6話
帝都に繋がる秘密通路への旅は順調だった。ウィリアムにとってはこの辺りは庭の様な物だったし、互いに無理が多少は利くタイプだったのもあるだろう。何より徒歩でなく、馬だ。風をグングンと裂きながら進むのは船とは違った快感があった。
幸いと言うべきか、魔道部隊の姿は未だに見ていない。ウィリアムが記憶と照らし合わせながら哨戒ルートを避ける様に道を決めているのだろうとは思うが実体は不明だ。ただ、その歩みに一切の迷いは無いように見えた。
「この辺りだ」
帝都もほど近く、立派な円形の城壁が見える頃になってから、それに逸れる様に進んでいたウィリアムが足を止める。馬は途中の村で預けてきていて徒歩で此処迄やって来たが周囲には何も無いように見えた。広い野そのものだ。小川が流れ、近くの村や旅人が時折使用することもあるのか、一部は草が禿げている箇所がある。そしてウィリアムはその場所へ目を付けるとズカズカと歩み寄っていく。その背を追っていく。どうにも拓けた場所は状況と合わせて落ち着かない。今もノクスに見られているんじゃないかと思う程だ。
畔にやって来たウィリアムは周囲を注意深く見つめながら一つの切り株へと目を付けた。切り株は幅が広く、元々は結構立派な木だった事が伺えた。只今は随分と黒ずんでいるし、亀裂も雷が走ったかの様に入ってしまっている。まぁ、少し腰かけるには丁度良く思えるが品の良い椅子とは言えない見た目だった。でも根は案外しっかりしているように見えた。
「それがどうしたんだ?」
ウィリアムがおもむろに切り株へと向かって行くものだから声をかけるが彼は見ていろと言わんばかりに肩をいからせて歩くだけだ。そして切り株の近くで何かを探る様に手を当て、鼻をひくつかせる。その姿を見てまさかという気が起きる。そしてその予感は直ぐに結果が出た。
ウィリアムが探る様に手を切り株に這わせ、ある一点で止める。丁度こちらからは見えないが何かあるのか回す様な、或いは引っ張るような動作を繰り返す。すると切り株が揺れ始め、胴体を一周する様な切れ目が現れる。そして次の瞬間にはコルクを抜いたようなパカンと間抜けな音を立てて切り株がうっすらと開いた。きっと自分の口も同じように開いたに違いなかった。
「すっげぇ・・・こんなとこから行けるのかよ。そう言えば俺たちが最初に帝国領から逃げる時もかなり長い穴を通ったもんなぁ」
帝国の執念染みた秘密通路製作熱はどこからその熱量が湧いたのかと思うほどだ。これが帝都に繋がっているならそれこそ一日は固い距離の隔たりがある。一度も負けたことも無い癖にこれ程の逃亡路まで完備されているのは圧巻だ。それだけでなくこれが複数あるのだから帝国の大きさをつくづく実感するばかりだ。
「おい、惚けるな。それに此処からがお前の仕事だ」
ウィリアムが手を叩きながら咎める様な表情でこちらを見る。彼は開いた切り株を蓋の様に外していた。
「あぁ、ごめんごめん。今行くよ。俺が先で良いんだな?」
「あぁ、吾輩には盗賊の知識はない。だから何かあればお前の判断で見定めろ。まぁ、逃亡路なのだから早々罠など無いとは思うが」
「ま、そりゃそうだな。逃げる皇族が罠に引っかかったら馬鹿すぎるもんな」
「そうだ。だがこの通路を向こうが把握していて罠を仕掛けている可能性もある。気を緩めるなよ」
「はいよ。それじゃ行くぜ」
切り株を覗き込む。中は陽の光が差し込み、埃が星の様に反射していた。どこか濡れた獣の様な匂いが立ち昇ってくる。黴と混じった湿気の匂いだ。環境はあまり良いとは言えなさそうだった。とは言えその程度でうろたえる様な生き方はしていない。早速錆びついた梯子に手を掛け、ゆっくりと降りて行った。
