28話
音に比例した衝撃が足から伝わる。床は罅割れ、砂埃が舞った。そしてプロトが放ったのだろう風の魔法の余波で思わず顔を手で覆う。しかし問題はその後に音がしないことだった。
「ウィリアム!」
思わず叫ぶ。間違いなく、プロトの独断ではなく、ウィリアムの提案だろうことは想像に容易い。プロトは今みたいな犠牲を許容するような戦い方は絶対にしない。精々ギリギリを狙う位だし、実際に巻き込んだことも無かった。それは彼の魔法が強力だという前提と理解が有るからだ。だからこそ、自らの提案だとしても直撃したウィリアムの容体は心配だった。
人が動く音が少しの間を空けて聞こえる。それはプロトの放った風の魔法が途切れたのと同時だった。しかし自分がとったのは警戒だった。理由は単純だ。立ちあがったシルエットがどう見ても、ノクスだったからだ。
(やっぱりか……)
ウィリアムの手が悪かったとは少しも思わない。あのノクスを落とせたのだ、それが悪い手の筈がない。今だって、落胆があっても、ノクスが飛び立とうとすれば、直ぐに押さえつけられるようにしていた。
「ふぅ……獣にしてはやるじゃないか。でもそこまでだね」
晴れた視界の先に立っていたのはやっぱりノクスだった。彼の髪は乱れているが、少し左右に振っただけで元に戻っていく。
(傷もないか)
仮にも高所から落下して、なおかつ風の魔法を叩きつけられたにも関わらず、彼の体に傷は見当たらない。そして左手にはウィリアムの頭部が握られている。
「しぶといな……」
「ウィリアム!」
よく見れば頭を握っているノクスの手をウィリアムの両手が掴んでいるのが見えた。しかし、相当の力を籠めているように見えるのに、ノクスの腕が僅かに震えるだけで、体は真っすぐに立っている。
(どんな力してんだ!? いや、とにかく助けなきゃ!)
「その手を離せ!」
距離は遠くない。一気にノクスへと迫る。状況は良くないが、裏返せばウィリアムがノクスを食い止めている状況だ。なら助けることと、ノクスを攻撃するのは両立させられる。
「ハッ!」
「フッ!」
振り下ろした双刃剣がノクスを捉える。今までの戦いの中で、直撃にもっとも近い。そして刃はノクスの手甲とぶつかって甲高い音を立てる。
「よう、ご自慢の魔法は使わないのか?」
「君こそ、非力がすぎるんじゃないのか?」
「言ってろ。仲間は返してもらうぞ!」
拮抗した状態から力を抜いて、体を引きながら溜をつくる。そしてノクスの胴体へ足を振った。
「おっと……ふふ、あぶないあぶない」
ノクスが掴んでいたウィリアムの頭を離す。しかし思ったよりもウィリアムが確りと掴んでいたからか、ノクスの行動が遅れる。それでもこっちの蹴り足をうまく捌かれた。遠距離主体の癖に近接格闘も出来るのかと歯噛みしたくもなる。おまけにウィリアムも強引に引きはがされたお陰で地面を転がって、僅かながら距離が出来てしまう。意識はあるようだが、それでも立ちあがって戦線に加わるにはちょっと時間が掛かりそうだった。
(おまけに俺が被ってるから援護も難しいか)
「ウィリアム! 回復してこい!」
万全とはとても言えないウィリアムに指示を出しながら前へ出る。そして立ち位置を頭に入れていく。
現状、後方の2人とノクスの間に自分達がいるから、射線をきっちり防いでしまっていた。でもせっかく落としたノクスを飛び立たせたくないのも事実、だから譲れない立ち位置としか言えない。
きっと後ろの2人はこの間に何かしらの準備をしてくれている筈だ。付け加えれば、ミラは攻撃よりも妨害、妨害よりも回復が主体なのだから、今のうちにウィリアムの回復を請け負って貰うのは間違っていないだろう。
「チッ、ちょこまかと!」
「いいよ、少し遊んであげよう!」
花畑の蝶のようにひらひらとノクスが舞う。それを追う形で双刃剣を振り、時には飛び掛かる。しかし、ノクスは地面を滑るようにして四方八方に移動するから捉え切れない。
(鬱陶しい!)
かといって大きく動けば、その隙にノクスが飛び立ってしまうのは簡単に想像できた。そうなればウィリアムの動きが無駄になってしまう。でもノクスが強引に飛び立たないのは、こちらの双刃剣に原始の力が溜まっているからだ。これでノクスが大きな動きを見せれば、双刃剣から原始の力を使って砲撃することが出来る。だから見た目よりも状況は緊迫している。現にノクスの視線は双刃剣に強くひきつけられていた。
「ほらほら! そろそろいくよ!」
「チッ!」
少しばかり大きく後退したノクスの周りに見慣れた光球が6つ生まれた。これもやられたくはなかった。だからせっせと間を詰めていたのに失敗してしまった。
ノクスの魔法に詠唱はいらない。でも発生前に僅かながら時間がいることは分かっていた。いままでも大仰な動きがあったし、強い力を行使しようとすればその時間は伸びていた。そうでないなら何かしらの制限があるようにも見えた。もっとも、詠唱や魔力を練ることと比べれば格段に必要な時間や動作が少ない。だからその時間を生み出されかねない光球を生み出されるのは避けたかった。
(ただ、近接なら十分に勝ちの目があるのは分かった)
状況は不利に傾いた。でもノクスが近接でも強いのなら、こんなに強引に下がる必要はない。そしてこちらの速度が足りているから、強力な力を行使出来なかったのだろうと推測も出来た。
(ならまだ5分だ)
ノクスは宙に飛び立つことは出来ていない。まだ一足で十分に近寄れる。ならば、ここが分水嶺だと判断するには十分だった。
「オォォォォオオ!!!」
獣のような声が喉の奥から張り裂けんばかりに出る。右手には光が溢れ、自分の力にも関わらず、今にも暴れ出しそうな程に震える。双刃剣が「早く俺を振るえ」と言っているようにも思えた。
眼前に迫るノクスの表情から笑みが消えた。涼し気な目元が絞られ、弧を描いていた口角も横に引っ張られる。周りに生み出された青白い球がこちらの輝きを鈍く反射した。
踏み込む。光球を盾にしながら少しでも下がろうとするノクスを追い越す勢いだ。
(逃がすかよ!)
