世界最高峰のランチタイム
「街の高級店で、自然島のブランド豚を使った新作の肉チャーハンが出たらしいぜ。1皿6,000ガリルだ」
その言葉に、11歳のジレンの目が、冷徹に光った。頭脳明晰な彼の脳内で、瞬時に冷徹な損益分岐点が弾き出される。
「ミミさん、高級店の新作です。あれを僕の魔法で再現しようとすれば、こだわり食材ゆえに魔力を50%——つまり回復薬2本分(5,000ガリル)は消費します。今朝だけで20万ガリルを稼いだ今の僕たちにとっては、店で直接6,000ガリルをキャッシュで支払う方が、魔力も薬も温存できて圧倒的に合理的です」
ジレンは淡々とそう呟くと、ソファで泥のように眠るデリカの耳元へスッと口を寄せた。
「兄さん、高級肉チャーハンです。店に食べに行きますよ」
「……肉チャーハン? 行く。すぐ行く」
いつもは機能停止しているはずのデリカが、ガタッと一瞬で上体を起こした。少年のような心を持つ彼の、これが唯一の起動スイッチだった。
「ちょっと、食べ物の時だけ起きの早すぎでしょ」
呆れるミミを置いて、ガイがニカッと笑って促す。
「よし、じゃあ行くか。ミミ、お前の飛行魔法で先に行って席を取っておいてくれや」
「ええ、私が先に行ってあげるわ」
ミミはソロ最高峰としての自負を胸に、優雅に空中へ浮き上がろうとした。その瞬間だった。
「……遅い。めんどくさい」
デリカが低く呟いたかと思うと、すでにジレンを小脇に抱えた状態のまま、飛行魔法を起動しかけていたミミと、隣にいたガイの襟首を、両脇からガシッとまとめて強引に丸抱えにした。
「ちょっとデリカ!? 離しなさいよ! 私は自分で飛べるって——」
ミミの言葉は、ドンッ!という鼓膜を震わせる爆音にかき消された。デリカのチート級の脚力が爆発したのだ。
時速数百キロの音速の世界。この狭い島を、デリカは最短距離の直線ルートで爆走し、建物を、原生林を、大ジャンプで飛び越えていく。行く手を阻む風圧は凄まじく、周囲の景色が一本の線となって後方へ流れ去る。それは一切の無駄を省いた、究極に合理的な高速移動システムだった。
「ハハハ! ミミ、お前の飛行魔法よりデリカのダッシュの方が3倍は速いからな! 諦めて風をいなせ!」
風圧に顔を歪めながらも、ベテランの余裕で大笑いするガイ。
「ミミさん、大声を出すと風を巻き込んで、余計に髪が乱れますよ。兄さん、進路、次を右です」
デリカの腕の中で100%脱力し、真顔で地図を見るジレン。
猛烈なG(重力)に晒されながら、ミミは必死に風をいなしていた。自分の誇る飛行魔法を遥かに凌駕するデリカの理不尽なスピードに、プロとしてのプライドを激しく揺さぶられながら、ただ前を睨みつける。
ほんの数分後。街の高級店の前に、猛烈な突風とともに4人が着地した。
驚愕して腰を抜かす店員をよそに、デリカたちはすっかり顔見知りの慣れた足取りで、何事もなかったかのように店内に滑り込んでいく。
「いらっしゃいませ! あ、デリカ様、ジレン様、ミミ様にガイ様も!」
料理長までが厨房から飛び出してくる中、ジレンがスマートに注文を通した。
運ばれてきた新作の肉チャーハンを、デリカは「うめえ!」と少年のような笑顔でガツガツと豪快に平らげていく。ジレンはその一口を真剣に味わい、脳内の魔法レシピ本へと完璧に登録していく。一度食べてしまえば、以降は何度でも無料で召喚できるようになる。彼らにとって、これは未来への投資としての食事だった。
しかし、最後の一口を飲み込み、お腹が完全に満たされた、まさにその瞬間だった。
ガクッ。
デリカはスプーンを握ったまま、テーブルの上に頭を落として綺麗に寝落ちした。
「……もう、食べ終わった瞬間に寝ないでよ。ギルドでも店でも、あんた達は本当にだらしがないんだから」
ミミがため息を吐きながら頭を抱える横で、ジレンは涼しい顔のまま、毎日稼ぎ出す20万ガリルが入ったサイフから、数万ガリル分の代金を一括キャッシュでスマートに支払った。
「ミミさん、合理的と言ってください。これでこの新作は、次回から兄の無料燃料としていつでも召喚可能になりました」
「くっ……悔しいけど確かに賢いわね……」
孤高の天才S級として立ち振る舞うミミ、35歳のベテランのガイ、そして最強にだらしなくて最高にスマートなSS級凸凹バディ。
今日もこの狭い双子島では、強すぎて世界に飽きちゃっているトップクラスたちの、真剣で、どこかおかしな日常のランチタイムが更けていくのだった。