梯子はそこそこの位置で終わった。見上げれば切り株の穴がまるで太陽の様に輝いていた。ただ、流石に底までの深さを照らす力はない。自分の周囲は真っ暗で、指の先も見えなかった。足元は固く平たい感触がする。左右は手を伸ばしても届かないが少し動けば壁に当たった。武器を振り回す程の広さはない。精々槍で突く位だろうか。背負った双刃剣を伸ばせば上には当たらない。十分な高さはありそうだった。
「照らしてみるか」
変な匂いはしない。湿気があって長く閉ざされていたような匂いが蔓延ってはいるがそれだけだ。もしかしたらウィリアムの様な獣種にはキツイかもしれないが彼なら文句は口にしないだろう。
手に持った光結晶をランタンの中に入れて砕く。すると一瞬爆発したように光が溢れて、次第に萎む。そして直視は出来ない位の明かりで留まった。そこへ薄布をかけて光を調整した。そして漸く見えた通路は暗闇の中で想像した姿と概ね一致した。
「へぇ、結構きっちりって感じなんだな・・・うん、歩くのも困難は無いし・・・・」
足元は長く使われていない筈なのに罅の様な物は極めて少なかった。これならドレスに分厚い靴でも転げる事は無いだろう。ただやっぱり埃っぽく、鼻の奥がくすぐったい。
「とりあえず呼ぶか。おーーーい!良いぞ!」
一旦危険は見当たらなかった。なら後はウィリアムに来てもらうべきだ。彼が外にいるのは目立つだろうし、誰かに見つからないとは限らない。手で口元を覆って大声で呼びかけた。音が狭い場所を反響しながら登る。こういう場所で声を出すと音も見えそうに思えてしまう。そして音は一番上まで行くと今度はカツンカツンと梯子の音になって降りてきた。
「とりあえず、この辺りには何にも無いぜ。足跡一つ無いし、埃も長い間舞ってもない」
「そのようだな。では行くぞ」
「おう。分かれ道はそんなに無いんだよな?」
「その筈である。お前に伝えた情報に漏れは無いはずだ」
「了解。それじゃ、早速道案内と行きますかね」
そう言って直ぐに歩き出す。余り時間はない。緊張感はあるが肩の力は抜く。盗賊の見せ
どころだ。
道は暫く歩き通しでもその姿に変化を見せない。まるで何かしらの型を埋め込んで、その周りに土を入れて固めた後に型をそっくりそのまま繰り抜いたように整っている。ただ、明かりの類は見当たらず、光結晶の在庫には気を使った方が良いだろうと思えた。持ってきたのは利便性を考えてそこまで大きな物では無いから半日も持たない。数はあるがもし、ここで明かりが無くなった事を想像すると少しだけ寒気がはしる。戻れない訳では無いが、それでも暗闇は本能に訴えかける様な怖さがある。きっと獣種であるウィリアムでも見えない位に暗くなるだろうから、自分の目は潰れたように役に立たないのは想像に容易い。
「・・・・」
後ろから付いてくるウィリアムは無言だ。元より多弁ではないがやっぱりいつもの4人でいる時も一歩引いて見守っている図が極めて多い。ただ不満は無いように見えるし、喋りかければキチンと返事がくる。鍛錬も手伝って貰えるし、気まずい訳ではないと思っていたが、こうも2人だと少しだけ胸の奥がザワザワとする。かと言って今、口を開けば「集中しろ」と一言で済まされるだろうとも思えた。
「うん?」
休憩を幾度か挟みながら真っすぐと道を進んでいると突然に足音以外の音が耳に届く。足を止めてより耳を澄ませば流れる水の様な音だ。それもひっきりなしに響いている。
「ウィリアム、この先に水が流れている所なんかあったか?」
「いや、吾輩の記憶にはない。確かに下水道に繋がっているが今は使っていない筈だ」
「てことは異常事態か」
