18話
一先ず、自分に出来るのはノクスの目を惹きつける事だ。そう信じて誰よりも前に出る。眼の前からはノクスの放った青白い光球が彼を中心にして紐で繋がれた様な軌道で真っすぐに並んで襲い掛かってくるのが見える。その後ろでは更に追加の魔法だろうか、これまた同色の輪っかが幾つも生み出されるのが見えた。通常、魔法であれば発動してから消えるまで新しいものを作り出せない筈だが、ノクスは早々に常識を破壊していた。よく考えれば宙に浮かんでいるのだって魔法だと思えるし、そうなれば現状で3つも同時に魔法を行使していることになる。表情も変わりなく、出来て当然という雰囲気が浮かんで、というよりも呼吸できる事を疑わない様に、彼も複数の魔法を行使する自分を疑っていない、という感じだった。
まずは砲弾の様に飛んできた光球を横に避ける。後ろの守りはウィリアムに任せる他ない。自分では魔法を弾くなんて事は出来そうにないし、現状の自分では受けるだけで倒れてしまうかも知れない。回復こそしたがあの特殊な状態でない自分は英雄の様な働きは出来ない。だから避けざるを得ないし、任せなくてはならない。でもその事に申し訳なさはない。ずっと一緒にやって来た仲間たちだ。強敵が相手でも各々、為すべき事を成せると信じていた。
光球を避けてから前に進もうと一歩踏み出した時、嫌な予感が背すじをゾゾゾッッと駆け上がる。咄嗟に振り向いて見ればさっき避けた光球が伸びきったゴムが反発する様な勢いで戻ってくる姿が見えた。それも先程よりも光球たちは間を取って広がり、避けづらい形だ。これが本命だったことは簡単に想像がついた。
「でも、当たるかよ!」
体を反らして、どうしてもある隙間へ体を潜り込ます。元より身軽さには自信があるのだ。この程度で手間取ってはやらない。流石に避けるスペースが無いのではどうしようもないが、そうでないなら幾らでも避けてやる。そんな意思を持って、戻った光球を従えるようにしているノクスを睨みつけてやる。しかしノクスは優雅な笑みを湛えて此方へ流し目をするだけだ。そしてその間にも新たな光の輪っかが魚の様に宙を泳ぎながら迫ってくる。速度は大したことがない。でも変な避け方をすれば当然素早い光球が狙い撃ちするように向かってくると分かるだけに油断は出来ない。どう避けるか、そう意識を回した時、後ろから自分を追い越すように紫電がノクスへと目掛けて放たれた。
放たれた紫電は真っすぐに、道中に浮かんでいた輪っかを幾つか壊しながらノクスへ迫る。そして彼に当たろうかという直前でノクスの前に突如として発生した光の壁に阻まれた。光の壁は一切揺らぐことなく紫電を受け止め、消えるその時までこちらとあちらを分かち、役目を終えると同時にスゥっと空気に溶けて消えた。厄介だ。1人で大砲の役目を果たしながら防御も完備されている。それだけでなく両立しているのがハッキリと脅威だった。
「ふふ、その程度の魔法が僕に届く訳が無いだろう? そもそも忘れたかい、僕が君たちを作ったんだよ? 創造主に刃向かうなんて愚かだよ」
ノクスは嘲るようにプロトへ言葉を投げる。いや、実際に嘲ったのだろう。ひょっとしたら憐憫もあったかもしれない。いずれにせよ相手にされていないのが手に取る様に伝わってくる。苛立たしい。仮にそうだとしても嗤われる理由なんて無い。そう思えば芯に僅かな熱が興る。そんな自分を再び追い越すようにして大きな影が横を走っていく。ウィリアムだ。その巨体に怒りを籠め、大剣を肩へと担ぐようにして真っすぐに駆け抜けていくのが見えた。どうやら前に出たほうが良いと判断をしたらしい。ならばと自分も彼の背を追う。
青白い輪っかとウィリアムの大剣がぶつかる。輪っかはその見た目にそぐわない力を持っていたのか、大剣とぶつかった直後に空間を歪ませる音の波のような衝撃を放ち、ウィリアムの鬣が逆立ち、鍔ぜり合った様に彼の肩に力が入ったのが見える。そんな彼の横を通り抜け、今度は自分が前に出る。でもノクスが放った魔法は完全に無視だ。自分では捌くのは分がやはり悪い。しかしそれはノクスも良く分かっているのか、先程の光球たちが再び此方へ迫って来るのが見えて、念の為に双刃剣を守るために構える。
「さぁ、少し踊ってみようか」
光球は再び整列して迫って来たかと思えば自分の前で急停止してバラバラに開けていく。丁度自分を中央にするようにして囲んだかと思えば、そこから踊る様に周囲を回ると一斉に此方へ向かって動き出す。それは蜂の群体にも思える程に揃っていながら生き物の様に意思を持っているかのような動きで、ノクスの両手の動きに合わせて光球が踊った。
「チッ!」
兎に角当たったらまずい事は分り切った事だ。だから身を屈めて次の動きを決めるために目線をぐるりと回す。急がなければならない。その上で焦ってもいけない。もし一回でも当たってしまえば息をつく間もない連撃にやられてしまう。だから六つの光球の動きに目を凝らして隙間を狙って走りだす。待っていては光球同士の間も狭まって避けるのが困難になる。だからこそ、敢えて前に駆けだしていかなければならない。
