17話
「さて、ルーク。再び、こうやって顔を会わせる事が出来て僕は本当に嬉しい。勿論、君が此処迄やって来てくれると信じていたし、その為に余計な障害は退かしておいたんだ。流石に君を出迎えるのに雑兵まみれじゃぁ、台無しだろ? だから最低限、どうしても邪魔になりそうな奴等をぶつける事にしたんだ。そして君が越えてきてくれたお陰で僕たちはなんの邪魔もされず話せる様になった。あぁ、良かったよ!」
ノクスはその美貌を赤らめながら両手を大袈裟に演劇の主演の様に振って口を開く。彼の手足には少ばかり膨らんだ装飾が付いていて、彼が身振りする度に揺れてより動きを大きく、優雅に見せる。まるで魚の鰭のようだった。
「うるせぇよ。それよりお前、ミラのお母さんに何をした!」
双刃剣を突きつける。眉間に皺が寄って、先程まで感じていた疲れも気にならなくなる。
「あぁ、これかい? うん、もう良いかなって思ってさ。死んだよ。好い加減喧しかったしね。まぁ、今まで良く舞ってくれたよ。でも蝶の最後なんて絡めとられてカスになるのが定めだろう?」
「は?」
ノクスの言葉に理解が遅れた。いや、何方かと言えば理解したくなかったから遅れたように錯覚した様な気がした。後ろから息を飲むような音と鉄がぶつかる音が同時にした。しかし振り返る事も出来なかった。
「どうしたんだい? 別に君にとっても虫みたいなものだろ? まぁ、ちょっと大きいけど本質は一緒だ。なにか気になる所でもあったかい? あぁ、もしかしてコレクションする趣味があった? なら安心すると良いよ、大きな傷は付けていないしね」
「あ、あ?」
ノクスの言葉が理解出来ない。あの路地裏の時と比較にならない程には彼の言葉からは異常さだけが淡々と浮き出してくる。しかし彼の顔には「どうしたのだろう?」という感情しか読み取れない。それこそ、友人が興味を示したものを後ろから覗き込んだ、そんな表情がありありと映っていた。
「これは、善意からの忠告だけど、コレクションならこれよりもっと小さい昆虫に絞った方が良いよ。これは腐るし、管理は大変だと思うしね。でも、どうしてもこれが良いなら君にあげるよ」
ノクスがこちらが黙っているからか、言葉を続ける。でも話したいのはそんな事ではないし、ふざけるな、という感情が奥底で驚愕の重りで押さえつけられているだけだ。もうそろそろ爆発するだろう。
「・・・・ノクス、そう言いましたね。貴方は、自分が何をしているのか理解しているのですか?」
酷く震えたミラの声が響く。誰が聞いても怒りを強引に押さえつけていることが分かる声音だ。だがそれも当然だろう。彼女にとってはこれから対話しようと思っていた相手、それも血の繋がった母を何の感情もなく殺されたのだ。むしろ怒りに理性が塗りつぶされていないのが変だった。
「はぁ。僕たちが喋っているところに割り込まないでくれるかな? 君みたいな下等生物に時間を割くのは正直言って無駄なんだ。僕は此処に来てからそれが良く分かったよ。愚物は愚物。下等が上等になる事は無い。そしてそれに気が付かない。はぁ、ウンザリなんだ」
ノクスは先程までの気安さをすべて取っ払った声でミラを一瞥した。こちらも面倒という感情がありありと分かった。口を開いたのも、ミラを会話をしようと思ったのではなく、忠告の色が強く、最後に至っては独り言の愚痴だ。なんなら彼の目にミラは映ってすら居なかった様に思えた。
「ふざけないで! 貴方は、心というものが無いの!? 人の国に入り込み、その場にいる者全てに不幸を巻き散らし、傷つけて尚、無関心! 貴方は、何がしたいの!?」
ミラの慟哭が響く。余りのエネルギーの大きさに、戦場である事を自覚して尚、振り向かされる程だった。ミラはその目に七色の極彩色を輝かせ、同色の髪も彼女の怒りを汲み上げたように膨らんで見えた。
「はぁ、前に君も居なかったっけ? いいかい、僕たちがこの世界を作り直し、支配する為さ。この世界は余りに停滞しすぎた。だから僕たちが生まれた。言ってみれば君たちの怠慢を僕たちが解消いてあげようって訳だ。だから大人しく死んでくれると嬉しいね。後の事は僕とルークでどうにかするからさ」
ノクスは出来の悪い子供へ何度も教えた事を再び一から説明するような雰囲気でミラへ侮蔑の目を向ける。その中にはミラの感情も意思の何一つさえ引っかかっていない。ただ、彼がずっと、一貫して態度で示している様に相手にしていなかった。
