7話
誤字報告ありがとうございます。
扉を開けて地上を目指す。階段ではなく梯子で、こちらの方はある程度老朽化が進んでいる様に見えた。恐らく逃走路ではなく、あくまでも下水道と管理の為の道という建前を作っているのかも知れないと思えた。そして幾らか登れば蓋に行き当たる。
「よっと」
蓋の内側は簡易的な鍵があって、外からは専用の物か技術が無ければ開けられない様には出来ている。だから片手でも容易に鍵は外れた。一応いくらか確認してみるが勝手に鍵が掛かる様には出来ていないのを見て安心する。そしてゆっくりとその蓋を押し上げた。
「・・・やっぱりスラムかな」
持っているカンテラには厚手の布をかけて明かりが漏れない様にしたから視界は酷く悪い。おまけに夜という事もあってか、スラム特有の互いに突き出した屋根等の隙間から降ってくる月明りくらいしか光源がなかった。
「ふんふん、誰も居ないか?」
スラムの何処か腐敗した匂いが鼻を突く。しかし物音は無い。帝都であってもスラムの夜は似たようなものらしい。一番の悪党が動き回る夜はそんな奴等の目に止まらないようにジッと路傍の石の様に身を竦めるものだった。勿論目は合わせないし、そう言った奴等は口を噤んだまま死んでいく。だから障害にはなりにくい。
息を顰め、ゆっくりとした動作で外へ体を躍らせる。カンテラは邪魔になりそうだから蓋の内側へ引っかけておいた。武器だけ有ればとりあえず何とかなるだろうし、長居はしない。
蓋の外はどうやら狭い道の一角らしく、住むにも不便そうだった。もしここに寝転がれば誰かに蹴とばされるのは容易に想像がついたし、物を隠せそうにも思えない。ただゴミが結構溜まっているのを見る限り、昼間はそれなりに使われているのだろうことは想像がつく。
「・・・静かだ」
帝都の夜に喧噪がない。勿論月の位置を見るに随分更けた頃合いなのは事実だが、それにしても静かすぎる様に思えた。遠くに見える街灯も随分弱って見える。そんな事は無いはずなのに、帝都の静寂と闇が光そのものすらも呑み込んでしまった様に感じられた。月明りすら、病弱な人の白さに思える。あの日、建国祭の賑わい全てが嘘の様に無くなっていた。
大通りにまで出て、顔だけ覗き込む。そして直ぐに引っ込めてやって来た蓋のすぐ傍まで戻る。
「ほんとにいやがった」
息を潜めて闇に溶け込む。地に伏せて遠くの大通りを見つめ直すが何ともない。見つからずに済んだと息を火に向かって吐くように細く長く吐く。焦って戻って来た理由は単純だ。帝都の大通りには騎士ではなくプロトの兄弟たち、つまり魔道部隊らしき奴等の姿があった。
彼らは二人で並び、そう言う風にしか動けない模型のおもちゃの様に規則正しく、歩幅を併せながら歩いていた。揃いの恰好に揃いの杖を持ち、並べられれば見た目の差異など全くない様に見受けられた。それが大通りを挟んで警備するように歩いていた。どうやっても大通りは使えないように見えたし、恐らく等間隔で配置されているのも容易に想像がついた。そしてアイツらが主要な所全てを潰しているのだろう事も想像がつく。もし夜に行動するならあれらと向き合わなけれならないだろう。ひっそりともう一度だけ溜息を吐いてから地下へと戻った。
「成る程、状況はかなり悪いか。しかし協力者次第では何とかなるかもしれん。その辺りはお前たちの親玉の力を信じる他ないな」
「あぁ、俺もそう思う。まぁ、ボスの伝手なら大丈夫だとは思うけどな。因みになんて言ってたんだ」
「うむ、吾輩も詳しくは聞かされていないがスラム周辺に伝手があるらしく、裏道を把握している者がいるらしい。・・・正直吾輩としては頼りたくない相手だが、止むを得まい」
「ま、その辺は勘弁してくれ」
ウィリアムからすれば自国に他国の諜報員が混じっている上に調査されているという状態だ。気持ちが良いものではないだろう。それに今回のルートもノクスたちを倒した後は何かしらの対策を組まなければならないとなれば気が重くなるのは理解できた。
「さて、では帰るとしよう。余り長居をすれば余計な痕跡を増やすだけだ。それにどうしてかノクスとやらはこちらの動きを把握する術があるのだろう?今仕掛けてこない当たり何かしらの条件はあるのだろうが、それでもこちらには何も情報が無い以上、急ぐべきだ」
「そうだな。さっさと帰って作戦会議だ」
そう言い切って荷物を背負う。収穫はあった。であれば後は頭の良い奴が考えた作戦を実行するだけだった。
「おう帰ったか」
来た道を大急ぎで帰り、船に戻った。本当に幸いとしか言いようが無い位に順調な旅だったが、だからこそ少し不安もあった。幸運も続けば不安に変わる。でも出来ればこの幸運がノクスを倒すまで続けば良いとも思う。
「あぁ、ただいま。ふぅ、疲れたぜ」
