7話
「もはや壁ね。感覚が狂ってしまいそう」
「あぁ。飛空艇でも頂上は見れないだろうな」
「わぁ! 本当に高いんだね!」
見上げた先は例の山だ。名前は無く、山と呼称せざるを得ない。何せ誰も用事などないのだから困る事が無いのだ。そう言った場所は帝国の様な大きな国から離れれば良くある事だ。それにしても荘厳で山と言うよりは霊峰と言う方がしっくりくる。
「これなら龍が住んでいても変ではないでしょうな。間違っても上へ行こうとはしない方が良いでしょう」
「そうなの? まぁ面倒ごとは少ない方が良いものね。でも、あっちからこっちにやって来る事は無いの?」
「どうでしょうな……私も遭遇した経験はありませんから。でも縄張り意識は高いでしょうし、この辺りの魔物の感じからも下手に寄ればその可能性は否定出来ません」
「気性が大人しい、ってことは無いだろうからな。まぁいるとすればこの雲の上だろ? 流石に降りてこない限り見られないとは思うけどな」
「でも、万が一があったらどうするの? 逃げる?」
「そうだな。空を自由に飛べる奴を相手するには場所が悪すぎる。無駄な消耗も避けたいしな。あぁ、そうだ。プロトは山を離れるまで火の魔法は使わないでくれるか?」
「え、良いけど……なんで?」
「プロトの魔法は強力だけど、その熱で山が刺激されると雪が一気に雪崩れ込むかもしれないんだ。村でも言ってただろ? 大声と日光には気を付けろって。だからプロトの魔法もその中に入る可能性があるからさ」
「そうなんだ。うん、分かったよ」
プロトが頷く。幸い、プロトは複数の属性を満遍なく扱える。これが普通の魔法使いならそうは行かない。
それから山に沿って迂回していく。意外と言うとアレだが麓の辺りは魔物の気配がない。山頂からの吹き付ける様な突風や吹雪こそ激しいが拓けた場所であれ程襲ってきた魔物たちの影が白銀の上に映りこむ事が全くない。異常だ。だが異常は魔物たちだけでなく、小動物の影すら目端に捉えられない。魔物がいなければそう言った戦闘力の低い存在がいても良い様に思えるがその影すらない。
「変じゃないか?」
「どうしたの?」
自分の呟きにプロトが反応する。振り返りはしないがミラやウィリアムも耳は此方に傾けた。
「いや、全く他の生物の気配がしない。平原であれだけ襲われたのに今は全く襲われないだろ? 変じゃないか?」
「そう言えば……そうだね。なんでだろう? 特に変な感じはしないけど」
全体の足が止まる。地面に映ったプロトの影がカクンと横に曲がって帽子の先が揺れる。今は合間の時間だからか日光が雪に乱反射して、宝石があちこちに転がっているようだ。しかし、状況が不気味なだけに全てが虚像で、何か恐ろしいものが眼の前に隠れて大口を開けて待っている様な違和感が全身に纏わりつく。こういう時の勘はよく当たる。それも絶対に悪い方に。
「ふむ。お前の勘か?」
「あぁ、嬉しくない方向でな。まだって感じだけど。どうだろうな? 隠れるか、このまま進むか……正解が分かんねぇな」
「でも、進む以外ないんじゃないの? 隠れるにしても……そんな場所は見当たらないわ」
ミラの言葉通りだ。既に隠れられる様な場所は何処にもない。しいて言えば天然の吹雪が此方の身を隠してくれるかもしれない。尤も着ている外套の色が遭難防止で派手な色をしている。身を隠す程の吹雪はもう立ち止まらざるを得ない。つまり迷いはしたが前に進む以外に道は無かった。戻る事は出来ない。
「そう、だな……うん、行くしかないか」
「えぇ、後戻りも出来ないし、警戒しながら幸運を祈るしか無いと思うわ」
「では、何かあった時の判断を決めて置きましょう。緊急時はその一瞬で決まる事もあります」
「なら、俺がその場で決めるよ。全員走り出す覚悟だけしておいてくれ」
「えぇ、分かったわ」
そう言いながら改めて装備の確認をする。それこそ走り出そうとした瞬間にカンジキが外れたりしては堪ったもんじゃない。その上で、遭難した時の装備も使い方と併せて確認。しておく。それらが終わると同時に再び前へと歩き出した。陽は頂点を少し過ぎた位だった。
沈黙がパーティを包み隠していた。耳を通り過ぎていく風の音と重みだけが確かなモノとして実感を与えてくれる。周囲へ兎に角目を凝らした。1つの違和感、虫の影さえ見逃したくない。そう言う思いで警戒を最高潮に高めていた。でも頭の中に巣くっていた嫌な予感は決して拭えない。今も自分の影の中に敵がひっそりと潜んでいて、此方の警戒が薄れるのを待っている、そんな予感がある。でも実際はもっと大きな影がこっちの全部を上から塗りつぶしている様な感じでもあった。
そんな自分の緊張が伝染したのかパーティは決死隊へと様相を替え、浅い呼吸を繰り返して目を皿にして周囲を警戒していた。気が付けば武器を握っていないのに手に力が入って指先が固まっている。良くない。これだと咄嗟の時に遅れが出てしまうと無理矢理開いた。寒さの事を思えば猶の事だ。体が固まっては万全とは言えない。
「ちょっと力が入り過ぎてる。止まろう」
手を軽く叩いて列を止める。振り返った仲間の顔は疲労が滲んでいて、前に進みたいという感情こそ貼り付けてあったが余計な疲労をしているのは明らかだった。
