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A new Era ~始まりのヒトと終末を告げるヒト~  作者: ラー
三章 ~ルークと立ち向かうべき真実

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17話

「その、ルーク・・・」

ミラの、慰める様な声が耳へスッと通る。しかし身体は砂を流し込まれたように重く、着いた膝が地面と同化してしまったようだった。手を着いた間には黒い斑点がぽつりぽつりと浮き出して、目の前が滲んでいる。雨でも降っているのだろうか。

沈黙、濁流となった感情が胸の中で荒れ狂っている。それでいて頭の奥は澄んだ泉のように静謐が佇んで、その畔にはノクスの姿があった。

苛立たしい、悲しい、恋しい、何の言葉を当てはめれば今の自分を言いあらわせるのか、見当がつかなかった。この感情を表す言葉など無いように思えた。只々、ノクスの言葉が頭を走馬灯の様によぎっては、激情がそれを覆う。それでいて燃え尽きず、まるで自分が彼の言葉に納得している様な心地だった。理解できない、したくない。でも納得がポツリと生えて、ふてぶてしくも居座ろうとしていた。

俺とアイツは違う。そう思えば思うほどにノクスの姿が、在り方が酷く自分と同じように思えて息が詰まる。叫びたい。そう思っても喉が詰まって、噛みしめた奥歯が引っ付いた。零れるのは雫と赤子のような呻きだけだった。望んだ出会いは、最悪だった。


泣いた様な気がした。絶叫もしたように思った。笑った気もしたし、怒り狂った気もした。でも実際には路地に這い蹲って、嘆いていただけだった。

仲間の気配がした。ついさっきまで自分の半身の様にも思っていた仲間が今は別の物に思えた。まるで失った物を補っている様な、義肢に取って変わったような気分だ。目には見えないのに透明の箱の中にすっぽりと自分が収まってしまったようだ。

「帰ろう・・・ルーク」

帰る、何処に帰るのだろう。あぁ、宿か。そうだな、俺に家なんてない。それが当たり前だったじゃないか。肩に暖かさがじんわりと広がるがやっぱり薄膜一枚あるかのように中には入って来なかった。

顔を上げた。触れられた肩の方を見ると酷い曇り空が一杯に広がっていた。引き絞られた薄い唇、深い青が全面に出た七色だった瞳、眉間にはつままれたように皺が寄っていた。なんでアンタがそんな顔をするんだ。そう思った。同時に、嘗て姫だった頃に自分の国が大事を企んでいるのを知った時、なんで俺たちを呼ぶような動きが出来たのか、さっぱりと分からなくなってしまった。次の瞬間には逆の方から持ち上げられ、地面と一体化していた身体が強引に引きはがされた。

「何時までそうしている」

低く、唸った様な声だ。視線を向ければ光の筋を思わせる鬣を棚引かせ、目端をいつもより釣り上げたウィリアムの顔があった。彼らの表情は少し分かり難いが今は酷く怒っているように見えた。でもその矛先が自分ではなく、遠い先を見ているようにも見えた。アンタもそうだ、何故尽くしてきた国に裏切られるようなマネをされ、失望もしただろうにそんな姿は一切見せずに敵と和解し、見定めた主に尽くす決断が出来るのはどんな心の強さが有ればいいのか。

「大丈夫?・・・じゃないよね、ごめんルーク」

立たされた自分の前にとんがり帽子がプイっと現れる。帽子の下にはもう見慣れた木のような質感に黒い肌、零した雫のような目がこっちを見上げていた。純粋だった。彼の目には空虚と失望を混ぜてぶちまけたような顔をした自分がそっくり映りこんでいた。見る影もない。今日の朝と比べたら10は老け込んでいそうだった。なぁ、プロト。お前は自分が兵器と知った時、こんな心だったんだろうか。だとしたら随分酷い事を言った気もする。どんな慰めも、癇に障る。暗く前の見えない洞窟で、足を取られて転び、穴のそこに落ちたような心だ。おまけに水も流れ込んでいる。気楽な言葉は苦しい、そう思った。

