5話
「やっぱり専用の服ってのは有難いな」
旅支度を早々に終えた翌日に街を出た。長居する理由は無いし、心の奥に釣り針が引っかかっているような感じがずっと有るから休みたいとも思わなかった。
「そうね。見た目よりもずっと軽いし、これなら旅の邪魔にはならないわね」
「そうですな。戦闘の際には脱ぐ必要があるかもしれませんが問題にもならないでしょう」
いつもより輪郭が幾らか膨らんだ同じ恰好をしたミラたちが頷く。彼女たちの言う通り服はモコモコとした生地が中に入っているにも関わらず外套と同じかそれ以下の重さしか持っていなかった。それでいて動きも左程阻害することなく――オーダーメイドじゃないだけにどうしても上手くいかない部分もある――温かさを確保していた。
「プロトももし、何かあれば言ってくれよ? 環境は大丈夫かもしれないけど、アイツが何してくるか分からないからな」
「うん。わかったよ。でも、なにか出来るのかなぁ?」
「さぁな。でも警戒なんて幾らしたっていいさ」
首を傾げて悩むプロトの肩を叩く。実際、プロトに直接影響を与える様な事が出来るとは思っていない。でもプロト自体が未知と言えば未知なのだ。だから警戒する理由だけは十分だった。あくまでこの度は自分とノクスの関係にケリを付ける。それが目的だ。そこで親友に何かあれば悔やんでも悔やみきれない。プロトはまだしっくりと来ていない様だったが、それは彼自身の生来の物だろうし、自分もカバーすればいい。だから本当に何か違和感があった時にきちんと伝えてくれる。それさえしてくれれば十分だ。そして皆で無事に帰る。自然と顔も引き締まって前を見る。
黙々と歩きながら、前からは冷たい風が此方を招くように纏わりつく。それは不幸へと呼び込んでいる様にも思えたし、嘲わらっているようにも感じられる風だった。それでいて、酷く軽い感じがして、大事な物が抜け落ちてしまっていた。そんな風を真似る様に空も薄暗い。まだ昼を少しばかり過ぎた程度の筈なのに、緞帳が掛かったような空は風の軽さとは反対に重苦しい。今にも泣き出しそうなのに、風があんまりにも軽くて乾いた匂いしか纏っていないから、雨の前特有のあの感じがない。勿論、雨が降らない事は旅においては重要だ。でも、この感じがずっと続くとしたら気分が悪い。きっと如何なる詩人も美しさを謳えそうには思えなかった。
「こんな所にも人は住んでいるのね」
「はい。あの店主が言うには村が点在しているようです。轍もあるようですし、嘘では無いかと」
「どんな人が住んでるのかなぁ?」
「まぁ、獣種じゃないか? やっぱり毛皮が自前であった方が良いだろうしな。後は寒い場所特有の精霊種、然種なんてのも居るんじゃないか?」
「そうね……逆に翼種は少ないのかも知れないわね。爬虫種も居ないかもしれないわ。彼らはあんまり寒さに強くないから」
「そうなんだ……環境でやっぱり大きく変わるんだね」
「えぇ。プロトも今後、色んな種族と関わる事になるでしょうから、代表的な種族の特徴は覚えておいても良いかしらね? 余計なトラブルは避けた方が無難よ」
「そうだな。これが終わったら教えてやるよ。思えばそんな話はしたことが無かったな」
「うん! ありがとう、2人とも。楽しみだなぁ」
プロトは首を左右に振り子の様に振りながら全身で喜びを示した。今まで何度も見たことがある動きだった。お陰で寒々しい空気にもホンの僅かではあったが温かさが生まれたような気さえした。
「ウィリアム! 準備出来たぞ! プロト、消し飛ばしてくれ!」
「うん! 爆ぜて!」
プロトが掲げた杖が煌々と赤く染まり、放射状に火が伸びて行く。まるで龍の息吹のようなそれをプロトが横へとゆっくりではあったが薙ぐようにする。巻き込まれたこの地の魔物たち――ヤギのような容貌と角に果実のような光る玉が釣り下がっていた。十字にわれた瞳が生理的な嫌悪を湧かせ、狂ったように揺れる伸びきった舌が不快だ――は追い込み漁に引っかかった魚の様に火だるまになって燃え尽きていった。鳴き声が虚空に響く。
「まだ来るぞ! ミラ、目くらまし!」
「えぇ、任せて!」
直後、光の玉が後続の群れへと目掛けて飛び、先頭の魔物の前でパッと爆ぜる様にして光を放つ。それに目がくらんだ魔物の足が鈍ったのを見て、ウィリアムと共に駆けだす。
「オラオラ! 邪魔だ!」
群れへと飛び込み、双刃剣を嵐の様に振ります。一々狙いを定めなくとも、刃は近くの魔物の胴体を切り裂き、空白を生んだ。そしてそれを詰めながら前へと進む。
(凄いな。力が溢れてくる! 今なら龍のウロコだって切り裂けそうだ)