1つ、2つ、3つ。前後ろ左右から入れ替わり立ち替わり光球が自分の横を通り抜けていく。時には上や下から掬うようにも光球が迫ってくるのを必死に避け続ける。ノクスのいう通り、本当に躍らされている気分で、非常に不愉快だ。場所は豪奢だ、何ならお姫様だっているが踊っているのは自分とテロリストの手先となればそれも当然だ。しかもノクスだけが喜悦を全面に押し出した顔でこちらを見下ろしているのだから趣味の悪い見世物小屋もかくやだ。顔のすぐ傍を光球が抜けていき、頬を風が撫でる。それに続いてくる攻撃を避ける為に再びワルツを踏まされた。
「何を考えてやがるんだ」
ノクスの方を見ながらぼやく。彼の攻撃は今の所対処できている。勿論、自分は檻の中と言っても良い状況だし、ウィリアムも火力の高い魔法で足を散々に止められている。プロトの魔法はやすやすと壁に阻まれ、ミラの支援は戦況を変えられない。そしてノクスだけが余裕の笑みを浮かべており、明らかに手を抜いているのが分っていた。だからこそ、何かを狙っているは分るがその内部が分からないのが不気味だ。そもそも今、戦いに成っているのは彼が後衛組を狙っていないのも一理で、彼の目はずっと自分に向けられている。だから自分が何かをしなければならないのだが、それを考える余裕までは無い。戦いが始まって早々ではあるが、詰みに近い状況だ。遠距離が得意な魔法使いや魔物との戦いの経験を並べても此処まで近付けないのは初めてだ。奥歯が擦れて音が鳴る。
「ふふ、どうしたんだいルーク? そんあでは到底退いてあげられないよ?」
「ウルセェ! っと!? あぁ、うざってぇなあ!?」
苛立ち交じりにノクスに怒声を上げればその隙を待っていたように光球が迫って来て咄嗟に双刃剣で受け流す。刀身に当たった感触で言えば大きなガラス玉の様で、それでいて重みがあって体勢が少しだけ崩れる。慌てて大きく回避すれば其処に追撃が殺到して宙を掻いて再び自分を囲む。まだ始まったばかりなのにドンドン息が上がる。一旦退いて状況を仕切り直したい気もするが遠距離のエキスパートにそれは極めて悪手だ。だからノクスに怒りの籠った目を向けるしかないが、それも彼に取ってはそよ風の様で、優し気に目を細めただけだ。それも苛立たしい。腹の其処から怒りが熱湯の様にぐつぐつと鳴っているののが分かる。
「さぁ、見せておくれよ、ルーク。君の力を! 持っているのは知ってるんだ! 何せ僕たちは同じなのだから!」
「何言ってるか分んねぇよ!」
一度、光球が周囲を漂いながら停止して、ノクスが歓喜の声を上げる。しかし彼が何を求めているのかは分からない。それにこの間にもウィリアムへの攻撃は激化しており、なんと彼が少しずつ押されているのが目の端に入った。ただ彼自身が魔法に負けているというよりは進む余裕が無く、それでいてノックバックの厳しい攻撃を受けているからという印象が強い。実際怪我は無いように見えたし、ミラの援護は状況を改善は出来なくとも維持には十分だ。だから心配はしていない。それよりも自分の身の方がよっぽど危ない。
「おっと」
慣れてきたがそれでも一発で死にかねない攻撃は緊張が溶けない。それにノクスの視線がずっと離れないから休む暇がない。ただ、相手に殺す気が感じらないのも事実だ。それが極めて苛立たしく思えてならない。しかし、沸騰するには至らない感じと言ったら良いのだろうか、気持ちが上がり切らず、真綿で首を絞められているような感じだ。
「ふむ。まだか・・・・でもそろそろ遊ぶのには飽きたんだ。ルーク、君が力を出し切らないなら僕にも考えがある」
「なに言ってんのか分んねぇよ!」
ノクスが出来の悪い子を宥める様な声を出す。しかし、彼の言う力というのが見当が着かない。それに自分は今、精一杯動いているつもりだ。決して手等抜いていないし、そうでないならもうお前の顔をぶん殴っている。そう言ってやりたいくらいだった。
「そうか。なら、これは君の怠慢だ。僕は君とは一緒に歩んでいきたい。けして何方かに寄りかかるんじゃなくてね。だから目覚めさせて上げよう」
そうノクスが呟いた瞬間、背骨が氷柱に取り換えられてしまったのでは無いかと思うほどの寒気が走る。原因は分り切っている。眼の前のノクスが放つプレッシャーのせいだ。体が無意識に反応してしまって、動きが止まる。しかし、ノクスはそんな自分を完全に無視して、魔法を行使する。その行先はこちらの最高戦力であるウィリアムでもなく、その後ろへ向かって放たれた。その先に居たのは自分と同じように棒立ちになってしまっていたミラだった。
「え?」
突然眼の前に迫った死に、意識が追いつかなかったのか、戦場に相応しくない位、あどけなさの混じったミラの声が1つ、空間に不自然な位に響いた。その直後、轟音と共に彼女が魔法に呑み込まれた。悲鳴は聞こえなかった。
「ミラぁぁぁぁ!!?」
固まった体が自分の腹の底から湧く感情のお陰で溶けた。しかし出来たのは彼女の名まえを叫ぶ事だけだった。
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