8話
旅立ち迄の時間はアッという間だった。それは旅立ってからも同じで不安を胸中で躍らせ、心臓を嫌になる程に叩かせながら馬の背にしがみ付いた。人数が増えた事もあって、ウィリアムと2人だった時よりも慎重に帝都へと続くあの切り株を一心に目指す。こんな状況でさえなければアガパンサス団の仲間、そしてミラたちと一緒に旅をしている様な気分になれただろうし、陽気な空の元、軽口を叩きながら風を切っただろう。でも今は皆が口を一文字に閉じ、空と大地を睨みつけながら、この先を思いつめるばかりだった。空の青さが、陽の暖かさが今は恨めしかった。
「ルーク、大丈夫?」
休憩中、ミラに問われる。彼女の顔には旅の疲労が浮かんではいるが、それを仮面のように張り付いた覚悟が覆い隠していた。それが美しく、それでいて悲しく思えた。今更そんな事を思うなんて、随分と緊張しているとも思う。でもこの旅が終わればどのような結果であれ、彼女と一緒にこうやって旅をすることはない。そう思ってしまってからは何だが彼女の顔を見れていない様な気もしたし、プロトと喋ってばかりで逃げていた様な気もした。
「あぁ、大丈夫さ。少し緊張してるだけだ。ミラこそ大丈夫なのか?」
「えぇ、私は大丈夫。勿論、怖いのだけれど。仲間がいるから。それに私が決めた事だもの。止まらないわ」
そう言いながら帝都のある方を見つめるミラの横顔を見つめる。ブレない、ミラという1人の精霊種の女の子ではなく、帝国の皇女としての、持つ者の意思が其処にはありありと映っていた。それが夏の陽射しにも、石造りの地下室にも見えた。
「そうだよなぁ。うん、頑張ろうぜ!」
立ちあがり、そう言って笑った。虚勢が無かったとは言えない。でも彼女にそれ以上の言葉を掛けられそうにもなかった。
それから旅は予定通りに進んだ。切り株は問題なく開いたし、地下道は相も変わらず水が流れ込んでいた。その中を今度は大人数で歩くものだから足音が雨音の様に響いて広がった。でも軽口の一つも既にない。場所も地下だからか酷く沈痛な気分になる。本当にこれから大事を起こすのか、そう問いたくなるような状況だった。
「・・・・」
ふと気になってプロトの顔を見る。この作戦に参加してからの彼は少しだけ、いつもの無垢無邪気に影が掛かって見えた。背負われた杖、あの時から使い続け、完全に彼の物となった杖は欠けた円の中に握りこぶし大の球体上の茨の様な物が突起を伸ばして存在を主張していた。プロトが魔法を使えばそれぞれに応じた色を灯して、星の様に煌めくのだ。ただ、そんな杖に反してやっぱりプロトの気が沈んでいるようにも思えた。
「よ、大丈夫か?」
「わわ・・・ど、どうしたの?」
軽く肩に手をやって声をかければ驚いた猫の様に体をギュッと上に伸ばす。そして目を瞬かせてこちらを見上げた。
「いや随分固いなって思ってな。なにかあるのか?」
「あ、ええっと・・・」
問い掛ければプロトは少しだけアタフタとしながらも普段の雰囲気に戻っていく。でも言いたくないような、どういえば言えば良いのか悩んでいる様にも見えた。
「別に言いたくないなら言わなくても良いんだぜ」
「ううん、そうじゃないんだ。でも何て言ったら良いのか・・・」
そう言い淀む。プロトが悩む間にも足取りは変わらず、水の流れる音が彼の脳内を表すように囂々と流れていた。その儘彼の悩みが流れてくれるのなら良いんだけどとも思う。
「ねぇ、ルーク。ボクが彼らと話したいって言ったら変かな」
少しの間、悩んでいたプロトだったが、顔を上げてそう聞いてくる。
「彼らって・・・魔道部隊の奴等か?」
「うん、話せるのかは分んないんだけども・・・」
「どうだろうなぁ・・・プロト位喋れるのはいないように思ったけどなぁ・・・ノクスの事だから余計だと思ってそんな部分作らない気もするし」