「大丈夫。嫌な予感は確かにあるけど、こんなに緊張してたら持たないぜ。だから休もう。何ならカマクラも作ろう。それぐらい皆疲れてる」
「でも、ルーク」
「ミラ。頑張ってくれるのは本当に嬉しい。でも、余計な物まで背負ったら旅は出来ない。何時だって余裕を持って歩くべきさ。だから休もう。今なら奇襲を受けたって対応できる。でも今強行したらそれも出来ない。ね?」
「……えぇ、分かったわ。ふぅ。確かに疲れてるものね」
ミラがそう言って大きく息を吐く。ウィリアムはそんなミラを見て既に下ろした荷から水や簡易食料を取り出してもいた。これなら簡易なカマクラも作るべきだろう。プロトの肩を叩く。
「悪いプロト、一緒にカマクラ作ってくれるか?」
「うん、勿論だよ」
一言で了承が返ってくる。尤も一緒に作る等と言ったが大半はプロトの魔法で作る事になる。彼が魔法で雪を適当に固めて、穴を掘るだけだ。だから作る事に抵抗は無かった。
「それにしてもずっと嫌な感じがするのに出てこないのはなんなんだ? いっそ龍なら龍らしく出てくればいいのに」
「出てきたら大慌てよ。でも興味があるのは事実ね」
「ボクも見てみたいな」
「まぁ、滅多に見れるもんじゃないからなぁ。安全には見れないしな」
「ウム。伝聞を確かにするなら、格次第で国が滅んでも変ではない」
「そんなに強いの!? どうしよう、怖くなってきちゃった……」
「大丈夫さ、プロト。別に戦おうって訳じゃない。先ずは逃げ一択だ。それに龍は知性だってあるって話だから素直に逃げれば見逃してくれるかもしれないぜ」
「そうなの? だといいなぁ……」
「安心は出来んがな。此処で襲われるなら縄張りに侵入したからと捉えられかねん。それに龍はいわば災害。人の考えなど一切気にもしないだろう」
「そうよねぇ……ま、上手く行くように祈っておきましょ」
ミラの言葉に頷く。災害なら災害らしく、こっちが頭を下げて行くしかない。
「よし、大丈夫そうだな。行こうぜ」
カマクラから顔を出して見れば晴天に変わっていた。光が乱反射して目に眩しいがまだ赤は混じっていない。余裕があるのならばいっそ休んでしまっても良いのかもしれないが、今は状況が状況だけに一歩でも前へと進みたい。だから全員で再び列を作って歩き出した。
「このままだと何日位かしらね」
「4日は掛かると思うけども……どうだろうな。天候次第で変わるな」
雪の上を歩いている事もあって通常より進みが悪い。それに晴れ過ぎても雪が解けて面倒だ。だからいっそ曇りが続く位丁度良いが、そんな事は今まで一度もないから期待も出来ない。
「そうよね……あれ? 山の天辺てあんな色だったかしら?」
「え、どうだったかなぁ……ちょっと濃く見えるかな?」
ミラの呟きに釣られたプロトが顔を上げる。視線を追ってみるが確かに色が変わった様にも見えた。
「黒っぽい色が混じってるか? ウィリアム、見えるか?」
「うむ。上から滲むように出て来ているようだ」
目を細めたウィリアムがそう零す。嫌な予感がした。雨雲には見えない。炭を溶かしこんだような色が一点からジワジワと渦を巻きながら広がっているようにも思えたが、自分の目でが詳細は分からない。ただ、嫌な予感が胸の奥底を叩く。
「急ごう。良く分かんねぇけど、嫌な感じだ」
「えぇ。確かに嫌な感じね」
どうやら全員が、嫌な感じを持ったのか否定は出なかった。そのまま歩を強め、何なら早足で駆けていく。疲れだとか、ペースだとかそんな事は一旦置いておこう、そう思うほどだし、焦燥感は募るばかりだ。
早くなったペースにやや息を切らしながら前へ行く。口は煙突になったかのように白い息が溢れ出してくるが誰も止まろうとは言わなかった。例の黒い渦はハッキリと見える程に広がり、真っ白な山を浸食と言っても良いほどに黒く染めだしていた。その線は自分達を見ているように感じられた。
雪の上は赤が混じり始め、夜が迫っている事を如実に告げる。それは同時にプロトの稼働時間の限界と自分達の視界の限界を頭の中で躍らせる。しかし、この感覚の中で眠るのはごめん被りたかった。
「はぁはぁ。どこか良い所はないかしら?」
「いや、見つからないな! もっと山に寄るか?」
賭けだ。山から離れれば森林のような場所は見えるが余りに遠い。平原だけがずっと続いている。しかし山に寄れば逆に隠れ場所が見つかる可能性もあった。それは割れ目かも知れないし、洞窟の類も考えうる。そういった場所があれば隠れるには丁度いいと言える。ただ、山に近付くのは躊躇われた。時間は少ない。直ぐに結論を出す必要があった。
「……あっちだ。何か黒い、穴の様なモノが見えた。どうする?」
酷く険しい顔と猜疑心の混じり合った声でウィリアムが呟く。彼の目には山の方に何やら見つけたらしい。確かなものかは分からないが嘘ではないだろう。迷いは一瞬だった。
「……行こう。山から離れても、隠れ場所は暗闇で探す事になる。魔物も来るかもしれない。それなら、山の方に賭けに出よう。日暮れまでには到着する筈だ」
そう言えばウィリアムが方向転換して山の方へと駆けだす。最後のひと踏ん張りだ。山の頂上を睨む。黒い渦はゆっくりと、しかし確実に広がる。その闇が自分達に降りかからない事だけを望んだ。
良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。




