魔法の仕組まれた道具を身につけていることで、皇帝は後で何とでもなると帰宅を許してくれるのではないかと思っていた。そして実際その通りになった。
この首輪の素材は悪くないものだ。魔法を解除すれば高く売れるだろう。
ジキータに着くと、フレデリカはさらりと龍騎士達に別れを告げた。
「どうもありがとう。元気でね」
「その気になったらいつでも帝国に来いよ」
ハウウェルは最後まで勧誘してきたが、
「行きませーん。さよーならー!」
元気いっぱい答えて振り返らないフレデリカと、ちらっと振り返り、手を振ったフォリス。
ハウウェルは二人の後ろ姿を見送ると、もう一人の騎士と共に帝国へと飛び立った。
フォリスとも別れ、まずは師匠に戻ってきたことを伝えるために薬屋に行くと、見知らぬ若い男が店番をしていた。
「いらっしゃいませー」
朗らかで愛想の良さそうな人だ。
「どなたですか?」
「モートンと言います。昨日からジョージ師の弟子になりました」
新弟子? これは都合がいい。
「私も師匠の弟子で、フレデリカと言います。ちょっと数日出かけてて、今戻った所なんですけど。…師匠は?」
「今出かけてます。北の町で風邪がはやっているようで、薬を届けに行って、三日後に戻ってくると言ってました」
「モートンさん、薬師の経験は?」
「ありません。つい先日まで素材集めの仕事をしてたんですが、頼まれた薬草を届けに来たら師匠に見込まれまして」
素材がなくなって代金が払えず、「雇用」でごまかしたのだろう。
フレデリカは師匠が戻ってくるまでの間に、モートンに弟子の仕事を教え込んだ。
ここでの仕事はほぼ素材集めだ。フレデリカ以上にモートンの方が詳しいかもしれない。
素材となる薬草をよく知っていて、知らないものも薬草畑で実物を見せると葉の形や葉の裏を観察して見比べている。畑の管理にも熱心だ。これなら薬草の知識はすぐに身につくだろう。
薬草の下処理は基本的なものくらいしか教える時間はないが、扱いは丁寧だ。後は師匠が追々教えてくれる…といいが。
店の仕事が終わると、夜は小屋で魔道具のアンクレット作りに励んだ。微調整が終わり、自分の魔力を完全に遮断できることを確認すると、首につけられていた首輪を取った。
フォリスが首輪に付された文字を正確に読み取ってくれたおかげで簡単に外すことができた。帝国の魔法使いが褒めるくらいだ。しっかりと修行を積んだ魔法使いなのだろう。フォリスなら帝国でも充分やっていけると思えたが、帝国の連中は魔力搾取に気を取られすぎていた。
帝国には優秀な人材も多いが、必ずしも全体の質が高いとは言いがたい。大きな組織になればなるほど、協力し合うべき人がいがみ合い、足を引っ張るのもよくあることだ。
あんな国で使い捨てになるには惜しい人だ。甘い言葉に惑わされず、自分に合った場所で活躍できるといいのだが…。
外した首輪は腕輪にできる程度の大きさに作り替えた。素材はいい物を使っているが、大した魔道具ではない。首輪を付けていても炎の魔法も星落としに似た音も出せた。罰則の魔法も遮断できたし、皇帝への忠誠心も芽生えなかった。遺跡調査に罪人拘束用の首輪を用意してなくて、急遽似せて作らせた劣化版なのかもしれない。
もし本物だったら、今頃皇帝の犬になっていただろうか。
フレデリカは二つに作り替えた輪の一つを魔法を解除して素材として売り、もう一つは罰則の雷魔法を解除して、馴染みの黒いノラ猫の首に着けた。
師匠が戻ってくると、ここを離れて別の街で修行したいと話したが、
「おお、そうか。好きにしたらええ」
で話は終わった。何ともあっけないが、来る者は拒まず、去る者は追わず。何とも師匠らしい。新しい弟子もいることだし、フレデリカがいなくてもどうとでもなるだろう。
その翌日、食堂の女将さんが餞別にと料理を振る舞ってくれ、ちょっとしたお別れパーティを開いた。
腕輪を売って得たお金でお酒を振るまうと皆喜んでいた。何故去る方が飲めもしない酒に金を出しているのかは謎だが、皆ご機嫌になっている。金のある者が金を出す、世の中そんなものだ。
翌朝、朝一番の駅馬車でフレデリカはジキータの街を離れた。
見送る者はおらず、フレデリカがどこに行ったのか誰も知らなかった。




