15話
手の中で双刃剣を回し、右手に左手と渡しながら左右に振って攻め立てる。速度では勝っている現状、最善に思える行動は攻め続ける事だった。如何に技術を持っていても反撃する時間が足りなければ守るしかない。おまけに魔法だって魔法を発動する為の時間がいる以上、させなければ怖くない。唯一発動までの隙が短いのはドルイド由来の技だが、それだって見る限り杖を地面に叩きつける必要がある。ほぼ無い隙ではあるが叩けそうな時を狙って踏み込み、攻撃する意思を見せさえすれば、ブライヤが磨き上げた技術が反応して行動を止めて、守りの為に動きを変えてしまう。だからこそ、多少のリスクを背負ってでも前に行く必要があった。
「シッ!」
鋭い呼吸音がしたと思った瞬間にそれよりも鋭い刺突が顔へ向けて放たれる。当たれば一瞬で脳天を串刺しにするだろう一撃は確かな殺意を先端に乗せたままに丁度眉間の当たりに迫る。普段なら見えない、そう思える一撃だが今の自分なら相手の技の起こりが見える事もあって、顔を横へと反らしてギリギリで避けていく。そして避けた反動を使って杖で塞がなければ体に当たる様に双刃剣を突き返す。そうすればブライヤは苦い表情を浮かべたままに杖で払う。彼女の本音で言えば今の内に杖の先端を叩いて壁でも何でも作り出したかった筈だ。そうすれば少なくとも状況をイーブンに戻せる。だからこそ、その行動だけは通せない。そしてこうやって向き合っている状況でウィリアムが動かない訳もなかった。
「ハァ!!」
後ろへ押される様にして後退したブライヤにウィリアムが迫り、大剣を叩きつけるようにして振り下ろす。守るという意識全てを捨てたような一撃は速く、重い。それをウィリアムのような武人が放ったのなら、まさしく一撃必殺と言っても違いなく、流石のブライヤも受け止める事を選択から外さざるを得ないのか、大袈裟な動作で回避を選択した。
「チッ、鬱陶しい。相も変わらず力押しか」
ウィリアムの放った一撃が床を砕き、破片を宙に舞わせたのを忌々しそうに眺めながらブライヤは呻く。それが状況の苦しさ故に漏れてしまった声である事が此方には良く分かる。彼女の美貌は長時間の行軍を終えた軍人の様に色褪せて、綺麗な髪も汗で顔に張り付いて乱れていた。始めこそ優勢で始まった戦いが一気に反撃も出来ない状況に追い込まれたのだからそれも仕方がない事だ。
「よそ見してんじゃねぇぞ!」
ウィリアムの攻撃で崩れた所へ駆けこむ。そして振りかぶった双刃剣を横へ振り回せば、咄嗟に立てたせいで受け流し切れなかったブライヤの杖に刃が食い込む形になった。手には異様な固さが伝わり、杖の心棒に何か別の何かを使っているのではないかと思うほどの手応えだった。出来れば此処で切断まで持っていきたかったが、こうなっては仕方がないと判断して、双刃剣からあえて手を離して、右足を鞭の様に撓らせて彼女の胴体を狙う。もともと双刃剣だけで戦うようなスタイルは取っていない。だからこそ手を離す事に躊躇いはなかった。
「グッ!?」
右足は吸い込まれるようにしてブライヤの左の肚へ突き刺さる。彼女のバトルスタイルとここまでの運びから武器を此処迄潔く離す事が想像できなかったのか、左手の剣で守るのが遅れた。右足からは彼女の胴にそのまま入った感じがして、プレートの類は着込んでいなかったようだった。それでもそこでダウンすることは無く、むしろ大袈裟と言えるような吹っ飛び方をされてしまう。
「ッツ!まだだ!」
伝わる感触からすれば間違いなく入った筈だが、それでもきっちりと後ろに跳んだ影響か、彼女の目は死んでいない。むしろ現状で言えば武器を手放して距離も作られ、最悪に近い。どうやって掛けても彼女が先に行動を起こせてしまう距離があった。しかし不安はなかった。なぜなら自分は1人ではないし、仲間がこの隙を狙っていたのが視界の端に映っていた。
「いいや、終わりだ」
ウィリアムの影がブライヤに掛かる。それほどまでに近くに迫って居たことにブライヤは気が付かなかった。だから彼の声が聞こえた方へ驚愕を貼り付けたまま上半身ごと咄嗟に動いてしまった。武器も構える余裕がなかった。それほどまでに自分へ注意を向けていた。我ながら良い仕事だったとほくそ笑んでやる。