「ミラ様、この手の輩にいくら言葉を掛けても無駄です。もとより話すつもり等ないのですから」
ウィリアムが前へと出てくるミラを諫める。それでもミラの足取りが止まりそうに無かったからか身を乗り出して自身を壁にする。そしてミラへと目線を彼は併せた。
「あの手の輩は人の言葉など聞き入れません。自分が為すべきと思った事を善悪問わず成し遂げる為だけに動くのです。お怒りは理解できます。しかし、今、為すべきは怒りに身を任せる事では無いはずです」
ウィリアムの言葉と行動にミラは奥歯を砕いてしまうのではないかと思うほどに噛みしめたような動きをして、胸の前で手を握りこむ。そして大きく、息を吐き出して再び前を見る。
「そう、ですね。ありがとうウィリアム」
「いえ、当然の事です。それに本当の功労者は後ろに」
そう言ったウィリアムの視線の先にはミラの服の裾を子供の様に掴んだプロトがいた。
「あ、いや、なんか、行かせちゃいけない様な気がして・・・・ごめん」
「いいえ、ありがとうプロト。お陰で私は自分を見失う事はなかったわ」
ミラがそう言えばプロトは少しばかりぎこちない動作で頭をさげて、ずれた帽子を直す。そして再び全員でノクスの方を見れば、呆れたような表情をミラたちに向けていた。その中に自分は入っていないのが何故かありありと分かる。
「あぁ、終わった? それじゃ、僕とルークで話したい事があるから帰ってくれるかな? あぁ、今はまだ君たちを見逃してあげるよ。ルークを此処迄連れてきてくれたしね。その位の慈悲は僕にもある」
「いいえ。貴方の言葉には従えない。ここは私の国、貴方のような人を此処に置いておけない」
ミラが今度は確りとした足取りで前に出た。しかしそれを見るノクスの目は酷く冷ややかだ。
「はぁ。君も分からない奴だね。その長い耳は飾りかい? やっぱり下等生物は出来損ないの部分が多すぎるよ。それなのに変わろうとしないんだから面の皮ばかりが厚い」
「あなたの様な人にも恥というものが分かるのですね。てっきり存在しないのかと思っていました」
ノクスを遮る様にミラが言葉を放つ。しかしノクスはチラリとミラへ目線を向けただけだ。苛立たしい顔をしているのはもとよりだがそれで激昂するような事は無い。目の奥にはやはり上から見下ろすような。それこそ靴を虫に噛まれた程度の感情しか映っていない。様は此処に至って尚、彼にはミラたちへの感情は無関心なのだ。
「はぁ。ま、君たちが愚かなのは今に始まった事じゃない、か。うん、ならやっぱりルークの事もあるし、君たちを此処で殺そう。そうすればルークも僕と来る方がよっぽど良いと理解してくれるだろう。何時までも僕の兄弟が君たちみたい下等生物に手を掛けられるのは納得がいってないしね」
そうノクスが言い放つと同時に凄まじいプレッシャーが彼の元から放たれる。眼の前にいるのは敵だと予め知っていたにも関わらず、思わず一歩下がってしまう程の圧が全身を激しく打った。
「あぁ、そう言えば此処に来るまでに疲れただろう? ほら、これで十分に動けるさ」
ノクスがそう言うと同時に彼の手から青がかった白い魔力が飛び出して自分達に降り注ぐ。急な事で動き出しが遅れて咄嗟に身構えるに留まる。しかし光が破壊を齎す事は無く、体へと染み込んでいくとそれに併せて疲れが飛ぶようにして消える。
「どういうつもりだ」
「あぁ、気にしなくていい。ご褒美みたいなものさ。それに後からどうこう言われるのは好みじゃないのさ。あとは、そうだな・・・・これはちょっとした灸みたいなものだよ、ルーク。君も中々に頑固なのが分かったからね」
そう言いながらノクスは愉快そうな顔を浮かべて指を鳴らす事6回、音と同じ数の光球が彼の元に従う様に浮かぶ。そして彼の体がフワリと、綿毛の様に宙に浮いていく。その光景は背後から差し込む光も相まって余りにも神々しさに溢れていた。
「さぁ、長話も終わりにしよう。そして君たちの旅は此処で終わる。未来の礎となるがいい」
ノクスが手を振った。その次の瞬間、彼の周りを舞っていた光球が一気に此方に襲い掛かって来た。
「来るぞ!」
そう叫ぶと同時に前に出る。襲い掛かってくる遠距離攻撃に対して一塊になっていたのが裏目になる。しかし戦いの火蓋は切られたのだ。右手の双刃剣を握り締め、ノクスを、未だに何一つ理解できない同族を打ち果たすために駆けだした。
良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。