「ごめん」

ふと口が開いた。でも、なんでそう言ったのかも、何を言って欲しかったのかも分からなかった。そこからは本当にハッキリとしなかった。


「ん・・・?」

夜中、窓辺から差し込む月明りも薄っすらと、眠る世界を起こさぬように、しかし見捨てもしない様にと窓辺に佇んでいた時分だった。水の底から引き上げられるように、それも強引に抱きかかえる勢いで目が覚めた。背からはゴワゴワとした藁とそれを覆うガサついた布の感触、同じ布の掛け布団は犬が這いずり回ったかのように乱雑に足元にあった。余りにも静かで、自分の僅かな声もよく響いて、それが原因で起きたんじゃないか、そう思ってしまう程に静かだった。


身体をゆっくり起こす。喉の奥は砂漠のように乾いて、声を出そうとするとつっかえてしまいそうだった。目は焚き火の後みたいに薄っすらと火照って、腫れているのか視界がいつもより狭い気がした。泥中にいると錯覚してしまいそうなほどに怠く、絡みつく布団すらも重みを感じた。

「夜、か」

周囲をゆっくりと見渡す。徐々に現状が頭の奥で整理されて状況が入るスペースが空く。記憶は定かではないが、腹の具合から見てもあの後、飯の一つも入れず、ずっと此処で寝こけていたようだとは思った。自分と同じように並んだベッドには仲間が寝ていて、微かな鼾が夜の闇に混ざって溶けていた。


頭の中は意外にも冷静さを戻していた。あれだけの激情が、こんなにもアッサリと収まってしまうのか、もしかして自分は薄情な奴なんじゃないか、そんな考えが空いた頭の中を埋めようとぽつりぽつりと湧き出す。今ならノクスが語っていた言葉を少しずつ思い出す余裕もあった。でも結局は分からない。そんなつまらない言葉が終着点だった。


「・・・散歩でもするか」

誰に言うでもなく、そう呟いてベッドから出る。本来夜中に宿を出るのは良いことじゃない。夜の街はそもそも安全とは言い難いし、此処はどうかしらないが警備に見つかれば取り調べだって受けるだろう。でも此処にいると良くない感じがしたし、一度晴れた眠気は中々戻って来てはくれない。なら少し身体を動かした方が幾分良さそうに思えた。


「冷えるな」

宿の裏手からこっそりと出て、猫のように気ままに歩き出す。目的地は無いのだ。何なら、自分の目的も消えてしまった。なら、好きに歩いたって良いじゃないか。そう思えば少し気分が良い。そうだ、この国の両端にある、渓谷を登ろう。広場の一つ二つはあるだろうし、眺めも飛空艇に似て良いかもしれない。そう思うが早いか、足をそれらしき方へ向けた。


想像通りと言うべきか、それともあんなことがあったのだからと世界が少し自分を気にかけてくれているのか、渓谷の絶壁を登る階段は容易に見つかった。流石にリフトは稼働していないが十分だ。今、自分が欲しいのは時間と体力の消費だ。一歩ずつ、時折段を飛ばしながら上がっていく。あの黄味がかった月を迎えに行く、不思議と脚も軽い。いかな猟犬も今は自分を捕まえられない、泥が足を絡め取ることもない。そう思った。


「あぁ、良いところだなぁ」

渓谷を登って暫く、未だに中腹も遠いが、民家が幾つか見え、その奥に広場のような物が見えたから足を向けた。少し登ったつもりだったが眼下に見える街並みは小さく見えた。明かりも無く、透き通った海の底を眺めている様にも思えて、深夜のムニオはさながら沈んだ深海都市だ。月明りのベールが薄っすらと、世界を照らしている。ムニオの外は自分たちが辿ってきた道が曲がりくねるながらもスゥっと続いていて、そのずっと先には人の手が届かない大自然が延々と広がっていた。見ているだけで心の澱もその中の一部だと思えそうだった。安全の為に取り付けられた柵に寄りかかり、手を伸ばす。あぁ、あれらと一緒になることが出来たなら、どれほど楽だろうか。

「そうね、良いところね」

突然、背中から自分の独り言を肯定されて、全身に虫が這いずったようなおぞけが走った。今なら獣種の様に毛が逆立ったに違いない。慌てて振り返るとそこにはミラが、寝巻に外套を被っただけの恰好で立っていた。