双刃剣から伝わってくる感覚は以前とは大きく違っていた。見た目で言えば大きな変化は無い筈が、ノクスと力をぶつけ合ったあの後から体に見えない、それでいて大きな変化があった。その大部分は身体能力の向上だった。
二の腕が膨れたりだとか、体が幹の様に太く成るだとか、そう言った変化はないのに、両の腕で振られる双刃剣はウィリアムも唸らせた。勿論、総合的に言えば彼の方が圧倒的に膂力に溢れ、技術もあるから勝てはしない。でも、彼が片手間ではなく、正面からきっちりと受けなければならないと思わせる程には力が湧いた。
変化は膂力には収まらない。足腰も当然変化していて、獣種の中でも機敏に動ける種に引けを取らない程度には跳びまわる事が出来た。何なら崖だって駆け降りる事が出来そうだった。勿論、その調整には手間取ったが、ウィリアムが率先して手伝ってくれたお陰で戦いに支障はだいぶ無くなった。これならノクスと戦う際にも戸惑いはないだろう。
「お疲れさま。どう、ルーク?」
「快調さ。だいぶ慣れたしな」
群れを殲滅した後、ミラが駆け寄って来る。前なら此処で彼女に回復してもらわねばならない程の傷を負っていただろうが、今は掠り傷があるくらいだ。それも力をコントロールし損ねて、魔物に体当りしてしまったからだ。それでも大きな怪我に繋がらなかったのだから、自分が感じている以上に変化があった。
「でも、本当に強くなったよね? それもやっぱりルークの、あの力のお陰なのかな?」
「多分な。でも不思議なんだよなぁ……あの状態に成れる感じだけはしないんだ。ま、何か条件があるんだろうけどな」
「ふむ。強ち間違いでも無かろうな」
一通り警戒を終えたウィリアムが戻って来て話しに加わる。
「実際、あれ程強大な力なのだ。何かしらの条件を満たせねば、発動しないと言うのは如何にも道理に思える。どうだ? 今までの事から思い当たる物はないか? それさえ分かれば何かしら便利と思うが」
「う~ん……条件なぁ」
頭を悩ませるがこれと言ってハッキリしたものは思いつかない。気が付いたらそうなっていたのだから。
「ねぇ、もしかしてルークの感情だったりしないかしら?」
「感情?」
ミラの言葉に首を傾げる。ミラは疑問交じりではあったが、表情には確信めいた物も浮かんでいた。
「えぇ、感情。ほら、最初の時は死にかけていたでしょ? それ以外の時も怒ってた様な気がするのよね」
ミラが指を折りながら今までに自分があの状態になった時の事を並べていく。そうやって並べられると確かに、自分の感情が爆発した時に限ってあの状態になっていた。
「ね? だからルークの感情が凄い昂った時に、あの状態になるんじゃないかしら?」
「成る程なぁ……あながち間違いでもないかなぁ。うん、そんな気もする」
彼女が並べた過去の自分は確かに何れも激しい衝動の中に居た。だからそれがトリガーと言われればそうな気もしてきた。
「ふむ。ならば能動的には使えない。という事か」
「あぁ、その問題はありそうだなぁ。ま、ならなくても良いからな」
「そ、それに、絶対でもなさそうだよね? ほら、あのおっきな魔物に追われた時もノクスに始めてあった時も変化したわけじゃないし」
「それもそうね……でも間違ってはないと思うのよね」
「あぁ。だから感情とか、その時の状態とか色んな条件が重なった時なんだろうな。それこそノクス相手なら直ぐにでも成れそうだぜ」
アイツの顔を思い出すだけでムカムカして、奥が疼く様な感じすらある。しかし現状は上に重い石が乗っけられている様な感じもした。だから幾ら頑張っても今は成れそうにはない。
「まぁ、結局はどうしようも無いって事ね。なら、気にせず行きましょ? 私たちなら今回だって乗り越えられるわ。ね、そうでしょ?」
「あぁ、そうだな。まずは辿り着かなくちゃならないからな」
ミラの言葉に賛同する。実の所方向は間違いないがまだ遠い感じが否めないのだ。それに集めた情報に寄れば、どんどん魔物の気は強くなるようだし、奥の山には翼竜がいるという話もあった。そこまでは流石に人がほぼ立ち入らないらしく、噂話ではあったが可能性としては十分だ。そしてノクスがその先にいても変では無い以上、気は抜けない。本命に辿り着く前に行き倒れては死んでも死にきれない。
「よっし、じゃあ行くか。先ずは一番近い村からだ。んでもって情報をしっかり拾っていこう。何かあれば遠慮せず言ってくれ」
そうして散々な状態になった場所を去った。
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