馬に乗り続けるのは思ったより疲れる。それに最速で移動しようと思ったら途中途中で馬から降りて走る必要だってあるのだ。だから全身がクタクタになってしまっていた。そんな自分と比べればウィリアムは随分平気そうで、下地の違いを実感する。
「そりゃご苦労さん。だが先に情報だけはくれや。そしたら休んでいいぜ」
ボスの部屋でウィリアムと並ぶ。そして見て来た物とそれぞれの視点からの情報を出来るだけ多くボスに伝えた。
「成る程なぁ・・・まぁキナくせぇが行かない訳にもって感じだな。罠の感じはしなかったんだな?」
「あぁ。あそこでこっちをどうしようって感じはなかったかなぁ。どっちかってぇとズルは許さない、って感じかな」
あの水はウィリアムの話と自分が此処迄に考えた限り、「直接王手なんてナンセンス」そんな雰囲気を感じたのだ。ノクスはこちらを拒むのではなく、ある程度は決めたルートで来てほしいというか、芝居の様な物をしたい、そんな意図を感じた。そう、最高の盛り上がりが最初は嫌だ、みたいな。そんな感じだ。だからボスにそう伝えればボスは首を傾げながらも頷く。
「まぁ、お前たちから聞いた奴の印象からすれば無くはねぇな・・・来てほしいが劇的であってほしい、ってところか。なら何とかなるかもしれねぇ。本気で塞がれたら正直どうしようもないからな」
「・・・このような事態になっていて吾輩が言うのも信用がないが、帝国の守りは固い。兵も優秀だ。それにあの魔道部隊がいるなら鉄壁と言ってもいい。故に相手が招いてくれねばどうしようもない。それが希望か絶望かは分らぬがな」
3人して腕組みで考え込む。難しい状況だがそれでもやっぱり結論として行かねばならない。そうでなければ本格的に戦火が世に広まってしまうのは分り切っていた。
「兎に角、一度本格的に作戦を立てる。それにそろそろ手紙も来るだろうからな」
「協力者からか?」
「あぁ、流石に直接行くのは難しいが手紙位ならなんてことはない。だからそれも見てからだな。よしそれまでは疲れを癒してくれ」
ボスにそう言われて気が完全に緩む。同時に肩に何か載っているのではないかと思う程の重みが全身を襲った。限界だった。
帰還してから数日、今度は全員が会議室へと呼ばれた。それはつまり段取りがある程度済んだ、という証だった。船の中は自然とゾワゾワとした空気が足元からじんわりと上がってきていた。大事を起こす前の独特の空気は何処か焦燥感を煽る。思えばミラを攫う依頼の時も似たような空気があった。帝国とはもしかしたら相性が悪いのかもしれない。いつか純粋に帝都を歩ければ良いと思う。でもその時にはミラはいないかもしれない。そう思うと別の痛みが胸を突く。思えば今の状況はかなり異質な状況だ。ミラには元の場所へ戻って欲しい気持ちがある。それが彼女の望みだし、あるべき姿だ。でもそれと同じくらい離れる可能性を思えば苦しかった。これが何なのか分からない。でもそれが今は邪魔になるのは良く分かった。だから頬を一つ叩いてから会議室へと足を運ぶ。
会議室にはすでに全員が集まっていた。密度が高く、温度が廊下より高い気がする。
「よし来たな。それじゃ始めるぜ」
ボスが自分を見た後に全員を見渡す。それに併せて自分も周囲を見ればミラと目があった。彼女も覚悟の決まった顔をしている。随分見慣れた表情だった。やはり胸のどこかで棘が駆けまわる。でもそれを口には出来なかった。だから一つ頷くに留めた。
「作戦が決まった。決行は2日後だ。メンバーは皇女さまたち4人とアッシュ率いる陽動部隊だ。基本は視察に行った道で帝都内に侵入、その後陽動部隊が帝都を出ながら騒ぎを起こす。その間に皇女さま達は以前に俺たちがショーをやった広場に侵入して其処から城に攻め入る。中はウィリアムの指示に従え。いいな?」
「はい。危険な役をお任せする事になって申し訳ありません」
「ハッ、姫さんは報酬の心配だけしてればいい。俺たちだって馬鹿じゃねぇ。この位はなんてことないのさ」
ミラの言葉にアッシュが笑う。こちらに心配をかけさせない様に言ったことが良く分かる。彼らは優秀だが今の帝国を思えばかなり危険だった。それでもそう言ってのけられる様な奴が仲間で良かったと思う。
「そいつの言うとおりだ。それに皇女様たちの方が大変だからな。ウィリアム、お前の方は大丈夫なんだな?」
「あぁ、任せてほしい。城の中に入れるならどうとでもして見せよう」
そう言って自信に満ちた顔で頷く。まぁ彼程城に詳しい者は此処にはいないし、手もあるようだった。
「ならいい。さぁ大仕事だ。準備を怠るなよ!欲しいものは無理矢理にでもぶんどれ!世界の平穏を我らの手に!」
「おう!」
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