「み、ミラ?」

「えぇ、そうよ。他の何に見えるの?」

彼女はそう言って小さく笑いながら今だに動悸の一切鳴りやまない自分の横に立って、さっきまでの自分と同じように身を乗り出してムニオを見下ろす。

「本当に良い景色ね。月がこんなにも明るいから、遠くまで良く見えるわ」

子供のように、彼女はカラカラと笑う。それを見ていると強制的に状況を理解させられる。仕方なしに、ずり落ちた様な恰好を戻してスクッと立つ。

「つ、着いて来てたのか?全然気が付かなかったぜ」

思わずどもる様に口を開いてしまった。彼女がいたこともそうだが、普段どう喋っていたかも思い出せない。焦りか、それとも自分はまだあの路地に心の大分部を置き去りにしているんじゃないか、そんな事を思うほどには落ち着きはなかった。

「そうね、ずっと後ろにいたのに気が付かないんだもの。でもしょうがないよね。色々あったもの」

ミラはこちらを見ない。ずっと遠く、さっき迄の自分と同じように来た方向をジッと、見つめていた。


それから何を言ったら良いのか分からず、かと言ってミラもそれは同じなのか、無言が二人の間に留まった。並んで、というには少し離れた距離、かといって他人とは言えない。柵に手をかけて、ただただ遠くを眺めた。

「ねぇ、ノクスって人、何なんだろうね」

ミラが沈黙を破った。それは完成した砂の城を足で蹴り崩すような気軽さがあった。

「だって、突然出てきて、君の同族、なんて言い出して、おまけに帝国の裏に立ってるって言ってたじゃない?もう何が何やら。私も目的の相手に会えたのに、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃった。これなら会えなかった方が良かったかも。なんか君とだけしか目も会わなかったし」

ふてくされた様にミラが言葉を吐く。いや、事実文句なのだろう。幾分憤っているようにも思えたがどうだったか、普段の事を上手く思い出せず、納得が出てこない。

「ルークだって、あんなのが同族なわけないよ。だって、ルークはもっと良い人だもの」

「は?」

「確かに、見た目の特徴は似てたよ?でも、ルークはあんな目はしないもの。それに仮に力があっても、ルークならもっと良い事に使ったわ。だから、よく似てただけ。私はそう思う。ううん、他の二人だってそう。アイツと貴方が一緒だなんて思わない」

淡々と、でも明るい印象でミラが言葉を重ねる。視線こそ会わないが、彼女の言葉は少しだけ、罅割れた心の間に染み込む。

「ねぇ、ルーク。私は貴方が受けた傷の大きさは分からない。分かるのは貴方は酷く傷ついたって事だけ。実は私たち、こんなとこまで来たのにお互いの事全然知らないの。私、なんかびっくりしちゃった。そうすればもっと上手く言葉が出せるのにって。貴方が、私を城から出してくれた時みたいに」

漸く目があった。彼女の目は初めて見た時と同じ七色だ。それが角度によって色鮮やかに変化する。成程、と思う。自分も彼女の言いたいことは良く分からなかった。沢山会話をしてきたとも思ったけど、目的が先にありすぎて、それに夢中すぎた。彼女に今までは良く分からない。だからだろう、ちょっと心が揺らいだだけで、普段が分からなくなってしまったのだ。もしかしら自分の事もまだ、何にも分かっていなかったかもしれない。

「はは、なつかしいな。もう結構前、だもんな」

100日では足らない程には経った気がしている。いずれにせよ、一緒に命をかけて旅する相手としては余りにも知らない事が多い。

「ね、でしょ?だから、ルーク、あんな奴と一回喋ったからって、貴方の何が変わる訳でも無ければ、知った訳でもないと私、思うの」

「ははは、かもな」

なんだか彼女の口調も荒い気がする。やっぱり怒っているのだろう。でもそう思えるなら少しずつだけど彼女の事を思い出し、また理解し始めたって事だろうと勝手に納得した。

「そうよ。だから、ルーク。もっと私たち、話すべきだと思うの。勿論、今じゃなくて、皆いる時に、ね?そして、また、アイツに会ったら、きちんと話して、一発頬を殴ってやるの。それで帳消し」

「そう、だな。うん、ごめん。なんか、勝手に俺が暴走しただけなんだ。うん、まだ上手く言えないけど。必ず纏めて話すよ」

そう言えばミラはにっこりと、花も恥じらうどころか萎むほどに綺麗に笑った。


良ければ評価、ブクマ等してもらえれば幸いです。

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