鉄の砕ける音、そして同時に鈍い音が廊下に響いた。ブライヤは馬車から投げ出されたように横っ飛びになり、宙に浮いたまま壁に受け身も取れていなさそうな姿勢で豪快にぶつかった。その際に杖は手から離れ、口からは吐血も見えた。間違いなく骨も折れているだろう事は容易く想像がついた。しかし彼女の体は切断されてはいなかった。よく見ればウィリアムが振った大剣はいつもと向きが違っていて、刃ではなく、刀身の腹で叩いた事が理解できた。そして彼女が大きく咳き込みながら血を更に吐いた事でギリギリの所で生き延びた事も分かる。
「良いのか?」
「・・・良くはないだろう。しかし、皇女様が何か口にしたそうに見えたからな」
警戒したままのウィリアムを横目に問い掛ければ、少しだけ口ごもった後にそう答える。そしてミラの居る方へ目を向ければ焦った様に掛けてくるミラとそれを追うプロトの姿が見えた。後方のブライヤが生み出した壁は既に焼き尽くされ、跡形もない。どうやら無事な様だ。
「ブライヤ!」
ミラが焦った様にブライヤの方へと駆けていく。危険が無いわけではないのだか止めようと思ったのだがウィリアムが何やら意味ありげに止めるので足を止めた。プロトは此方に寄って来て下から顔を見上げてくる。
「ルーク、体は大丈夫なの?」
「あぁ、問題はない、かな。いや、怠いか・・・?」
戦いが終わった。そう判断すると同時に急激に力が抜ける感じがして自分の体を見下ろせば、自分に纏っていた光が陰り、毛がボロボロと抜けていく。その一本一本に力を持っていかれているのではないかと思うほどに脱力感が増していく。そして膝が抜けそうになった瞬間に横から飛び出してきた手に支えられた。
「しっかりしろ。まだ倒れてくれるな」
「はは、そりゃ厳しいぜ。戦功第一位様だぜ」
「だとしてもまだ終わってはいない」
そう言われては仕方がない。奥歯を無理矢理に噛みしめて膝を叩く。まるで山でも登り切った様に足が震えていて、これからの本番までに収まるのか不安だ。
「ルーク、僕に手かけて」
「悪いな」
背中を向けたプロトの肩に寄りかかる。反対側はウィリアムが持ち上げる様に手をわきの下に差し込んでくれていた。お陰で倒れる事はない。しかし疲れからかミラたちの方にまでは意識を向けられそうになかった。でもウィリアムがここにいるなら大丈夫なのだろう。実際戦っている時も随分悪辣な技をブライヤは繰り出してきたがミラを直接狙うような事はなかった。やっぱり敵対しても何かあるのだろうと思う。でも同時にそれはウィリアムも同じだろうなとも思う。普通なら殺しているし、ミラを理由にはしたがそれでもブライヤを生かしたことに彼の意思がありそうだなとも何処か遠い所で思った。
それからミラとブライヤは小さな声で会話をしていた。ミラはブライヤへと魔法をも行使して治癒を施していて、死の淵に引っかかった状態からは脱している様に見えた。それでもダメージはあるに決まっていて、動き出すようには見えなかった。ただ会話は何とか出来るようで息苦しそうにはしていたがミラの言葉に応え、心なしか笑みを浮かべている様に見えた。
「ごめんなさい。それと私の我儘を止めないでくれてありがとう」
話したい事は終えたのか、ミラが戻って来て頭を下げる。そして直ぐに自分に向けて同じように魔法を使ってくれる。
「ルークもごめんなさい。本当は貴方を優先しなければならないのに」
「いいさ。姉妹みたいなもんなんだろう?ならいいさ。最初からミラの為の旅だからな」
疲れは取れそうに無いがそう言って笑う。彼女にかっこ悪い姿は見せたくないし、家族を大事に思うのは当たり前だ。だから本当に文句なんてものは無かった。ただ、少しだけ心配だっただけだ。
「ありがとう」
ミラがそう言って笑う。それだけ頑張った甲斐があったし、心なしか足にも力が戻って来た気がした。
「やはり全ての敵はあの男、ノクスのようです。ブライヤも存在に気が付いたのは愛金らしく、いつの間にか帝国の中枢に入り込んだ様で、姿を表したのは最近の事の様ですが、おそらくかなり前からお母様と通じていたのでしょう」
そう言いながらミラは怒りの顔を浮かべる。それは自分も同じだろう。自分の同族を名乗るあの男の顔が浮かぶ。
「そうですか・・・ではルークの体調が治り次第、早く向かいましょう。他の警備の者が来ない当たり、待っているのでしょうから」
「ならもういける。俺もアイツには用事があるからな」
強がりだ。でもここで自分が足を引っ張るのは許せない。問題ない、そう思えばあれ程気怠かった体が僅かにではあるが軽くなっていく。
「行こう。アイツの顔、拝んでやろうぜ」
そう言って強気に笑った。
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