思い浮かぶのは度々見たプロトの後継機たちだが、彼らに会話するという機能が幅広く付いているようには思えなかった。むしろプロトが一番会話が上手い。αやβよりもずっと滑らかだし、違和感を覚えなかった。今でもプロトが作られた存在、というのも信じきれない位だ。ただ、食事をしないとか、睡眠時間が余りにきっちりしているとか、そう言う部分で彼がそう言う存在だと認識しているに過ぎなかったし、やっぱりそう言う種族ですと言われればそれで納得もするだろうことは想像に容易かった。
「そっかぁ・・・でも、もし話せるなら話してみたいんだ。前にもこうやってルークと話した時みたいに、ボクって結局何なんだろうって思うんだ。それに最近は生きるって何だろうって思っちゃうんだ。誰かに作られて、でも望まれた形ではないし。他の子達みたいに、やる事が無くて、やりたい事も分からなくて。だから話せたら何か分かるんじゃないかって思ったんだ。どんな存在だったとしてもやっぱり彼らはボクの同族だから」
一つ一つ、何かを考えるように、区切りながら言葉を口にするプロトは酷く思いつめたような雰囲気があった。
「そっか。うん、俺はなんて言ったらいいのか良く分かんねぇけど、叶うと良いな。それにノクスを追っ払ったって彼らは此処にいるだろうから、ミラに頼んでみればその機会もあるかもな」
「あ、そっか。うん、その時はお願いしてみようかな。お喋り、出来ると良いんだけど」
少しだけプロトの気が和らいだ様な気がした。やっぱりお互いに同族に苦しむ運命らしい。でもキチンと理解しようと思えるだけプロトは立派に見えた。自分は一体どうなんだろうか。ノクスと話し合う、そんな自分は余り想像出来そうに無かった。
「よし、これから上に出る。覚悟は良いか?」
上への梯子の前でアッシュが問い掛ける。彼は陽動班のリーダーで、他にはオリヴァーとアンガスがいる。彼らは上に出て、協力者に落ち合った後、別れて帝都を脱出しながら騒ぎを起こす。勿論、逃走路は十分に吟味した物だし、彼らも納得しているが、それでも不安が無いとは言えない。ベストはサッサと自分たちが帝国の頂点を取ってしまうことだ。ミラがいることと、ウィリアムの力で帝国の上層部が抑えられれば一時的でも言う事を聞かせられる筈だ。幸いと言っても良いのか、今の帝都の状況は他の権力者をかなり遠ざけている様だから、皇后とノクスを抑えられれば後はミラの存在で抑え込めるという判断だった。
「はい。お願いします」
ミラが代表するように答えて頷く。アッシュもそれで満足なのか梯子に手をかけてズンズン登っていく。それに皆で続いて帝都に出た。
再び夜の帝都に戻ってきたが空気は変わらない。相も変わらず深い森の奥の様な重さと静けさが混じり合っていた。街灯が暖かさを生み出さず、闇に呑み込まれていた。そしてそんな明かりすらも無いスラムの道を一列になって進む。先頭にはアッシュが、最後方には自分が立って、ミラとウィリアムを中心にしながら協力者の元を目指す。
「ここだ」
スラムの奥に入り込むようにしながらグネグネと、左右何方に進んでいるのかも怪しい道を抜けていくと先頭にいたアッシュが足を止める。そして一つの家屋の扉の前に立つと小さくノックをする。家自体はスラムの家としては変哲もない。つまりボロボロで闇に溶け込んでしまいそうな見た目をしていた。それこそウィリアムが突進すれば横倒しになるのではないかと思えてならない。
アッシュがノックして、僅かな空白の後、扉が勢いよく開いた。しかし誰が出てくる様な事も無く、明かりもない。でもアッシュはその中に隠れる様に素早く潜り込んで行き、それに全員が続いた。
「悪いね。今は明かりが使えないんだ」
部屋の中は真っ暗だった。手を伸ばしたら指の先も見えないほどに暗い。皆の息遣いと擦れる様な音だけが良く響いた。そしてそれを割る様に見知らぬ声がした。