本来と違う事が起きている。勿論、ウィリアムの記憶が絶対ではないだろうが仮にも元騎士団長だ。逃走経路の、それも自分にしか伝えられていない道の情報を間違えるというのは考えにくい。それは彼のミラへの態度を見て良く分かっている。だから何かしらの、帝国側の妨害の可能性が浮上する。これが何かしら別の事情で流れているだけならまだしも、気付いていて、侵入されないようにしているなら面倒だ。暇な時間に溜まった鬱憤が一気に吐き出されて緊張と高揚に変換される。
「兎に角、俺が見てくるよ。待っててくれ」
そう言うが早いか否か、ウィリアムを置いて前へと早足に進む。
暫く進むと水の音はもっと大きくなって、嫌な匂いが混じった泥水の匂いが立ち込めてきた。道自体も少しだけ泥濘が増して気を抜けばコケてしまいそうな場所もあった。
「ここか」
ずっと真っすぐに続いていた地下通路の切れ目から出ると大きな空間に出た。川で言えば支流から本流に遡ったような具合で幅の太い道が横たわる様にしてあった。其処には汚水らしき物が流れており、カンテラで照らした程度では指の長さの深さも見通せそうにない。流石に何があるか分からない所に手を突っ込む気にはならないし、どう見ても深い。おまけに流れもそこそこあるとなれば落ちたら一巻の終わりだ。それこそ魔物が、或いは魔道部隊の何かが潜んでいるんではないかと思うほどに不気味な流れだった。
「一応、通路はあるのか」
下水道に沿って道は続いている為に行こうと思えば行けるように見えた。また自分たちが来た道に似た穴が開いていて上から見たなら大木の枝の様に見えただろう。ただ、この下水が気になる。奥に行けば分るだろうか。兎に角、一度相談しない事にはどうしようも無さそうだった。それにどこかで渡れないなら進行にも問題が出るのは明らかだった。
ウィリアムが待っている所まで戻ってから、彼を連れて水が流れている所まで戻る。彼も流れる汚水を見て顔を顰めた。ただ2人で考えても結論は出ない為に一旦先に進むという事にして帝都がある方へと足を進める。此処が使えないなら難易度がどうしても跳ね上がる。ボスたちに協力してくれている人も中に入らなければ使えない伝手だ。厳戒令の様な物が出ているだろう現状では手引きも難しい。そして更に奥へ暫く進んで分かった事は帝国城には進めないという事と帝都の隅には出られそうという結果だった。
「うむ、この辺りか・・・」
元下水道だけに帝都の下をある程度自由に動ける様にはなっていた。但し、城への道は流れる下水が循環させられているのかとても辿り着けそうに無かった。ただ、帝都内に作られた隠し扉の一つ、次善策と言える場所は繋がっていて使えそうだった。明らかに怪しい。あえて用意しておいた気配がした。城への通路を止めておきながら此処は使える、というのは罠の匂いがするのだ。ただ、これが使えないならもっと困難を極めた方法しか残っていない。であればやっぱり飛び込むしかないのだ。地図を見ながらウィリアムと考え込む。
「スラムだな・・・」
帝国のスラムも極めて入り組んだ場所だ。一見入るには良さそうだが向こうが待ち構えているなら最悪の立地だ。入り組んだ立地は予め罠を設置しやすく、道も分かっていれば要塞と変わらない。
「仕方あるまい」
「そうだな」
持ち帰りはするが此処を使う以外ないと結論が出た。後は最後の一押しか。
「俺だけ出て見てくるよ。それで帰ろう」
まだ扉を開けてはいない。鍵を開けるのは簡単だから後は出た所だ。一応人の目に付かない場所なのは確実なのだが見ない事には分からかった。
「よっと」
ウィリアムには再び荷物と一緒に待っててもらう。そして極めて身軽な状態で扉を開いて外に出た。
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