29話
まるで崖が崩れたみたいだと思った。あるいは夜空が降ってきたようにも感じられた。そんなわけは無いと思うけれども、天井を突き抜けて、何もかもが崩れてきたってそうはならないだろうと思うほどの衝撃が空気を引き裂きながら落ちてくる。
「オオォォォォオオ!!?」
あまりののことに驚愕が口から飛び出す。続いてこの状況をどうにかすべく、気力を振り絞る咆哮に変わる。
咄嗟に突き出したのは右手に持った双刃剣で、力は全身から迸りながら天に向かって登っていく。
守らなくちゃいけない。負けるわけにはいかない。そんな感情が溢れ出し、それに呼応するように力が放たれていく。しかし、ノクスが放った終末の力がさっきまでと比べ物にならない程に高いのか、押さえつけられるような感覚がぶつかり合っている地点から伝わってくる。
「グッ!?」
厳しい。素直にそう感じてしまう。光に埋め尽くされた視界はいつまで耐えればいいのかを悟らせず、跳ね返ってくる衝撃は自身の終わりを明確に告げてくる。
「頑張って、ルーク!」
背中に手が当てられ、ミラの声が耳に響く。しかし、以前のようにはいかないことがなんとなく分かってしまう。明確な根拠はないが、ノクスの力はどんどん増しているようにさえ感じられる。
「押し返せ!」
プロトの声が聞こえる。きっと魔法を使ったんだろうとは思う。でもいつものような助かったという感覚が酷く薄い。それだけノクスの力が強大であることがより明確になってしまう。
「アァァァァァアア!!」
金切声が出る。分からない。分からないが、ノクスの攻撃を受け止めていると何か大事なものが体から奪われているような感覚さえした。それが本当に不味い状況なのだけはヒシヒシと伝わって来るのに、どうしようもない閉塞感のようなものがジワジワと真綿で首をしめているような感覚で全身を苛む。
ミラの手の温かさが感じられない。プロトはどうなったのだろうか。ウィリアムは何処にいるのか。ここまで来て、負けるのか。頭の中で負の感情が洪水となって荒れ狂う。
「ハハハハハ!!! さぁ、終末を迎えよう! 世界の終わりはここから始まる! 君の死を以て、世界は新たな一歩を踏み出すんだ!」
耳障りな嗤い声が光の向こうから聞こえる。見なくても分かる。アイツは今、宙でこちらを見下ろしながら、悦に浸っているとハッキリと分かるのだ。
「ふ、ざ……けるなよ」
苛立ちがむっくりと、奥底から湧き上がる感覚がした。足が震え、空っぽになっていく体に出来た隙間を埋めるように、苛立ちを筆頭に様々な激情が溢れ出しては止まらない。
「こんな、こんなことで……終わって、たまる、か……」
始めこそ、枯れかけた小川のような勢いだったそれらは、嵐がやって来た時の川のように氾濫し始める。
越えろ。困難を乗り越えろ。扉を破れ。見果てぬ先を拓け。そんな言葉が聞こえたような気がした。同時に霧がかっていた原始という言葉の意味が、解れた糸が引っ張られた時のようにスルスルと頭の中に響く。折れかけた心が叩かれて立ち直る。
「負けるかぁぁぁあああああ!!!」
奥底から湧く激情を力に変えて、全身から力を振り絞る。さっきまで感じていた重たい空気も、鬱屈とした感情も吹き飛ばし、光の向こうにいるノクスへと目掛けて力を振るう。
最初は津波を両手で掴んで押しているような重さがあった。しかし、車輪が回り始めたようにしてゆっくりと、しかし確実に押し上げる感覚が続く。風が吹く。空間を埋め尽くしていた絶望が押しのけられていき、仲間の姿が、温度が、声が戻って来る。
「ははは! やっぱり来るか、ルーク!!」
歓喜か怒りか、判断につかない声でノクスが叫んだ。視界が晴れる。割れた力の先ではノクスが凄まじい笑みを顔に浮かべて待っていた。
右手の双刃剣を慣れた動きで回す。ふと、何か頭が引っ張られるような感じがした。
「ルーク?」
ミラの困惑したような声がした。横目に見ればプロトやウィリアムの驚いたような目がこっちに向いていた。その目線はどうにも頭部に向かっているように見え手を当てる。
「な、なんだ! これ!? 痛ッ!?」
手には慣れない感触がして引っ張れば、鋭い痛みが走る。それにうなじの辺りにもサワサワとした感覚がして手をやれば、長い糸のようなものを掴む。
「ルーク、あなた……」
愕然としたような声に振り向こうとする。でもその直前、ノクスの方から空間そのものを螺子切るような力の動きを感じて見上げる。
気になることは沢山あった。でも、今はそれよりも優先すべきことがある。右手に握る双刃剣を握り込めば、拳の中で爪が刺さったような感じがした。
「ふふ、原始らしい姿と言うべきかな……それとも、君が選んだ道か。まぁ、今となってはどうでもいいことか」
ノクスが構えを解く。しかし彼の背後は可視化出来るほどに濃密な力が蠢いている。それは今にも決壊しそうなダムにも似ていた。
「何が何だか分からねぇけど……お前をぶっ倒せるってんなら歓迎さ」
恐れはない。ノクスが纏うものも、背後の力も、少しだって怖くはない。それ以上に、心臓の鼓動が勇気を奮い立たせ、失われた力を体全体に行き渡らせる。
「みんな! 俺が、アイツを落とす! だから、信じてくれ!」
宣言して走り出す。返事は待たない。皆なら必ず信じてくれる。その証拠に、一歩目を踏み出したと同時に仲間たちが、それぞれに動き出す音がした
迷いなし。そして確信と共に地を思い切り蹴りだせば、翼も無いのに宙へと体が飛んでいく。
「行くぞ! ノクスぅぅぅ!!」
「来い、ルーク!」
跳びあがった体は凄まじい速度でノクスの近くに到達する。今までで一番ノクスの顔が近くで見え、速度に彼が目を少しだけ丸くしたのさえ良く分かった。そして攻撃を受ける前に双刃剣を振り回す。
聞いたことがない音が響く。正体はノクスが生み出した力が盾となって立ち塞がったからだ。しかし、こっちの方が今度は押す番だった。
「フッ。これならどうだい?」
「あまいぜ!」
切り裂いた盾は直ぐに溶けて消える。しかし直ぐに無数の青白い――濃くなって黒ずんできた球が砲弾のように飛んでくるのを見て、空中で身を翻して避け切る。原理は分からないが、まるで水中にいるような感覚で空を自由に移動できた。
上からは更に禍々しい力の波動が躍動する。正面にいるノクスは更にあらゆる魔法を行使して、宙にいる自分を遠ざけるように放ってくる。だから、あえて突進した。
双刃剣を前でプロペラのように回し、自分は支柱になる。そして何も無い所を蹴って、ノクスへと迫る。
前へ進む度にノクスの魔法と幾度もぶつかるが、一切押し負けることなく、全てを砕いて進む。そして遂にノクスへ直接刃が届く。
「グッ!」
ノクスの呻くような声は聞こえる。同時にぶつかったままドンドン進み、渾身の力でもって刃を引く。
「落ちろぉ!」
僅かな抵抗感とともに彼の体が下に傾く。そして、一瞬の拮抗の後、ノクスを下へと叩き落した。
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