「構わねぇ。それよりこいつらだ」
そう言ったのはアッシュだ。そしてこいつらは当然自分達だ。
「あぁ、4人だな。急ごう。なに、最近はどうも警備が厳しくてね。此処への道を決めるのも大変だったんだ。さぁ、扉から真っすぐ奥へ来てくれ」
この家の主はそう言いながら、自分が言った通りに歩いているのか、床が軋む。そうなればこっちも習うしかなく、少しばかり緊張を孕んだまま奥へと進む。その際にアッシュ達は後ろへ下がった様に思えた。
蝶番の擦れる音がした。そしてカツンカツンと金属を弾く様な音もした。ただ、闇が濃すぎて何が何だか良く分からない。ただ、眼の前でここの主が道を用意してくれている事と、こちらの緊張が息を少しだけ荒げさせているのが分かる。
「入んな」
そう言って招かれた。だから恐る恐る全員で足を進めていけば、また地下通路の様な場所があるのか梯子があった。それに手をかけて下る。
地下通路は左程深く無かった。人力で掘られた様な見た目で最低限としか言いようのない造りだった。そして全員が降り立った後、後ろでアッシュたちが扉を締める様な音がした。そして先頭からも擦れる様な音がして明かりが爆発した様な勢いで世界を照らした。
明かりを持った主はすっぽりと黒い外套を着込んでいた。顔の部分でさえもフードが深くて伺えない。まるで闇にあえて溶け込むような造りのローブだった。
「さて、アンタらの自己紹介はしなくていい。俺がアンタらを劇場まで送ろう。俺の事は、そうだなDとでも呼んでくれ。さぁ行こう。時間がない」
手早く自分の紹介だけを済ませたDは言うや否や身を翻す。彼の言う事は尤もだったし誰も文句は無かった。それにこれからの騒ぎとその行方を考えて身を隠す方を選択したことも良く分かる。だからこちらは皆で顔を見合わせるに留めて彼の背を追った。
地下通路は何度も上がり下がりを繰り返した。スラムの家とも言えない部分を無理矢理に地下で繋げているようでモグラにでもなった気分だ。それも幾度も繰り返していくと次第にDの警戒心も否応なしに上がっていくのが感じられたし、自分達も本番が近付いているのが良く分かって疲れた訳ではないのに息が荒くなった気がした。
「よし、次だ。覚悟は出来たかい?」
Dがそう言って振り向く。いよいよやって来たのだ。彼の言う通りなら既に劇場の中にいて、以前は使わなかった昇降機の下に出るらしい。まさしく鼠の道だった。それに幾らでも言い訳が通りそうな造りになっているのも随分手が込んでいた。
「はい。此処までありがとうございました」
ミラがそう言って頭を下げる。それに対してDは肩を竦めるに留めた。
「構わんよ。それが俺の仕事だしな。あぁ、でも出来ればアンタが城に戻っても俺を探さないでくれると嬉しいね」
そう言いながら何処かニヒルに笑う。確かに彼からすれば一発で死刑台も止む無しの道を隠し持っていたのだからそう言うのも良く分かる。きっとウィリアムの眉間には皺が入っただろう。でもミラは小さく笑って、頷いた。
「はい。塞ぎはしますが探しはしません。でも私の騎士は優秀なので、上手く逃げてください」
「十分さ。これでも逃げ足と隠れるのは得意だ」
「さぁそれじゃ、これでお別れだ。武運を祈るぜ」
Dが扉に手をかける。開ければ後は自分たちの運と実力に任せる他ない。しくじればどうなるか分かったものではない。不安と純粋な興奮が胸を嵐の風の様に叩く。でも一緒にいる仲間が、何よりミラが一番覚悟を決めて前を見ているのだからと無理矢理に引き締めて、目を少しだけ瞑った。深い呼吸、熱が地下の冷たさと混じる。もう迷いは無かった。扉の軋む音、同時に全員で飛び込んでいった。
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