前代未聞の澱み
「……何、これ」
ミミはソロ最高峰としての直感で、思わず足を止めていた。
適正であるS級第二ダンジョンの中腹、第4層の細い通路の先。そこに、不気味な発光を伴う濃密な魔力の澱み——『魔力溜まり』がのたうっていた。
この島の歴史において、一度も記録がない前代未聞の現象。魔術回路を走らせてその性質を探ろうとしたミミだったが、あまりの異質さに肌が粟立つ。
「知性モンスターの罠? いいえ、もっと構造が未知数だわ。今ここで不用意に近づいて余計な魔力を消費するのは、危険(非合理的)ね」
ミミは冷徹に判断した。細心の注意を払いながらそこを完全に無視し、最短ルートで最奥へ直行。ボスをスマートに仕留め、きっちり8時間の適正タイムでダンジョンを踏破した。
だが、ギルドに戻って詳細な報告を上げたとき、ギルドマスターは頭を抱えて青ざめた。
「前代未聞の現象です。過去の文献にも一切の記述がない。正体が分からない以上、下手に調査隊を近づけて刺激するのはリスクが高すぎる……。下手に触ってスタンピード(180時間突破)でも起こされたら島が崩壊します。今回はとにかく『近づかず、様子を見る』しかありません。一時的な自然現象であることを祈りましょう」
ギルドマスターの真剣な困惑。その緊迫した空気を破ったのは、受付のすぐ横の高級ソファから聞こえた、気の抜けた低い声だった。
「……魔力溜まり?……食えるのか……?」
「食えません」
寝ぼけ眼で大真面目に呟いたデリカに、ジレンが1ミクロンも表情を変えずに突っ込む。
デリカは「……なんだ、食えないのか。めんどくさ……」とボソボソと呟き、ヨダレを拭うこともなく再びソファに沈み込み、1秒で深い睡眠(二度寝)へと戻っていった。本人は至って真剣に食材の新規開拓を期待しただけなのだが、その圧倒的なボケに、ミミはこめかみをピクピクと震わせる。
「ちょっとデリカ! 緊迫した空気の中で最高峰の食い意地張らないでよ! だいたい、ジレンもジレンよ。あんた達、島全体の防衛に関わるかもしれない大異変なのよ!?」
ジレンは1本2,500ガリルの高級回復薬をゴクゴクと飲み干しながら、冷ややかに言った。
「ミミさん、大声を出すと疲弊して、次回のS級タイマーまでに魔力を無駄にロスしますよ。一時的な澱みなら、あと36時間は完全に放置しても問題ありません。兄の睡眠を妨害するレベルの災害に育たない限り、僕たちのチャーハン燃料(魔力)を使うまでもありません」
ギルドの決定は「注意して無視(様子見)」。だが、人口5万人の狭い世界において、ギルドが「近づくな」と警告を出したことは、別のベクトルの問題を引き起こした。
数日後。ギルドのロビーに、ボロボロになったD級・E級の低級冒険者たちが泣きながら逃げ込んできた。
「ひえぇ! 死ぬかと思った!」「ギルドの言う通り近づかなきゃ良かったよ!」
彼らは「前代未聞のお宝があるかもしれない」と興味本位で魔力溜まりを覗き見に行き、その強力な魔力に引き寄せられて活性化していた道中の雑魚モンスターにコテンパンにのされて逃げ帰ってきたのだ。道具屋の安い薬を傷口に塗りながら喚く彼らを、ミミは冷ややかな視線で見下ろす。
「呆れた。ソロの私ですら注意してスルーした場所よ。身の程知らずに興味本位で見に行って雑魚に追われるなんて、体力の浪費(非合理的)もいいところね」
「全くだ。あいつらのおかげで、こっちの定時シフトの計画まで狂うところだったわ」
隣で愛剣の刃こぼれをチェックしていたC級のベテラン冒険者ガイが、やれやれと首を振る。
ギルドの大人たちが真剣に頭を悩ませる未知の異常事態。そのすぐ横で、好奇心で自爆する低級冒険者たちの自業自得な騒ぎが起き、そして島最強のSS級戦士は、今日もソファで何事もなかったかのように無防備な寝息を立てているのだった。




