6話
北方の荒野を思わせる程に閑散とした大地は此方を不躾な侵入者とでも思っているのか、徐々に厳しさを増した。乾いた軽い風は冷たく、鋭さを増して肌に突き刺さる様な感覚が絶えず露出した顔を撃つ。吐く息も白いが直ぐに流されて、凍てついた。そして時折降る雪に柔らかさは無く、こちらにこびり付いては解ける様子もなかった。
「ウィリアム、まだ大丈夫か!? 休憩はいつでもするからな!」
「問題ない! それより魔物の気配だ!」
「了解! プロト、ばら撒いてくれ!」
「うん! 任せて!」
顔に張り付いた氷が一瞬で解ける程の熱量が頭上に浮かぶ。そして花火の様に周囲へ、狙いを定める事なく飛んでいく。暫くして魔物の悲鳴が寒風を切り裂いたと同時にやられなかった奴等が吼える声が追いかけてくる。
「少し動く! 右片紐!」
そう言うや否や左手で握っていた紐を手放して双刃剣に切り替えながら一列の形から右側へと飛び出す。そして迫って来た魔物へと横薙ぎにする。そうすれば確かな手応えと共に苦悶の声が風を砕いて耳に届く。プロトの魔法による牽制のお陰で随分数が減っている。これなら余り時間は掛からない。片手に紐を握ったまま、更に踏み出していく。魔物を殲滅するのは直ぐの事だった。
「この辺りの魔物はしつこいな」
「環境が原因だろうな。襲う相手が少ないからか、或いは縄張り意識が強いのかもしれんが」
「そうね。プロトの魔法で壊滅しても逃げ出したりしないものね……疲れてない?」
「ま、休憩はしてるから大丈夫さ……それよりこの寒さだけはどうしようもないな」
溜息が入道雲の様になって浮かんでいく。今は簡易のカマクラを作って全員で休憩していた。この辺りは環境が一気に劣悪に変わりやすく、吹雪が酷ければ収まるまで強制的に休憩を取らされていた。このカマクラも幾らか前の村で教わった方法で、これを知らなかったら危なかった。歩く際に紐で全員を繋いでおくのも教わった事だ。時折視界が不良になってしまうから、迷子にならない様にこうして紐を全員で繋いでいた。離す時も絶対に片方は手に握り、兎に角大声で声を掛け合った。そのお陰で今の所遭難はしていない。本当に初めての経験ばかりだ。土を見ないというのはこんなに不安を覚えるのかと思ってしまうし、1人で来なくてよかったと心の底から思う。
「匂いの類も感じられません。やはり、この辺りで国が成り立たないのも止む無しでしょうな。村も極小数、それも適応出来た種族だけが固まって暮らしているようでした。私の様に毛皮があっても耐えがたく、これが通年なのですから此処で暮らすのはよっぽどでしょう」
「だからノクスもこの先を選んだのかなぁ?」
「多分な。それにアイツは未知の技術を持ってる。それを試すにも人気が無い方が良いだろうからな。空も飛べるようだし、龍にも対抗できる力があればうってつけなのかもな」
「龍かぁ……ルークは見たことがあるの?」
「いや、遠目に下等種を見たことがあるだけだ。それだって直ぐに逃げたし、無いのと一緒だな。ウィリアムとかはどうだ? 帝国の領土で龍は聞いたこと無いけど」
「事実としてないな。知っているだろうが、帝国は平野だ。龍が住みつく環境にない。奴らは人里離れた山岳や海、地底に住みつく。故に帝国では龍が出ることはない。もしあるとすれば奴等の子供でも攫えば来るやもしれんがやる意味もない」
「ま、そうだよなぁ。だから大抵は見ることがない」
「そうなのね。でも下等種? はいるんでしょ?」
「ミラ様、下等種だとしても龍は龍です。人のいる場所には容易く姿を表しません。それこそ飛空艇で奴等の領域にでも近付かなければ見ることも叶わないのです」
「そうなのね。でもこの先はそれこそ龍もいるんでしょ?」
