13話
ウィリアムが大きく飛び退くと同時にプロトが杖を真っ赤に光らせる。眼の前では森を作る種が割れたのではないかと思ってしまう程に通路を木々が犇めき合って虫の鳴き声のような音を立てている。よく見ればブライヤが持っていた杖と同じ華も咲いているようで、まさに彼女の杖の延長線の様にも思えた。そして犇めく木々はこちらに向かって、各々手を伸ばしている。もし捕まれば蛇に絡まれるようにして一気に森の仲間入りだ。それに徐々に成長している華がどのような効果を齎すのかも気になる。まさか飾りではないだろう。
「ウィリアム!何か知らないか!?」
プロトが放った火の壁がブライヤの生み出した森とぶつかる。しかし生木の様に水分をタップリと含んでいるのか、或いは魔力によるものなのか良く分からないが焦げ付きはしても焼き切れた様子はない。火すらも押しつぶすように森が浸食してきていた。
「吾輩も詳しくはない。しかし突破自体は出来るはずだ。協力しろ」
ウィリアムが大剣を担ぎ直して壁の向こう、ブライヤが立っていた場所を睨む。
「そりゃ良いけどよ・・・どうすりゃいいんだ?」
「まず吾輩が道を切り開く。お前は咲きそうな華を狩れ。それで一旦は追加の攻撃は防げる筈だ。その後、プロト殿の火で止めを差して向こう側へ。ミラ様は吾輩たちへの治療を。どうやら僅かながら毒の気もありました」
そう言いながら鼻をひくつかせた。自分には分からないが彼には引っかかるものがあったらしい。
「大丈夫なの?」
「はい、そこまで強くはないようですから。それに奴はミラ様まで害する意思は感じませんでした。それゆえ毒の類は弱めているのでしょう。だから其処こそがつけ入る隙でもあります」
「えっと、ボクはどのタイミングで撃てばいい?」
「プロト殿には此方から合図を出します故、後方で待機を。後は出来るだけ一点に固めた火属性だと有難いですな」
「うん、それなら大丈夫かな」
「じゃぁ、ちゃっちゃとやるか。先に行くぜ」
双刃剣を軽く振って肩に乗せる。そして勢いよく飛び出した。
眼の前から木々が触手となって此方へ勢いよく伸びて来た。先端は鋭利で刺されば簡単に体に穴が開きそうに見えた。まるで槍衾で隙は無い。しかし簡単に刺さってやる訳がないし、自分はショーの人間だ。軽くひらひらと蝶の様に避けては、その伸びた触手に手を掛けて上を目指す。
当然地面から離れた自分へ更なる追撃が伸びてくるが、自分にとってはこの程度なら足場が増えたようにしか感じられない。時に双刃剣で攻撃をずらしながら注意を引けばその隙に足元にウィリアムが突貫して壁を揺らす。穴を開けるには時間が掛かりそうにも見えた。実質森を開拓するのと変わらないのだから仕方がないのだが、ウィリアムで時間が掛かるという事態が既に面倒だ。
「これか」
呟きざまに双刃剣を振るって華を散らす。華は赤く、回って広がったドレスの様な花弁で見た目だけなら可憐な令嬢を思わせた。しかし切り裂いた途端、乱れた花弁たちは急速に枯れていき、華の中央からは何やら真っ赤な粉が噴き出した。
直感的に不味いと思う。急いで飛び退くが少しばかり吸ってしまったのか、体の熱が急激に昂る様な感覚と心臓の音が耳の中で聞こえる。錆のような匂いが喉の奥からやって来て、咽そうになる。
「癒せ!」
どうしたものかと思った時、後ろからミラの声と彼女が発しただろう治癒の光が身を包む。受けた毒らしきモノと比べるとその効果はやや弱いが、それでも回復に向かった事が分かる。これなら無理しなければ何とでもなるだろう。壁を蹴って一度下へ落下すれば擦れ違う様にして樹木が伸びていった。
地面に足を付け、跳ね返る様にして再び壁を目指す。自分が担当することになった華の処理はとてもじゃないが全部は無理に見えた。なにせ次々と蕾が春が来たかのようにグングンと成長しているのだ。おまけに花弁の色も様々で何の効果があるか分からない。だからウィリアムの邪魔になる奴だけを狩る必要があった。
ナイフを飛ばす。ナイフは花弁のド真ん中に刺さったが枯れる事は無く、花粉らしきものを舞わせるに留まる。やっぱり根元からしっかりと切り付けてやらないと意味が無いらしく舌打ちが出る。その間にもグングンと華は成長を続けている。
「ウィリアム!全部は狩れないぞ!」
「構わん!まずはブライヤの所まで行かねばどの道終わりだ!」
こちらへ振り返る事も無く、ウィリアムが返事をする。やはり際限が無いようで、つくづく厄介だ。奥歯を噛みしめ、壁を登る。そしてウィリアムの近くに留まって、被害を出しそうなモノばかりを狙う。そして切れば一瞬であらゆる病気の初期症状にも似た感覚が襲い掛かって来る。
目が霞む。喉の奥に血錆の臭いが湧く。指先にも震えが出て、寒い所に閉じ込められた心地にもなった。その度にミラの光が身を包み、苦しみを軽減してくれる。それでも完治には至らず、ウィリアムが突破する前に倒れるのではないかと思ったその瞬間だった。
