10話
夏の昼の様に地下通路が明るくなる。極彩色を放ちながら迫るのは魔道人形の放った魔法の数々だった。それらが二方向から豪雨の様に降り注ぐ。モノとクロに大きな動きはまだない。しかしそれを気にする余裕までは自分には無い。だから予定通りに後ろからの敵と攻撃に備える。もう片方はウィリアムとミラが何とかしてくれる、そう信じる他ない。
「阻んで!」
プロトの声が響き、杖が深い青を放つ。次の瞬間には自分の幾らか前に杖と同色の壁が反り立ち、魔道人形の魔法を真正面から受け止めていく。その間に身を屈め、タイミングを見計らう。早すぎればプロトの魔法にぶつかってしまうし、遅ければ再び魔法の嵐がやって来てしまう。
プロトの放った魔法の端が解け始める。限界の合図だった。それを見るや否や走り出す。解けていく壁の向こうでは再び魔道人形たちによって魔法が唱えられ、杖の魔力が高まっていくのが見える。揃いの灰色のローブに身を包み、トンガリ帽子に先端が角ばった杖を手にしたプロトの後継機たちの顔や動きには何ら躊躇いと言うものは感じられず、最初に決められた事を繰り返すだけのおもちゃの様にも思えた。普通なら動く自分に視線が動いたり、偏差撃ちや、波状攻撃を仕掛けるものだが、全てが決まった様にしか動かない。指示出しをするような個体も居なければ逃げ出す様なのもいない。どこにも意思が感じられない。本当に彼らは何処までも兵器だった。
「オラァ!!」
地を蹴って、叩きつけられたボールの様に跳ね回る。全ての攻撃をプロトに捌いて貰うのはどう考えても現実的ではない。だから出来るだけ早く相手に近付きたかった。現状の様な津波染みた攻撃は離れれば離れる程に避けづらくなる。でも近付けば発射時点においては範囲が狭くなって、僅かとは言え避けられる隙が生まれる。それに同士討ちも狙えるのだから近付かない理由は無かった。
魔法を放つ直前の杖を切り飛ばした。直ぐに離れてあえて魔道人形たちの群れの中に飛び込んでいく。そして再び双刃剣を振りまわした。切り裂かれた杖が暴発し、魔道人形たちが壊れて破片が宙を舞う。絡繰りの様な部品という物は少しも見えない。どういった造りなのか、彼らの体は闇に包まれて、切り落として部分からは湯気の様な黒い靄が血のように噴き出すばかりだ。痛みも感じないのか、悲鳴の様な物は上がらない。元からそういった機能全てが削ぎ落されているように思えた。それが何だか悲しくも思えた。生きて見える兵器なんて碌なもんじゃない。
ひらりひら、風に散る花弁の如くに隙間を縫って人形たちの間を泳ぐ。街中で帽子が取れてしまったスーパースター、或いは脱獄した大悪党みたいだった。人形たちはこちらを掴もうと手を伸ばす。そして焦れたのか、あるいは最初からそうやって決められていたのか距離が離れれば魔法を放った。そう仲間が幾らいても一切の淀みなく巻き込むようにして魔法を放つ。だから近くにいる人形は巻き込む為にこちらへ手を伸ばす。しかし距離が出来れば魔法を使えるのはこっちも同じだ。この密集地帯から少しだけ離れた所で魔法の光が見える。
空間を裂くようにして放たれたのは紫電だ。突き出された槍のように放たれた紫電は自分のいない方を駆け抜けながら来た道へと消えていく。通った後には地面が焦げた跡しか残らない。そうして強引に開かれたスペースに自分の身を滑らせれば、再び紫電が元居た場所を駆け抜けていく。
「プロト!デカいの頼むぜ!」
自分たちの方面は人形の数がかなり目減りした。だから一纏めにして片を付ける為にプロトへ声をかければ返事の代わりに杖が光り出す。それを見届けた後、少しでも彼が魔法を放ち易い様に人形たちを一か所に固める様に動く。
「悪いね」
一番先頭に居た個体を倒すのでは無く、蹴って転がす。そうすれば後ろに居た奴とぶつかって歩みが一瞬止まる。彼らが味方を思いやる様な事は無いだけに拘束力は無いがそれでも一瞬、体が止まるのならやりようはある。もう一度近寄って別の個体を蹴り飛ばし、また歩みを止める。
「させるかよ」
遠くに居る個体は前方の渋滞など知った事ではないと言わんばかりに魔法を唱える。それを妨害するためにナイフを投擲して中断させて暴発させる。増幅器でもあるのだから発射間際を止められればその場で爆発することもある。今回は大分うまくいった。そしてその内にプロトの用意が整う。
「離れて、ルーク!呑み込め!」
プロトの忠告に素直に従って大きく飛び退く。次の瞬間にはそんな自分の横を渦を巻いた火が嵐の様に通り抜けていく。まるで龍の息吹の様な火はたちまち魔道人形たちを呑み込んで行く。その熱は離れた自分の体すらも焼き切るのではないかと思うほどに熱く、久しぶりに見たと言える程には強力なプロトの魔法だった。そして魔法が通った後には黒くなった地下通路以外何も何も残らなかった。
「よし、お疲れプロト。流石だな」
「ううん、ルークがかき乱してくれたから、凄くやりやすかったよ」
まるで炭焼き小屋の様に真っ黒になってしまった通路を見る。足音はもう聞こえない。暫く後続部隊も無いだろうと思えた。来るとしても流石に時間が必用だろう。