仲間が必死につくったチャンスだ。絶対に逃がせない。そして遂にノクスと今までで一番近くなったその瞬間、咆哮と共に刃を振るう。
「くたばりやがれぇぇぇぇぇ!!」
一閃、光に眼の前が白んでいく。最後に見えたのはノクスが突き出した6つの光球と彼の左手が突き出された瞬間だった。
凄まじい轟音が遅れて耳を突き抜けていく。双刃剣からは確かな手応えがあった。そして振り抜くと共に、纏っていた光の全てが津波となって、空間を埋め尽くし、押し流していく。その中にノクスもいるはずだ。
「はぁ……はぁ……」
酷い疲労感がある。たった一発だ。でも、この一回で全てを終わらせる。そういう覚悟で放った一撃だ。だから消耗は大きい。倒れ込むようなことはないが、息を整えなければ原始の力を使うのは難しいと思う程だった。
「どうなった……?」
渾身の一撃が命中した筈だ。それは手応えで分かる。ただ結果はわからない。ノクスが吹っ飛んでいった先は、濛々と立ち込め、空間がひしゃげたように雑多としてしまって、彼の姿が見えない。
暫しの沈黙が空間を支配する。後ろから、仲間が駆けてくる音がした。
「ルーク」
「まだだ」
ミラの言葉を遮る。少しひるんだような気配がした。でも直ぐに切り替えて彼女が魔法を発動したのが分かった。体が彼女の聖魔法に包まれる。
「ウィリアム、行けるか?」
「問題ない」
そう答える彼の声に疲労は見えない。ただ、血の匂いが強い。そう長くは持たないかもしれない。
「プロト、練っとけ」
「うん」
寄っては来たものの集中はしっぱなしなのか、かなり短い返事だった。でもそれでいい。しかし、聖魔法で疲れが抜けていく度に、嫌な予感が戻って来る。
(倒せてない)
直感がそう告げる。瓦礫の向こうには間違いなく、ノクスが健在だと胸の奥が激しく主張していた。
「ふふふ……ふふふふふ!」
始めは小さな音だった。でも直ぐに大きくなって、空間に木霊した。
「やっぱりか……ミラ、プロト下がって。ウィリアムちょっと後ろ」
自分は前に半歩出る。そしてゆっくりと原始の力を体の芯から揺らしながら湧き出させていく。
(きついけど……これが最後なんだ!)
死ぬ気で力を振り絞っていく。ノクスさえ、倒せれば後の事はどうとでもなる。だから、どんどん心臓の鼓動を上げていく。
「はははははは!!」
瓦礫が爆発したみたいに吹き飛ぶ。そして中央からは力の奔流が天を突き破るみたいに伸びていく。それはまるで大樹のようだった。
「流石だね。こんな一撃は生まれて初めてだ」
全てを押しのけるように現れたノクスが宙に登ってく。まだ間に合いそうだが、彼の体を中心に広がる力に巻き込まれれば何があるか分からない。博打は狙うもので、無謀とは違う。だからまだ動けなかった。
「どうやら、すこしだけ優しすぎたみたいだ。だから、僕もここからは加減しない。本気だ。正直、こんな姿にだけはなりたくないけどね」
ノクスが宙で膝を抱えて胎児のような姿勢をとった。狙おうと思えば狙えただろう。でも酷く神秘的に見え、視線が釘付けにされた。本能は警鐘を鳴らしているのに、一歩も動けない。
丸くなったノクスの体が止まる。そして次の瞬間、彼の抱えた胸の奥から光が溢れ、体が包まれてた。
「クッ!?」
あまりの眩しさに目を覆う。殺意は微塵も感じなかった。だからとっさに視界を自分から閉じてしまった。でも、その隙を突かれることはなかった。
「さぁ、これが真の僕だ!」
光りが晴れる。そして見えたものは全身の要所を青白い毛で覆ったノクスの姿だった。さっき迄の姿かたちと大きく離れてはいない。でも狼のような毛が生えていて、それが不気味な月明りのように光りを反射していた。
「無様だろう……この獣染みた見た目は」
開いた口からは牙が見えた。目は満月のように爛爛と光り、手足の爪が伸びている。獣人とも言えたが、なんだが致命的に違って見えた。特に顔の造りはそのままなのも不気味だ。
「終わりを告げる者、その力を十全に使うにはこの姿にならなければならない。余りにも無様で好きではないけれど、使えるものを使わないで負けるのも納得がいかない。さ、行く、よ!」
そう言って滑空するような姿勢をとったノクスが突如として眼の前に現れる。咄嗟に身を引いて双刃剣を挟む。正直言って奇跡だった。
「見せてくれ、原始のルーク。僕たちの終わりを」
そう呟くのと同時に頭上から凄まじい力の奔流を感じる。そして次の瞬間、光が溢れた。
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