「プロト殿!」
吼える様な掠れた怒号が足元から聞こえた。やっとかとも思った瞬間に足の力が抜けそうになり、慌てて壁を強く蹴る。想像では足元にウィリアムがいて、そこに目掛けて魔法が飛んでくるのだから、そこから逸れる様に斜めに向けて飛び退いた。
「ウォォォオォ!!!」
ウィリアムの吼える声が聞こえた。それに続いて、爆発したような音がした。空中で投げ出される様な形になった自分の体を必死に繋ぎ留めながら、掠れた視界で開いているだろう壁の向こうを睨む。彼の実力は信じている。出来ると言ったのだから予定通り開いている筈だ。ならば自分も続かねば嘘だ。そう思った。
少しずつクリアになっていく視界の先ではあの忌々しかった壁に穴が開いていた。しかし崩壊する様な雰囲気はなく、曇りの日に偶々顔を見せた太陽の様な穴だった。そしてその奥に例のブライヤが立っているのが見え、ウィリアムと鍔ぜり合っているのが見えた。どうやら一息に彼女の位置にまで飛び込んだようだったが、体に巡る状態異常が邪魔するのか、押し切れてはおらず、むしろ押し返されているようにも見えた。
「追いかけるぞ!!」
壁が勝手に塞がろうとしているのが見える。もし分断されてしまえば事だ。声を張り上げ、出来た穴へ目掛けて走る。2人がついて来られているのかは分からない。それでもウィリアムを1人にする訳には行かない、そう強く思ったのだ。
穴を通り抜け、力の限り走る。自分が受けた状態異常も大分和らいだのか、視界は取り戻した。やや力の抜ける感じはあるが元より力勝負などしないのだから気にはならない。直ぐにウィリアムの背に追いついて飛び越すようにして跳躍する。そしてブライヤの頭に目掛けて双刃剣を振るう。
手に伝わるのは固い感触だ。双刃剣の先には先程の壁と同じような木が阻むようにして彼女の持つ杖から伸びていた。どうやら彼女の杖は地面と融合するようにして立っており、其処の根元から自在に木々を伸ばしている様で、此方が壁の向こうに行っても此処を動かなかった理由であり、傍から見れば要塞に籠っている様なものでもあった。ウィリアムと鍔ぜり合っているのも自分と同じような木で出来た剣が伸びて、かち合っているのだった。
「ふむ。越えてきますか」
ブライヤ感心した様な声を漏らす。このような状況でも彼女にとっては余裕のある状況なのだ。嫌な予感がした。急いで身を翻してぶつかった木を蹴って彼女の後ろに回る様に逃げる。それはウィリアムも同じで強引に大剣を振るって自分とは別の方面へ後退した。次の瞬間、針の山が彼女の足元から天を突く様に伸びる。背すじにうすら寒いものが走る。もう少しで串刺しになっていたのだ。やはり変幻自在の攻撃方法と防御がある。とても崩せる様には見えなかった。
「燃えろ!」
プロトの声が響き、ウィリアムを飛び越えて火球がブライヤに向かう。しかし安直な物は簡単に防がれてしまうのか、足元から伸びた木が真正面から受け止め、火球が消えると共にボロボロに朽ちていく。こちらからは彼女の表情は見えないが涼しい顔をしていることは想像についた。
「ふむ、これならどうですか?」
そう言うと杖を床から切り離し、再び一回転させて床に突き差す。次の瞬間、其処を軸に地面を浸食するようにして華の蕾がぽつりぽつりとカーペットの様に湧き出した。そして突破して来た壁も穴が埋まり、再びこちらに向かってその触手を伸ばさんとしていた。此方もブライヤを挟んだ状態だが、ウィリアムたちも彼女の華と壁に挟まれてしまった。
不味い、素直にそう思う。しかし今の自分にはどうしようもない無力感が湧いた。何かをしなければならないのに、自分の持つ手札が少なくてどうしようもない。そんな考えが足元から湧く。いつもこれだ。結局誰かに頼りきり、その事が今、不自然な位に腹立たしく思った。体が熱い。
前に立つブライヤは此方を見ることはない。それはそうだろう。ウィリアムの武を自分が越える事はない。プロトの様な魔法も無ければ戦況を維持するミラの様な治癒も出来ない。精々跳びまわって鬱陶しいだけの自分に目を向ける事はない。当然の事だ。心臓が嫌にうるさい。
今、一番自分がすることは何だろうか。華を狩る?いや、絨毯の様に広がるこれを狩ればミラの治癒が来る前に行動不能になることは想像に容易い。きっと端に寄って、好機を伺う、そんな言い逃れのような行動が正解だ。肚の底が酷く疼いた。
次の瞬間、言いようの無い怒りのような物が足元から登って全身で弾けた。そして瞬き1つした次の視界は宙に跳び、ブライヤの後頭部を射程に収めた光景だった。
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