「多分な。まぁこの辺りの人でもそんな場所には行かないから絶対とは言えないけど……龍のいる条件には見合ってる。だからいても変じゃない。ま、出会ったら逃げるか、条件次第で討伐、かな? 多分下等種で空がないなら何とかなる、と思いたいね」
事実、下等種なら幾らか討伐されたという情報もある。骨が金持ちのアンティークとして飾られたりもしているから、絶対に無理ということもないだろう。何より今の自分とウィリアムが前に立てば、という思いもあった。プロトの魔法も以前より強くなっていたし、ミラも支援と回復が出来る。ならば群れでさえ無ければ、とは思う。
「でも会わないに越した事はなさそうね」
「あぁ。ま、覚悟はしておいた方が良いだろうな。ノクスが龍に何かしていないとも思い難いからな」
本当かどうかは定かではないが可能性としてはある。だから全員が頷いて返した。
「あれだ。あれを越えた先、だと思う」
「……高いわね」
まだ遠くにいる。それにも関わらず、見上げる形になる。天辺は灰色がかった冷たく分厚い雲がマフラーの様に巻かれて見えない。真っ白なのに純白とは言えず、どこか底冷えするような白さを全身に纏って佇む山が周囲を威圧するように佇んでいた。風の流れも早いのか渦巻くように雲が流れているのも見えた。
「あれ、登るの?」
「いや、流石に登らない方がいいだろう。俺も登れるとは思わないさ」
「うむ。装備も知識も足りぬ。それに目的地は山ではないのだろう?」
「あぁ、あの先だ。でも迂回するのも大変そうだな」
山の周囲には森林だとか川のような物はないがこの辺りで一番雪が積もっているに違いない。それはカンジキを履いていたって進みにくいし、山がデカいだけに迂回には時間が掛かる。それに山を削る様な突風が吹いているのは想像に容易い。ましてや大きな音を立てれば雪崩の類だって十分に考えられた。魔物も、此処迄来ればよっぽどこの環境に適した形をしているに違いないから、環境が最大の敵である現状、苦戦は必死と言えた。
「でも行かなきゃ行けない。そうでしょ?」
「あぁ、ミラたちには悪いけども。俺は行くよ」
「もう、私たちが着いて行くって決めたの。だから謝らないで」
「そうか、わかった。ありがとう」
そう言えばミラは小さく微笑む。相変わらず強い人だ。何度も思わされる。彼女にとっては兎に角苦しい環境だろうに、一切の悪態を付かないのも彼女の美しさを際立たせる。
それから、幾度も極寒と吹雪に頭を悩まされながらも歩を進めていく。先頭のウィリアムが道を造り、中間のプロトとミラが警戒と牽制を兼ねる。そして後方の自分が指示と緊急時の対応を請け負い続けた。そしてこの地の魔物たちは吹雪も何のその、群れを成して何度も襲い掛かって来た。彼らは山の様に積もる雪と同化したような姿や色を身に纏い、兎に角奇襲を好んだ。この地の特徴なのか、匂いの類も極めて薄く、明らかな違和感を見落とせば一気に窮地から戦いが始まってしまう。故に誰一人として気は抜けず、緊張は疲れに直結した。そこに寒さと歩き辛さが合わさればそれは何倍にもなって、体全体に重くのしかかる。だから気持ちは前のめりになるのに、体が置いてかれてしまう。
「堪えるな……ウィリアム、本当に大丈夫か!?」
「問題ない。それより大声を止めろ」
「この位なら大丈夫さ。ミラも大丈夫か?」
「えぇ、問題ない。そう言えたら良いんだけど……ちょっと疲れたわね」
「ならば休息を取りましょう。疲れた所を襲われては万が一もありますから」
それでも、頻繁に声を掛け合ってこまめに休息を取った。また、この旅は村が無いにも関わらず、幸いと言うべきか水に困る事はない。雪を溶かして沸かせば良かった。プロトの魔法だってある以上、燃料も軽く済んで、本当に環境だけが敵だった。そうして漸くと言うべきか山の麓へと辿り着いた。
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