「良し、後はウィリアムたちのほうだな」
そう言って振り向こうとした瞬間、脳内に警鐘が鳴り響く。まさに嫌な予感とでも言うのだろそれが背後、ウィリアムたちの方からやって来た。
始めに感じたのは冷たさだった。氷室に入れられたのとは違う、真っ暗な倉庫に投げ入れられて鍵をかけられた時の様な、何だかうすら寒い感じだ。落ち着きなどなく、孤独を揺さぶられるような暗い冷たさだった。背筋を虫が這いずった様な怖気が追いかけてやって来る、危機を感じるには十分だった。
「あぁ、所詮は人形だったね」
「あぁ、やっぱり駄目だったね」
振り返った先、ウィリアムたちの先にいるのはあの道化師たちだった。彼らは先程まで、あのウィリアムと戦って居たと思えない程に綺麗な姿の儘だった。それだけでなく、立ち位置すら変わっていない様に思えた。ただ、彼らが纏う雰囲気がとても邪悪なものに変わった。いや、浮き出て来たと言う方が正しいだろうか。兎に角彼らのメイクも相まって何を考えているかも分からない。大きく裂けた口のメイクが不気味な笑みを貼り付けている。良くない事が起きる事だけが良く分かった。
「やっぱり、厄介だよね、君」
「やっぱり、面倒だよね、お前」
そう言いながら彼らは魔道人形たちの残骸の中、2人して円を描くように歩く。彼らの片手は繋がれていて、こんな状況でさえ無ければ仲の良い兄弟にでも見えただろう。ただ無数の残骸が転がる中では猟奇的な殺人犯にしか映らなかった。
「諦めて道を譲るがいい。お前たちが吾輩に勝てる道理などない」
そう言いながらもウィリアムは一切の油断なく大剣を手に、構えを解く様子がない。まぁ、この雰囲気の中、勝ち誇れるのならよっぽどだ。
「いやいや、そんな事したら駄目じゃないか」
「いやいや、そうしたらどっちにしろじゃないか」
そう言いながらモノとクロがケラケラと嗤う。緊張感もないが彼らにはまだ何かしらの打開策があるのは明白だった。それがウィリアムも分かるのか、これ以上時間を稼がれるのを嫌って前に出た。
「ハァァァァア!!」
一気呵成、乾坤一擲。ウィリアムの剛の剣が一息にモノとクロを襲う。その場面になってさえ、彼らは手を離すことも踊る事も止めなかった。そして次の瞬間、ウィリアムの剣が彼らを引き裂いた。
「ふん」
しかしウィリアムは小さく息を吐いただけで直ぐに後方へと飛び退く。そして彼の背で隠れていたモノとクロを見れば先程の一撃全てが幻だったと言わんばかりに彼らの体に傷がない。正確に言えば切れてはいるのだが靄に映る影を切った様に戻ってしまうのだ。
「あぁ、無駄だよ。それより用意は出来たかい?」
「あぁ、駄目だよ。それより今度はこっちさ」
次の瞬間、彼らから膨大な魔力のうねりが発生した。先のプロトよりもハッキリと強い魔力の波が発せられて形を成す。それは闇の津波だった。
不定形の黒波が全てを呑み込むようにして空間を占めていく。それに呑み込まれてしまわぬ様にウィリアムが下がって来た。そしてそれに応える様にずっと後方で立っていたミラが光を湛えた杖を掲げる。
ミラの杖から放たれるのは光だった。癒しの光ではないが見ていて落ち着く光だ。宵闇に爆ぜる焚き火、夜の街に零れる民家の明かり。生命の営みを象徴するような暖かさを纏った光はモノとクロの放つ闇とぶつかると拮抗した。派手な音は出ない。しかし光と闇が正面から激しくぶつかる姿は荒れ狂う海を思わせた。
「プロト、あれが何か分かるか?」
「ううん。ボクは良く分かんないや。でも触れたら良くない、って事は確かだよ」
後方でモノとクロの魔法を観察するが疎い自分には良く分からない。ミラの持つ聖属性の魔法とぶつかり合う姿はまさに闇としか言いようが無いのだが、闇属性というのも良く知られていない物だ。だからこそ、今使われている魔法がどのような効果を発揮するのか分からず、安易に行動が出来ない理由になっていた。恐らくウィリアムが攻めあぐねている理由の1つなのは間違いなかった。後の1つは攻撃が通っていない事だろう。
ミラたちの攻防はその激しさに反して早々に終わる。おもちゃに突然飽きてしまった子供のように闇が溶け、光が追いかける様にして闇をついばみ、元の状態へと戻っていく。そして闇の晴れた後には何も残っては居なかった。
「ふふ、厄介だなぁ。でも長くは持たないよね」
「ふふ、面倒だなぁ。でもそろそろ終わりだよね」
モノとクロが肩を小刻みに揺らしながら口端を歪める。確かにミラの表情は優れない。明らかに無理が表面に浮き彫りになりつつあった。しかし今の所対処が見つからないのかウィリアムも直ぐに飛び出す様子は無かった。
「ま、気長にやろうか」
「ま、ノンビリやろうか」
「「どうせ、ここで潰えるんだからさ!!」」
モノとクロが両手を繋ぐ。そしてグルグルと回りだす。同時にその間に再び魔力の渦が高まっていくのを感じた。止める術は未だ見当たらなかった。
良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。




